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𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
傷が癒えるまでの日々を、舜太は宮殿の奥まった離れで過ごした。
表向きは、遠縁の客人ということになっている。太智以外に会わせてもらえる者は少なく、柔太朗だけが、政務の合間を縫って頻繁に顔を見せてくれた。
最初のうちは、言葉少なだった。舜太は塞ぎ込みがちで、柔太朗もまた、無理に何かを聞き出そうとはしなかった。ただ、隣に座って、他愛もない話をするだけの時間が静かに積み重なっていった。
ある日、柔太朗が工房の道具を持ち込んできた。
「暇なら、何か作ってみる? 気が紛れるかもしれない」
「俺が? そんな器用なことでけへんて」
「見てるだけでもいいよ」
そう言って、柔太朗は小さな木片を彫り始めた。舜太はその手つきを、飽きることなく眺めていた。細く長い指が、迷いなく木を削っていく様は、どこか神秘的にすら見えた。
「……なあ、俺にもできるかな。それ」
「やってみる? 教えるよ」
不器用な手つきで木を削る舜太を、柔太朗は根気強く見守った。歪な形にしかならなかったが、それでも舜太は、久しぶりに、心から何かに没頭する時間を持てた気がした。
ある日の作業の途中、舜太がふと道具に手を伸ばしながら零した。
「――柔、その道具、貸してくれる?」
柔太朗は、一瞬手を止めた。
「……柔?」
「あ、いや……柔太朗、や。長いから、つい」
誤魔化すように早口で言い直す舜太に、柔太朗は、思わず小さく笑った。
「別に、いいよ。柔でも」
「ほんまに?」
「うん。……その方が、なんか、特別な感じがする」
その一言に、舜太は少し驚いたような顔をしたあと、照れ隠しのように視線を逸らした。
「じゃあ、これからは柔な。……柔太朗も、俺のこと、舜でええから」
「舜、か。……うん、それなら」
試すように、柔太朗はその名を口にしてみた。
「――舜」
たった一文字、呼び方が変わっただけなのに、それだけで、二人の間にある距離が確かに縮まった気がした。誰も知らない、二人だけの呼び名。それを持てたことが、柔太朗には何より嬉しかった。
ふとした瞬間に、目が合うことが増えた。
そのたびに、どちらからともなく視線を逸らす。何も言葉にはしなかったが、舜太の胸の奥で、以前とは違う何かが、静かに芽生え始めていた。
幼い頃の柔太朗は、どこか浮世離れした綺麗な顔の王子様、という印象だった。自分の周りにはいないタイプでそれがただ珍しかった。だが今、間近で見る柔太朗は、優しさの中に確かな芯を持った、一人の人間だった。その変化が、舜太の心を少しずつ揺さぶっていた。
(……今は、そんなこと考えてる場合じゃない)
自分にそう言い聞かせながらも、舜太は、柔太朗が部屋を出ていく後ろ姿を、つい目で追ってしまう自分に気づいていた。
柔太朗もまた、一人になったときふと考えることがあった。
あの日、幼い自分たちに告げられた予言――すべてを奪い、すべてを与える運命の人。今の舜太を見ていれば、その言葉が指す相手は、自分なのだろうかと、嫌でも思い至る。だが柔太朗は、それを素直に信じる気にはなれなかった。
舜太からは、本当に、すべてが奪われた。国も、父も、あの頃の屈託のない笑顔も。今、自分がしていることは、ただその隣で、できることをしているだけに過ぎない。それを「与える」などと大層な言葉で呼ぶのは、どこか違う気がした。
(占いなんて、やっぱり当てにならない)
偶然が重なっているだけだ。柔太朗は、そう自分に言い聞かせた。それでも、その偶然を大切にしたいと思う自分がいることも、否定できなかった。
そんなある夜、水を飲みに部屋を出た舜太は、回廊の向こうから聞こえてきた声に足を止めた。
「――黒色の国から、正式な使者が参りました。赤色の王族を、匿っていることが知られています。赤色の王族を直ちに引き渡せと」
「……で、殿下は何と?」
「拒絶なさいました。『客人として迎えた者を、易々と差し出すつもりはない』と」
「しかし、あちらは相当な圧力をかけてくるはずです。この国の軍事力では、到底太刀打ちできません」
「分かっている。それでも殿下は、決意を変えられるおつもりはないようだ。どういうおつもりか…」
舜太は、その場に凍りついたように立ち尽くした。
柔太朗は、何も言わなかった。あの穏やかな笑顔の裏で、そんな重荷を一人で抱え込んでいたのか。
舜太は、震える手で、自分の胸元を押さえた。
このままここにいれば、柔太朗が――この優しい人が築き上げてきたものすべてが、自分のせいで崩れ去ってしまう。それだけは、絶対に避けなければならなかった。
柔太朗との約束を守るために、生きようと思った。だがその約束を守るということは、柔太朗自身を危険に晒すことと、表裏一体になっていた。
生きて、いつか約束を果たすことと、柔太朗を守ること。その二つが、もう両立できないところまで来てしまっている。
ならば――答えは、一つしかなかった。
その夜のうちに、舜太は決意を固めた。
太智を起こし、事情を話す。
「――出よう、太智」
「舜太様……ほんまに、本気なんですか」
「ここにおったら、柔まで巻き込む。それだけは、やったらだめだ」
太智は、しばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「……分かりました。俺もついていきますわ。舜太様がそう決めたんなら、しゃあないですもんね」
荷物をまとめる前に、舜太は、工房から持ち出した小さな木片を取り出した。ここ数日、こっそりと彫り続けていたものだった。不格好な、けれど確かに月を象った小さな彫り物。それを、一枚の紙に添えて、寝室の枕元にそっと置いた。
自分が何か残せば、それが柔太朗を巻き込まないか。それでも、たった一言だけ、絞り出すように書き記した。
「――ありがとう。また、必ず」
夜明け前、まだ暗いうちに、舜太と太智は、こっそりと宮殿を後にした。
振り返れば、決意が鈍る。そう分かっていたから、舜太は一度も後ろを振り返らなかった。
港の外れ、人目につかない小道を進みながら、舜太は胸の奥で、静かに呟いた。
(――ごめん、柔。)
いつか、必ず戻る。今度こそ誰にも脅かされないように、会いに行く。
その誓いだけを胸に、舜太は夜の闇の中へと、姿を消していった。
コメント
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うわ……読んでて胸がぎゅっとなったよ……。 呼び方が「柔」と「舜」に変わったところ、すごく好き。それだけで二人だけの特別な距離感が伝わってきて、あったかくなった。でもその後に、舜太が夜の会話を聞いてしまうシーンで一気に空気が変わって、読んでるこっちまで息が止まった。 「ありがとう、また、必ず」って、あの月の彫り物と一緒に置いていくの、完全に泣かせにきてるよね……。柔太朗を守るために、自分から去る決断をした舜太の強さが切なくて、でもその誓いがちゃんと未来に繋がってほしいって強く思った次の展開がすごく気になる……!