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白咲雪
100
放課後の教室には、誰もいなかった。
窓から差し込むオレンジ色の光が、机の上に細長い影を作っている。
「……帰ろ」
少女――真白は鞄を肩にかけた。
そのときだった。
カタン。
誰もいないはずの教室の、一番後ろの机から音がした。
真白は振り返る。
そこには、一冊の古いノートが置かれていた。
「こんなの……あったっけ?」
表紙には名前が書かれていない。
恐る恐る開いてみる。
最初のページには、たった一行。
『明日の自分へ。今日、忘れたものを探してください。』
「……なにこれ」
意味が分からない。
次のページをめくる。
そこには、見覚えのある景色が描かれていた。
学校の中庭。
その中央にある、大きな桜の木。
でも、今は九月だ。
桜なんて咲いていない。
さらにページをめくる。
今度は、廊下。
そして、階段。
そして――屋上。
どの絵にも、同じ人物が描かれていた。
白い服を着た、知らない女の子。
真白は最後のページを開いた。
そこには絵ではなく、文字があった。
『もし明日、私に会ったら、名前を聞いて。』
その瞬間。
キーンコーンカーンコーン。
校内放送のチャイムが鳴った。
真白はびくっと肩を震わせた。
「……もうこんな時間?」
慌ててノートを閉じる。
そして教室を出ようとした、そのとき。
廊下の向こうに――
誰かが立っていた。
白い服。
長い髪。
夕焼けの光で顔はよく見えない。
真白は息を止めた。
「……誰?」
少女は答えない。
ただ、ゆっくりとこちらを指差した。
正確には――
真白が持っているノートを。
「これ……?」
少女が小さく頷く。
そして、初めて口を開いた。
「それ、返して」
「……誰に?」
少女は少しだけ笑った。
「私に」
「……名前は?」
そう聞いた瞬間。
少女の表情が変わった。
悲しそうに。
泣きそうに。
でも、どこか嬉しそうに。
「……やっと、聞いてくれた」
「え?」
少女は一歩、こちらへ近づいた。
そして――
「私の名前は、真白」
「…………え?」
少女は、自分と同じ名前を名乗った。
その瞬間、廊下の時計が止まった。
秒針が、ぴたりと動かなくなる。
夕焼けも。
風も。
何もかも。
世界が静止した。
そして少女は言った。
「あなたが今日ここに来た理由を、まだ思い出してないんだね」
「……何を?」
少女はノートを指差した。
「忘れたんじゃないよ」
「あなたが、自分で忘れたの」
真白の頭の奥で――
何かが、ひび割れたような気がした。
知らないはずの景色。
知らないはずの声。
知らないはずの記憶。
それなのに。
なぜか、懐かしい。
少女は静かに微笑んだ。
「明日、またここに来て」
「そして今度は――」
「最後のページを、自分で書いて」
そう言うと、少女の姿は夕焼けの中へ溶けていった。
残されたのは、古いノートだけ。
真白は震える手で最後のページを開く。
さっきまで何もなかったページに、一文字だけ増えていた。
『待ってる。』
真白はその文字を見つめた。
そして、なぜか涙が一粒だけ落ちた。
――明日。
何かが変わる。
そんな気がした。
コメント
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第1話、読み終わりました。冒頭の「誰もいない教室」という静けさから、ノートが現れて世界が止まる瞬間の緊張感、そして同じ名前の少女が現れる展開、一気に引き込まれました。特に「やっと、聞いてくれた」という台詞が胸に刺さります。なぜ自分で忘れた記憶があるのか、明日の「最後のページを書く」約束が何を意味するのか——続きが本当に気になります。夕焼けの描写も美しくて、懐かしさと切なさが混ざった不思議な余韻が残りました。