テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
3,345
🧸 瀬 奈 📢
207
時刻は正午を少し回ったところ。ピンポーン、とインターホンが鳴った。
「あれ?何か頼んでたっけ?」
「あ、俺のやつかも!」
勇斗がパタパタと玄関の方へと歩いていく。配達員から受け取った大きな段ボール。その側面に貼られた送り状を見て、首を傾げた。
「ん?軽いな……何の荷物だっけ」
「覚えてねえの?」
「いや、俺のだと思うんだけど差出人のところに名前が無いから、開けてみないと分かんねえ」
「ふーん……?」
勇斗が両手で抱えた段ボールをリビングに置いた。キッチンで昼食の準備をしていた俺も、エプロンを脱いでリビングへ戻った。
カッターで慎重にテープを切り、ぱかりと開けた。
「……ん?」
「ぬいぐるみ……?」
段ボールの中を覗き込むと、そこにあったのは、ピンクのライオンと黄色のウサギのぬいぐるみ。目を瞑って身を寄せ合うように置かれていた二匹が……動き始めた。
ライオンの胸に顔を埋めて、こちらの様子を窺うウサギ。そのウサギを抱き締めながら、威嚇するようにこちらを睨んでいるライオン。
「えっ、生きてる!?ぬいぐるみなのに!?」
「お前が頼んだんじゃねえの?」
「俺知らねえよ!どういうことなの!?」
「えぇ……」
可愛らしいフォルムで、見た目は完全にぬいぐるみだが、新品とは言い難いほど汚れてしまっている。
「洗ってやらないと可哀想だよなぁ」
「あっ、お前……!」
段ボールの中に手を突っ込み、ぷるぷると震えているウサギをひょいっと抱き上げた。軽いし肌触りはぬいぐるみそのものだった。
ウサギをリビングの床にそっと下ろすと、段ボールの中にいたライオンが爪を立てて箱を引っ掻き始めた。
「お前も外出るか?暴れるなよ?」
勇斗がライオンを抱え、ウサギの横にそっと下ろす。するとライオンは一目散にウサギを自分の後ろへと隠し、守っているように見えた。
「なんか分からないけど、二匹は信頼し合ってるんだな……」
「みたいだね。ライオンの方が守ってあげてるんだね」
「こいつら、なんでこんな汚れてんだろな。今まで別のとこで飼われてたんかなぁ?」
「この子たちを動物として扱うならその可能性はあるけど……いやこれ動物か?見た目は完全にぬいぐるみだし、動物病院で診てもらえんの?変な人だと思われちゃわない?」
「そもそも家から出して良いと思う?誰に説明しても理解されなくね?」
「それもそっか……」
俺たちが話し合いをしている間も、二匹はお互いの傍を離れずじっとしていた。
とりあえず、このままにしておくと家の中が汚れてしまうし、洗うことにした。
「風呂場で洗ってあげようよ。えっと、大人しそうなウサギからいこうかな?」
ライオンの後ろへと回り込み、ウサギの身体をひょいっと持ち上げる。ライオンは驚いた様子で何かを懸命に訴えているが、無視して風呂場へと向かった。ライオンは後ろをついてきていた。
浴室にウサギを下ろし、コックを捻ってお湯を出す。ウサギは戸惑った様子で俺の方を見上げていた。身体は思った以上に大きく、俺の腰くらいまであった。
シャツとスウェットの裾を捲り上げて準備していると、ついてきていたライオンも入り込もうとしていた。一緒についてきていた勇斗に止められ、また文句を言っている。
「こいつ止めとくから、今のうち」
「ありがと。よし、暴れないでねー」
ウサギの足元にお湯を近付けると、ぴゃっと小さく跳ねる。小さい手から順に優しくお湯をかけてやり、ゆっくりと全身を洗っていく。柔軟剤を加えたお湯で簡単に汚れは落ちていった。途中、怖がって俺の腕にしがみついてきた。そんなウサギの様子を見てまたライオンが暴れそうになったけれど、手早く俺はウサギを洗ってあげた。
最後にお湯で流すと、絞れそうなぐらいびっちょり濡れたウサギができあがった。
「こんなもんでいいだろ。次お前な」
「うっし!綺麗に洗ってやるからなー!」
脱衣所に移りバスタオルで拭いてやりながら、勇斗の方を窺う。
ライオンは水が苦手らしく、やっぱり暴れ倒していた。
「あーっ!お前じっとしてろよ!うわ、お湯かかった!もー終わんねえだろー!?」
声だけ聞くと楽しそうだが、タオルで大人しく拭かれているウサギも、ライオンの声にオロオロしていた。
「お前も心配なんだな。でも、今はこっち。ベランダで干してやりたいけど、お前生きてるんだもんな。天日干しは嫌だよなぁ」
ドライヤーで温風を当ててやると、水気が飛んで少しずつ毛並みが整い始める。ウサギも自分で濡れているところに風があたるように合わせてくれているようで、思いの外早く乾いた。
そうこうしているうちにライオンが洗い終わったようで、勢いよく脱衣所の方へと飛び込んできた。びちょびちょのライオンが、ウサギの姿を見た瞬間に飛びついてしまったため、ウサギもまた濡れてしまったけれど。
「もーなにしてんだよぉ。またやり直しだよ」
「こいつ、ちゃんと爪あるから気をつけて。見て、すげー引っ掻かれた」
勇斗の腕に数か所引っ掻き傷があった。生き物として捉えるなら、爪も伸びるということなのだろうか。
ライオンにバスタオルを被せて拭いてやっている中でも、ウサギが短い舌でライオンを毛繕いしてあげている。ドライヤーの音と風に驚きながらも、ウサギの傍を離れようとしないため、もう二匹同時に乾かしてやることに決めた。
乾かし終わり、ブラシでライオンのたてがみや尻尾を整えてやり、ウサギの尻尾も同様に梳かす。ふわふわの毛並みになったのを手で確認して、俺は立ち上がった。
「戻ろ。お腹空いてる?ドーナツでも食べる?」
言葉が通じているのかどうか分からないが、俺がリビングへと歩き出すと二匹が後ろからついてきた。ぽてぽてと足音が聞こえてきそうな足取りが愛らしい。
ひと足先にリビングに戻っていた勇斗も同じことを考えていたようで、机の上には小さく切ったドーナツが置かれていた。
「何食うか分かんねえけど、食うかな?」
「目の前に置いて反応見てみよ」
リビングの端っこで座り込む二匹の前に、ドーナツを並べて置いた。ウサギの方は興味を示したようで、ふんふんと鼻を近付けて、匂いを嗅いだ。
そして、小さな手でひとつ持って、口に入れる。もぐもぐと咀嚼し、飲み込む。気に入ったのかもうひとつ食べた。
ライオンはそんなウサギをじっと見守りながら、時折俺や勇斗の様子を窺っている。まるでウサギが食べ終わるのを待っているように。
「ライオンは食べないのかな」
「いや、ウサギが食べてる間は取られないように警戒してるんだと思う」
「ほんとだ。やっと食べ始めた」
ウサギが食べ終わったのを見計らい、ライオンもひとつずつ食べ始める。ただ食べ方があまり綺麗とは言えず、ウサギが口の周りをぺろぺろと舐めてあげていた。そのお礼とばかりにライオンも舐め返し、しばらくゆっくりとグルーミングし合っていた。
「……これ、どうする?うちで飼う?」
「まぁ……害は無さそうだよね」
勇斗は二匹が食べ終わった後のお皿を回収してキッチンへと消えていく。
お腹も満たされて緊張が解れたのか、ウサギがくあっと大きな欠伸をした。床の感触を確かめるようにフローリングをぺたぺたと触るが、納得がいかないのかしょんぼりと項垂れてしまった。
俺は寝室の引き出しから大きめのブランケットを引っ張り出して、ソファの上へと置いた。ぽんぽんとそこを叩くと音に反応したウサギがこちらを見つめた。
「そこじゃ寝れないでしょ。ここ使いな」
ライオンは未だに警戒モードでウサギの手を握っていたが、ウサギは疲れきった様子でソファに向かって歩き出した。よじ登ってソファの感触を確かめ、お気に召したらしくころんと横になった。
ライオンはじっとウサギを見つめ、おそるおそるソファへと近付き、同じように登る。ウサギの背を守るように背後から抱えた。
「お?ウサギ寝ちゃったか」
キッチンから戻ってきた勇斗がソファを見下ろした。ライオンはきゅっとウサギを抱き締める手に力を込めて、勇斗を見上げた。
うとうとと微睡むウサギは、ライオンの手をぺろりと舐めて目を瞑る。口をもごもごさせながら、小さくぷっと音を鳴らした。
どうやら習性は本来の生き物に近いようだ。ウサギのぷくぷくという鳴き声も、ライオンの喉を鳴らすぐるぐるという声も、ぬいぐるみから出ているとは想像し難い。
ウサギの身体に顎を乗せたライオンが、ソファの座面を尻尾で何度かぺしんと叩き、欠伸をする。俺は少しずつ近付いて、ライオンのそのふわふわとした身体に触れた。
ちらりと一度視線を向けるが、撫でてやればふっと目を瞑り、ウサギと同じように眠りについた。
「ふふ。やっぱりこのライオン、ウサギを守ってるんだ。寝床を決めるのはウサギだけど、寝るまでちゃんと警戒してる。カッコいいなぁ」
親子?兄弟?それとも、番(つがい)なのだろうか。種族は違うのに、二匹の間には確かな信頼関係が築かれているのがよく分かる。ウサギは少しこちらを信頼し始めている様子だった。ただライオンの方はまだ距離があるように感じていたが、さっきは素直に身体に触れさせてもらえたし、徐々に信頼関係を積み重ねていけば大丈夫だろう。
「なぁ、仁人」
「んー?」
「……俺お腹空いた」
「あっそうだった!俺たちもご飯食べよ!」
差出人不明の謎の荷物は、可愛らしくも不思議な贈り物だった。
コメント
2件
もう本当に優しい世界すぎて胸がぽかぽかした〜😭💕💕 差出人不明の段ボールからまさか生きてるぬいぐるみが出てくるとは思わなくてびっくりしたけど、洗って乾かしてドーナツ食べさせてあげるところがもうずっと尊い……! 特にライオンくんがウサギちゃんをずっとガードしてるのが可愛すぎて「属性:守りたい系男子」って脳内タグつけたくなった(笑) ウサギがぷっと鳴くシーンとか、ライオンの喉ゴロゴロとか、こういう細かい仕草が愛おしすぎるよ〜! 続きめっちゃ気になる!この連載、推しますっ!!