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【甘い香りに御注意を】
この世には男と女の他にもう一つの性が存在する。それは『ケーキ』と『フォーク』だ。フォークは味覚がない。多くのフォークは味覚を感じないことに苦しんでいた。ただ、ひとつだけフォークも味覚を感じることが出来るものがあった。それがケーキの存在だ。味覚を感じることが出来ないフォークにとってケーキはご馳走だった。そんなんだから最近ではフォークによるケーキの無差別殺人事件が多発していた。それによりフォークであるだけでも犯罪者のような目で見られる。全てのフォークがそうである訳じゃないのに…だから俺は絶対にフォークであることは明かさずに生きていこうと決めた。勿論ケーキを見つけても絶対に襲うなんて事はしないと。
でも、出逢ってしまったんだ…
霧島「杉原ァ、茶」
杉原「またですかぁ?もー、たまには自分で用意して下さいよ…」
とはいいつつも用意する。これがいつものパターン。なんだかんだ文句は言うけど結局俺はこの人には抗えない。霧島さんはヤクザの桜樹組の若頭でこの業界じゃ『桜樹の悪魔』なんて呼ばれて恐れられてる。そしてこの人は──────
俺が唯一見つけたケーキ。
出逢った時から気づいてはいた。この人は俺の目の毒だって。この人を喰べたらきっと、後には戻れなくなる。フォークを惑わすフェロモン。これに何度理性を失いかけたことか…理性を保とうとしている俺でもこんなんだから他のフォークが霧島さんのとこを見たら絶対に襲い掛かるだろう。まあ霧島さんなら返り討ちにしそうだけど…でも本人は自分がケーキであることを自覚していないみたいだし、万が一のことを考えて俺がいつでも動ける状態にしておく必要がある。なんせ飢餓状態になったフォークはいつもの倍以上もの力を発揮する。流石の霧島さんでもそんなバケモノには適わないだろう。だから俺が霧島さんを守りたい。
最近、寝不足のせいなのか不調が続いている。体調も良くないし、ちょっとした事でもイライラしていまう。それが良くないことだと分かっているから周りに迷惑を掛けないように気をつけてはいるんだが、欲求不満のせいもあるのか霧島さんの前では複雑な感情が入り乱れてどうも上手くいかない。このままどうにかなる前に何とか手を打たないと…
霧島「おい」
杉原「びッ、くりしたぁ…」
霧島「何やってんだよ、さっさと準備しろ。」
杉原「む…それが人に物を頼んでる態度なんですか?ちゃんと準備してますから、あっちで待っててください!」
霧島「あぁ?お前が何時までもグズグズしてっからだろ」
杉原「そう思うんだったら自分で用意して下さいよ!!」(ガタン!
霧島「………………」
杉原「あ…すみません…」
霧島「…お前最近なんかあったのか?」
杉原「え…」
霧島「ずっとイライラしてんだろ。」
杉原「なんで…」
霧島「気付かれてないとでも思ってたのか?結構露骨に態度に出てたぞ」
杉原「ッ…」
嘘だ…いつも通りにしていたはずなのに…自分の不甲斐なさに泣きそうになる。
霧島「たく…そんな泣きそうな顔すんなよ。俺が泣かしてるみてぇじゃねぇか」
杉原「すみません…」
霧島「あのなぁ…俺は別に謝って欲しいわけじゃねぇんだよ。ただお前になんかあんなら…いや違うか…俺になんか言いたいことあんなら言えって思ってるだけ」
杉原「え…霧島さんに…?」
そう言われて心臓が飛び跳ねるように脈打つのが分かった。
霧島「なんだよ、俺に文句があんだろ?」
杉原「どうして、そう思うんですか…?」
俺がそう言うと少し俯いて黙ってしまった。聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと焦った時。
霧島「…………お前が」
杉原「え?」
霧島「お前が俺を避けてるからだろ…」
杉原「へ…」
避けてる?俺が?霧島さんを?…自覚はなかったが多分欲求不満が溜まりに溜まって、無意識のうちにケーキである霧島さんのことを避けてしまっていたのだろう。自覚がなかっただけに謝りづらい…そんなつもりはなかったと素直に言っても恐らくは受け入れて貰えないだろう。あーでもないこーでもないと考えていると霧島さんか口を開いた。
霧島「なんでお前が驚いてんだよ」
杉原「いや…」
どうしようかと悩んだ挙句、結局本当のことを言うことに決めた。
杉原「すみません、完全に無意識でした…別に俺が避けようと思って避けてたわけじゃないです。でも俺は霧島さんにそう思わせちゃってたんですね。本当にすみませんでした。行為ではないとはいえ、不快な思いをさせてしまって」
謝罪のつもりで言った言葉だった。なのに霧島さんが今傷ついた顔をしていたから上手く言葉が出てこなくなった。
杉原「え…」
霧島「そうか…そういうことか…」
杉原「霧島、さん?」
霧島「暫く仕事は別にしてもらうから安心しろ。俺からも必要以上は絡まねぇから」
杉原「え?」
霧島「なんかあればメールとかで連絡しろよ。」
杉原「ちょッ!ちょっと!なんなんですかいきなり!どうしてそういうことになっちゃうんですか!!」
突然の事で気が動転して霧島さんを強く引き止めた。
霧島「……痛ぇよ」
思った以上に強く掴んでいたのか顔を歪ませていた。
杉原「あっ、すみません!」(バッ!
霧島「なんで引き止めんだよ…」
杉原「そんなのっ、貴方が急にあんなこと言い出すからでしょ!なんであんな…」
霧島「…無意識だって言っただろ」
杉原「へ…?」
霧島「無意識に人を避ける時ってのはどういうことだと思う?」
杉原「え…」
霧島「生理的に受け付けねぇとか…嫌いとか…」
杉原「ぁ…」
しまった。完全に失言だった。俺はそこまで考えて発言できなかった。この人は人並み以上に気持ちに敏感な人だ。だから傷ついた顔をしたのかと納得したと同時に誤解を解いておかなければと必死になった。
杉原「違うんです!そういうとこじゃなくて!俺が、霧島さんを避けちゃってたのはっ…」
ここまで言って我に返った。今俺はなんて言おうとした?ここで俺がフォークだと言うことが知られたらまた、居場所を失う。それだけじゃない。霧島さんと一緒にいられなくなってしまう。それだけは嫌だ。俺は自分のこの感情を抑え込んででもこの人と一緒にいたいと思ったのに…
霧島「…なんだよ」
杉原「さけ、ちゃってたの…は…」
霧島「気なんて使うな。人間にだって合う合わないの相性ってのはある。」
杉原「そんなんじゃない!!」
我儘だ。フォークであることを隠したいけどそんな誤解はして欲しくないだなんて。俺だって分かってる。どっちも叶うなんてことは無いのだと。だから…だから、俺は決めたんだ───
杉原「俺はッ…俺は、!本当は霧島さんの近くに居ちゃいけないんですッ…!」
苦しい…息が詰まる…これを言ったら、どう思われるのか、霧島さんの俺を見る目が変わるのだろうか。今度は霧島さんが俺から離れていってしまうのか…それを思うと悲しい。でも、それ以上にこの人には傷ついて欲しくないし何より幸せになって欲しい。本当は俺の手で幸せになって欲しかった。そんなの、叶うわけないのに…
俺の発言に対して怪訝そうな顔をする。
霧島「どういうことだ」
杉原「俺は…」
声が震える。言いたくない。でも、言わなきゃ…俺の思いと一緒に…
杉原「霧島さんが好きです」
霧島「いきなりなに…」
杉原「尊敬してるからっていうのもあります。でも俺は恋愛感情として霧島さんを見てます。」
霧島「は…」
想定外の発言に驚きが隠せないようだった。そりゃそうだ。舎弟頭からの突然の告白なのだから。そんな反応を愛おしいと思うと同時にその先を言わなければならない事が更に苦しくさせた。
杉原「でも…ダメなんです…俺は霧島さんを幸せになんて出来ないから…」
少しの沈黙があってから霧島さんが怒っているような口調で口を開く。
霧島「なんでそんな最初から決めつけてんだよッ…俺がお前と居て不幸だとか言ったことあったか!?」
杉原「今まではなくても!!これからはッ…分かんないんです…だって…だって、俺は…貴方を喰べてしまいたいと思ってしまってるからッ…」
霧島「なに、言って…」
杉原「霧島さんも知ってるでしょ…第二性別の存在…フォークはケーキを喰らう…居るだけで、何もしていないのに犯罪者予備軍として扱われて…だから俺は決めたんです。自分の性別を隠して生きようって」
目を逸らしちゃいけない。ちゃんと俺を知ってもらわなければならないのだから。
杉原「…俺は『フォーク』です」
ああ、言ってしまった。もう後には戻れない。
杉原「そして霧島さんは『ケーキ』です」
霧島「は?俺が、ケーキ?」
杉原「はい。断言します。」
霧島「なんで…」
杉原「今まで奇跡的にフォークに合わなかったか、襲ってきたフォークを返り討ちにしてたかどっちかでしょうね。…これで分かったでしょ?俺は犯罪者予備軍のフォークで霧島さんはケーキで…好きな人がいたってこんなの無謀でしょ…」
自分で言っておいて泣けてくる。あー、なんで俺がフォークなんだろ…これのせいで俺は親からも愛されなかった。まぁ出来損ないのしかも犯罪者予備軍の子供なんて親であっても可愛がらないよな…なんで俺って生まれてきちゃったんだろ…ここを出ていけなんて言われたらもう、行く宛てないや…
霧島「はぁ…そういうことか」
杉原「え…?」
霧島「なんでお前はいつも意味わからんところでオドオドするのかなのかよく分からなかったんだが…お前は自分が嫌いか?」
杉原「…………嫌い…大嫌いです」
霧島「やっぱりか…他からの自分に対する風当たりが強くなった、だから自分に自信がなくなった、違うか?」
杉原「………そうです」
霧島「だろうな。…お前俺のこと好きなんだろ?」
杉原「そう、ですけども…」
霧島「だったら他の意見なんて気にすんな。俺だけでいい。」
杉原「は…ちょっと何を言ってるのかいまいちピンとこないんですが…」
霧島「…仕方ねぇな」
混乱している俺に何を言っても無駄だと思ったのかため息を吐くと俺の胸ぐらを掴んで距離を詰めたあと…キスをした。触れるだけの、優しいキス。今まで感じたことがなかった味覚が感じられる。甘い。一瞬だけなのにとても甘くて頭がクラクラする。口を離した後も少しその余韻に浸ってまう。
杉原「甘い…」
霧島「美味かったか?」
杉原「はい…とても…美味しかったです…」
初めての味覚に嬉しい感情が芽生えた。だがそれよりなぜ霧島さんは俺にキスをしたのかが気になってしまった。霧島さんはそんな簡単にキスするような軽い人では無いし、ではどうしてか…
杉原「…なんで、今…キスしたんですか…?」
霧島「言っても伝わんねぇだろうなって思ったから、してみただけだ。」
杉原「え…一体何を…」
霧島「…言わなきゃ分かんねーのか」
杉原「…そんなこと言われたら、俺、自分に都合のいい方に捉えちゃいますけど…」
霧島「…まぁ…いいんじゃね…?」
杉原「本当に…?」
霧島「何度も言わすな」
杉原「俺のこと好きなんですか?」
そう問うと少し不機嫌そうな顔をしながら
霧島「………嫌いだったらこんな事するかよ」
今までで一番嬉しかった。叶うわけないと思っていた恋が結ばれたのだから。嬉しさのあまり抱きつきそうになるのを抑え、最後の確認をした。このまま付き合ったらきっと、いや絶対に離せなくなるからだ。戻るなら今のうちだという警告をしなければならない。
杉原「…本当に俺でいいの…?俺は、フォークですよ…?今だって、我慢してるだけで…本当はもっと喰べたいって思ってますよ…?」
霧島「喰いてーなら喰えばいいだろ。喰えるならな。」
杉原「挑発のつもりですか…俺だったら貴方を喰べるなんて…ッ」
その瞬間頭を捕まれ、顔同士が近くなる。
霧島「ゴチャゴチャうるせぇな…じゃあ喰ってみろよ、抵抗しねぇから」
自分を差し出すかのように自分の首元に俺の顔を埋める。この距離になれば匂いが濃すぎて思考なんてどっかいってしまう。なんとか理性を保っていようとするが俺の気持ちとは裏腹に涎が垂れてくる。一瞬理性が切れてその首元に噛み付こうとした。しかし途中から我に返り、グッと抑え込んで力を振り絞って体を引き離す。
杉原「ッ…やっぱダメです!俺はッ…貴方を傷つけることなんて出来ないッ…」
霧島「……相変わらずこういうところは律儀なんだよなぁ、お前。」
杉原「へ…?」
霧島「だからお前なら信じられる。今までだってこういう瞬間あったんじゃねぇのか?」
そりゃあ何度だってあった。理性が切れて体の隅から隅まで貪いたいと何度も思った。でもそれ以上にこの人と一緒にいたいという欲の方が勝って我慢することが出来たんだ。
霧島「もし本当にダメになりそうだったらそん時はそん時考えりゃいいだろ。余計なこと考えてんじゃねーよ」
頭をポンっと撫でられた。その瞬間に今までの思いが全部溢れるように涙が出てくる。さっきは答えてくれなかったことをもう一度問う。
杉原「俺の事…好き…?」(ズビ…
霧島「……ばーか」
やっぱり口には出してくれないのかと思って少し落ち込んだが、そんな思いも吹き飛ぶほどに心が踊っていた。顔が緩んでしょうがない。いっぱいの思いを込めて伝える。
杉原「霧島さん…大好き」
霧島「…間抜け面」(フッ
この後正式にお付き合いをする際の約束事を決めたのだが、それはまた別のお話で語らせてもらおうかな。叶わない恋だと諦めていた結果、好きな人からヨシを貰って付き合うことが出来たフォークとケーキのお話…まだ2人の道程は永くなりそうだ。