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その夜、身体はひどく疲れているはずなのに、なかなか眠りにつくことができなかった。
暗い部屋の中、ベッドのシーツを握りしめながら天井を見つめ、思考の渦に溺れていく。
僕はどうしてこんなにも、大切な人に迷惑ばかりかけてしまうのだろう……。
振り返ってみれば、これまでもそうだった。
僕の普段の何気ない行動や曖昧な態度が、いつも相手を勘違いさせてしまうのだ。
今回のしゅんとの出来事は、僕も自分の意志で彼を求め、行動で気持ちを示したのだから決して勘違いなんかではない。
だけど、あんなに優しかった彼をあそこまで狂わせてしまったのは、他でもない僕の無神経な行動が原因だ。
ふと、隣に視線を移す。
すぐ横で目を瞑り、静かに穏やかな寝息をたてているはやちゃんの姿。
暗闇のなか、彼の顔にわずかにかかる前髪を指先でそっと退けてみる。
さっき、はやちゃんは僕のことを「好きだ」と言ってくれた。
一人の男として向けられたその告白は、純粋にすごく嬉しかった。
でも僕がはやちゃんに対して抱いている気持ちは、恋なんて綺麗なものではない。
……ただの“依存”だ。
僕はこの人の底なしの優しさに甘えて、もはや自分の足で立つことを放棄している。
でもはやちゃんの本当の気持ちを知ってしまった以上、このままこの歪な関係にダラダラと甘え続ける訳にはいかない。
僕がこの人の愛に甘え続ければ、いつか彼の未来までも僕の暗闇で潰してしまう。
しゅんの横に胸を張って立つためだけじゃない。
僕をここまで命懸けで守り続けてくれたはやちゃんを僕の依存から解放するためにも、僕はやっぱり、自分の力で強くならなきゃいけないんだ。
静かな寝息を立てるはやちゃんの横顔を見つめながら、僕は胸の奥の決意をさらに固く、深く、静かに刻み込むのだった。
そして……しゅんが本当にもの凄く優しい人なのも、僕はちゃんと知っている。
あの日、高校の屋上で出会ってから、彼は一途に僕のことだけを想い続けてくれていた。
10年近くもの、果てしない時間を。
今、しゅんはどんな気持ちで、どんな夜を過ごしているのだろう。
暗い部屋で、また一人でボロボロになって泣いていないだろうか。
僕は枕元のスマホをそっと手に取り、時間を確認する。
時刻はすでに夜中の2時を過ぎていた。
画面を閉じようとしたその時、液晶に彼の名前が鮮やかに浮かび上がった。
ブブッ、ブブッ……
しゅんからの着信だった。
僕は隣で眠る勇斗を起こさないように、ベッドから音を立てずに抜け出した。
そのまま静かにリビングへと移動し、震える指先で通話ボタンを押して耳に当てる。
「……はい、」
『あ……あの、俺やけど……』
「……うん、どうしたの…?」
『……っ、、う、……っ』
受話器の向こうから、小さく鼻をすするような音が聞こえた。
その掠れた呼吸の音だけで、彼が受話器の向こうで子供のようにボロボロと涙を流している姿が、痛いほど鮮明に脳裏に浮かんでしまう。
「しゅん、大丈夫……?」
『っ、、じゅう……。俺……ほんまに、ごめんなさい、……っ』
彼の喉から絞り出すような、ひどく苦しそうな震える声。
それを聞いた瞬間、僕の胸の奥までキリキリと締め付けられてしまう。
「しゅん、違うの。俺が悪かったんだよ。全部、俺のせい。……傷付けるようなことばかりして、本当にごめんね」
『な、なんで……? なんでじゅうが謝んねん……っ。おかしいやろ、俺があんな、酷いことしたのに……』
「ううん、俺が無神経だった。しゅんに、たくさん嫌な思いをさせて…、ごめん」
『……じゅう……。俺な? じゅうのことが好きすぎて、自分を抑えきれんくなってもうて……
やっと、やっとな? 10年越しの想いを伝えられたのに…。東京に戻ってきたら、じゅうが勇斗くんに取られてまうって、もの凄く焦ってな?
…俺の、俺だけのじゅうなのにって。さっきまで、俺の横であんなに笑ってくれとったんに、今はもう違う人の隣におるんやって思ったら、俺……っ』
「……ごめん、」
『じゅうに何度電話しても出ぇへんしな…? 俺、勇斗くんとじゅうがどういう関係なんか…、何も知らんし。
かっこええし、勇斗くん…。じゅうにとってのヒーローやし…。俺みたいに、うじうじしてへんし…。じゅうが苦しい時、頼る相手は……電話するんは、俺やないし……っ』
そこまで彼を追い詰め、嫉妬の地獄で狂わせていたことに、僕は全然気づいてあげられなかった。
その事実がたまらなく悲しくて、悔しい。
『自分でも、なんであんな行動とってしまったんか、全然わからんねん…。ほんまにごめん。
……じゅう、頬、痛くない…? ガラスの破片で怪我してへん…? 怖かったやろ…? 色々思い出して辛い思いさせてない?……ほんまにごめんなぁ、』
自分のしたことを激しく後悔しながらも、それでも受話器の向こうのしゅんは、僕の身体と心のことばかりを心配してくれている。
やっぱりこの人は僕の大好きな優しいしゅんだ。
「……しゅん、大丈夫だから。本当だよ?頬ももう腫れてないし、怪我もどこもしてないよ」
『…っ……』
「たしかにびっくりはしたけれど、しゅんをそこまで追い詰めてそうさせたのは俺だって分かってるから。本当にごめんなさい」
『ちゃう、俺が悪い……ほんまに、最低や……。ごめんなさい』
「ううん。いいの。大丈夫…」
長い沈黙のあと、受話器の向こうからぽつりと声が零れ落ちた。
『 なぁじゅう?……もう、俺のこと、……嫌いなってもうた?』
不安そうに、今にも消えそうなほど怯えた声。
僕は窓の外に広がる東京の夜景を見つめながら、静かに首を横に振った。
「……ううん、そんなわけないよ。さっきもね、ベッドの中で、しゅん大丈夫かな、泣いてないかなってずっと考えてたんだよ。そしたら、ちょうど電話がきて……」
『っ、俺なんかの心配……してくれたん…?』
「だってしゅん、すごく優しい人だから。今頃一人で泣いてるんじゃないかって、心配だったの」
『もう、いやや、……ほんま、ごめんなさい……っ』
受話器の向こうから、さらに激しくなった泣き声が聞こえてくる。
「ううん、俺もごめんね」
お互いに、夜の静寂の中で不器用な謝罪を重ね合う。
ひとしきり泣いて少しだけ落ち着いたのか、しゅんが鼻をすすりながら意を決したように声を響かせた。
『なぁ、じゅう……。もし、大丈夫やったら……。明日、仕事のあと、少しだけ二人で話せへんかなぁ……?』
しゅんからの誘い。
それは僕だってちゃんと直接謝りたい。
素直に会いたいと思った。
でも頬を叩かれた瞬間のヒリヒリとした痛みや、彼のあの冷たい視線が脳裏をよぎる。
正直、怖いとも思った。
だけど、ここでまたはやちゃんを頼るわけにはいかない。
これ以上自分の都合の良い時だけ「助けて」なんて彼を巻き込むのは、はやちゃんの真っ直ぐな気持ちを利用しているみたいで、どうしても嫌だった。
もうこれ以上甘えるのはやめたい。
それに何より、僕は強くなりたいのだ。
しゅんの隣に胸を張って立つためにも、はやちゃんを僕の依存から解放してあげるためにも、これくらいの壁、僕ひとりの力でちゃんと解決しなくちゃいけない。
「うん。わかった、話そう」
何より僕も彼にちゃんと自分の無神経さと正面から向き合って謝らなければならないと思ったから。
『……ありがとう。こんな遅い時間にごめんな。……じゃあ、また明日な?』
「うん。また明日ね」
カチリ、と通話ボタンを押して電話を切った。
ふぅー……。
画面が暗くなったスマホを胸に抱いたまま、僕は大きなため息と共に、その場にしゃがみ込んだ。
静まり返った暗闇のなかで、僕の心臓はいまだにうるさいくらいに暴れている。
受話器から聞こえてきたしゅんの声の残響が、耳の奥にこびりついて離れない。
焦燥感と罪悪感とそしていつもの優しい彼に戻ってくれた安堵。
色んな感情が一気に押し寄せてきて、僕は冷たい床の上でしばらくの間ぼーっと座り込んでいた。
どれくらいそうしていただろう。
暴れていた心臓の音がようやく少しだけ落ち着きを見せた頃、僕は重い身体をゆっくりと起こし、足音を立てないように静かにベッドへと戻った。
隣で静かに寝息を立てているはやちゃんの腕に、自分の腕をそっと絡ませて、ぴたっと身を寄せた。
昔からフラッシュバックで眠れない時、僕はこうやって彼に勝手に甘えさせてもらっていた。
付き合っていないとか、依存だとか、そういう難しい理屈を全部取っ払った場所にある、僕をずっと救い続けてくれたヒーローの、絶対的な安心感がそこにあった。
この温もりがあれば、きっと今夜も安心して眠れる。
これくらいは、許されるかなぁ…。
窓の外に広がる東京の夜空が、うっすらと白み始めていた。
to be continued…..