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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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ご本人様方とは一切関係ありません
小児科医青×天才外科医桃
のお話です
桃視点
ちょっとシリアスめなお話(?)です
うちの病院では、外来診察は各医者によって担当曜日が決まっている。
どの医師も外来に入るのは大抵1週間に2日ほど。
決まった曜日に決まった診察室で、予約患者と初診患者の対応をする。
あとはうちみたいな外科では手術の曜日が決まっていたり、セカンドオピニオンやそれ以外の相談なんかで訪れる患者対応を任せられる日もある。
他には入院患者担当の日なんかもあって、今日の俺はその位置だった。
「ないこ先生、ちょっといいですか?」
入院病棟担当の看護師が、不意に声をかけてきた。
ある病室から出てきた瞬間に捕まえられたから、恐らく待ち伏せしていたんだろう。それだけ急ぎの用件なのかもしれない。
「どうかした?」
「713号室の槇原さんなんですけど…左足が痛いって泣いてらして…」
「……『左足』?」
思わず眉を寄せて、肩越しにその看護師を振り返った。
713号室の槇原さん…まだ20代前半の若い女性だ。
俺が主担当の患者ではないけれど、情報共有はされているからどんな患者なのかはきちんと覚えている。
どんな病気で、どんな手術をした後なのか。
そして術後の状態や、これからの予定まで。
…だから分かる。彼女は確か……。
俺が思案しながら表情を曇らせたのが分かったらしく、看護師はこちらの問い返しに遅ればせながら「はい」と小さく…だがはっきりと返事をした。
それに一つ頷いて返すと、俺は「今すぐ行くよ」と応じて、白衣の裾をなびかせ身を翻した。
713号室の前で立ち止まり、軽くノックをする。
微かな声が返ってきたのを聞いてからそっと扉を開いた。
それほど広くはない個室。
白い壁に白いベッド。
最近はうちの病院では面会に来る人からの生花の見舞い品は禁止しているから、余計に室内は殺風景に感じる。
彩りもなく、薬品や医療器具の独特な匂いが鼻を掠めた。
俺にとっては慣れているそれも、病院慣れしていない人からは不快に思うこともあるだろう。
「槇原さん、失礼します」
一言断って、中へ踏み入る。
小柄な彼女の姿はその白いベッドの上にあった。
横になった状態で、身を縮めるようにして背を丸くしている。
すすり泣いていたんだろう。
俺が姿を見せた瞬間に、声を押し殺すように息を飲んだのが分かった。
それでも白い頬が涙で濡れているのを隠すことはできない。
手で拭おうとする彼女のそんな行動を、気にする素振りも見せずに俺はベッドの横まで歩み寄った。
「左足が痛むって聞いたんですけど、どの辺ですか?」
身体にかけた布団の上から、足の方へ視線を落としながらそう尋ねる。
すると、震えそうな小さな声が「…足の、裏辺りです…」と力なく応じた。
「どんな風に痛みます?」
「…ずきずき、刃物で刺されるみたいな…」
「うん、分かりました。痛み止め出しますね」
彼女にそう言いながら、俺は後ろを振り返る。
電子カルテの端末ごと追いかけてきていた看護師が、すっとそれを差し出してきた。
慣れた手つきで、カタカタとキーボードを叩いて素早く内服薬の処方指示を飛ばす。
そんな俺の様子を見たせいか、槇原さんの目にまたぶわりと涙が溢れた。
決壊しそうなその目で、横たわったまま彼女は俺を見上げてくる。
「…彼が…『嘘つくな』って、言うんです」
続いた言葉に、俺は手元の端末に落としていた視線をもう一度上げて彼女を見た。
「彼」……槇原さんの彼氏のことだろう。
これでも引継ぎで確認はしてある。
患者の身体的状態だけでなく、置かれている境遇や環境、心理面なんかも医師は理解しておく必要があるから。
「泣くほど痛いわけないだろ、嘘つくな、さっさと帰ってこいって…さっき電話で言われて…」
槇原さんの彼氏は、確かニートだった。
働かずに彼女の家に転がり込んでいたはず。
自分を養ってくれている状態だった彼女が病気で長期入院してしまい、きっと言いようのない焦りと苛立ちを覚えているに違いない。
心配もせず、ただ自分本位な考えで。
患者を前には絶対に言えないけれど、情報共有しているとき俺たち医療従事者側の誰もが「クズな男だ」と思ったはずだ。
いむがもしうちの科にいてこの話を聞いていたら、「そんな男早く別れなよ!」なんて怒って言うんだろうな。
彼女が今泣いているのは、きっと足の痛みだけじゃない。
胸の方がよっぽど痛むはずだ。
それが分かっているから、俺はできるだけ穏やかな表情で言葉を継いだ。
「嘘なわけないですよ。痛いものは痛いんですから。鎮痛剤飲んで様子見ましょう」
「でも…!」
フォローするような俺の言葉を、彼女は声を荒げて遮る。
勢いで少しだけ上体を起こそうとした。ベッドに肘をついて、まっすぐに俺を見上げてくる。
「彼が言う通り、本当は痛いわけないのに…!!!」
「槇原さん」
「だって先生、私の左足、もうないじゃない……!!!!」
うわぁんと声を上げて、彼女はさっきよりも嘆くように泣いた。
『幻肢痛』
病気や事故で足を切断せざるを得なくなった患者が、術後、切断したはずの足が痛むと訴えるのは珍しいことじゃない。
彼女は2日前に手術で左足の膝から下を切断している。
今そこに痛むはずの足は「ない」。
普通に考えれば、彼女の彼氏が心ない言葉を吐くように、誰もが「痛いはずがない」と、そう思うだろう。
「槇原さん、術後に『ないはずの足』が痛むと感じることはあるんですよ。だから薬を内服するのも珍しいことじゃないんです」
できるだけ声のトーンを穏やかに落として、語りかけるようにそう続ける。
彼女は、手術前に切断に対してきちんと理解を示し納得していた。
覚悟もしていた気丈な子だ。
だから、彼女が今泣いているのは痛みに対してだけではない。
自分の今の状況を「嘘だ」と理解もせず、心配もせずに責め立ててくる人間に対しての涙だ。
「…本当に…嘘じゃな…いの…」
「うん、大丈夫です。分かりますよ。我慢する必要なんてないです」
理解してくれる人間がいるだけで、多分人は救われる。
それが俺みたいな「赤の他人」の医師ではなくて、一番近くにいる恋人なら彼女にとってもっと幸せだっただろう。
それでも孤独に痛みに耐えようとしていた彼女は、堪えきれなくなったのか、まるで子供みたいに声を上げて泣いた。
槇原さんの気持ちが落ち着いたところで、看護師と一緒に部屋を後にした。
「服用したら後で様子見に来るけど、その前にまた何かあったらすぐに連絡ちょうだい」
廊下を歩きながら後ろを着いてくる看護師にそう言う。
「はい」と、歯切れのいい答えが返ってきた。
「あぁ、それと…」
続けて指示を出そうとした瞬間、視界の片隅を黒い影がしゅっとよぎる。
思わず「おわっ」と驚いて声を上げそうになった。
廊下の角を曲がろうとしたところで、向こうからやって来た人影とぶつかりかける。
「す、すみません…!」
相手の方が、慌てて先に謝ってきた。
「こちらこそ」と頭を下げながら見ると、目の前にいたのは黒いシャツに細身のパンツを履いた若い男性だった。
年は多分、20代前半といったところだろうか。
見慣れない顔だったし、服装からしても患者ではなく、恐らく入院している誰かに面会しに来たのだろう。
「あら、あなた槇原さんの…」
俺の後ろにいた看護師が、彼の姿を目に留めて言った。
「槇原さんの」……? もしかしてこれが例のクズ彼氏か?
そう思ったけれどにわかには信じがたい。
噂で聞いていたよりも見た目はよっぽど好青年だ。
そんなことを思いながらもう一度彼の方を一瞥すると、俺の視線に気づき、慌てた様子で「…あ!」と声を上げた。
手に持っている花を、彼は気まずそうに隠そうとする。
「花…は、ダメだったんでしたっけ…すみません持って帰ります!」
こちらの目線に、咎められているとでも思ったのだろうか。
彼は手にしていた花を、そのまま肩から提げていた大口のトートバッグに押し込もうとした。
「いやいやいや…!」と、思わず俺も慌てて制する。
「うちが禁止してるのは生花ですよ。それは大丈夫です」
彼が手にしていたのは、小ぶりだけれどガラスケースに収まったプリザーブドフラワーだ。院内で禁止されているようなものではない。
「あ、あぁそうなんだ…よかった…」
ホッと胸を撫で下ろして呟くと、彼はもう一度一礼して俺たちの横をすり抜けて行った。
振り返って見守っていると、俺たちがさっき出てきたばかりの病室に入って行く。
それを見据えていたせいか、尋ねるよりも先に看護師が口を開いた。
「彼、槇原さんの中学時代からのお友達らしいんですよ」
…「友達」…ねぇ。
そう言いたくなったのを読み取ったのか、苦笑いが返される。
「彼の方は『友達』じゃないんでしょうけどね。術前も術後も、槇原さんの彼氏よりよっぽど熱心に通ってますよ」
「…へぇ」
大した意味を成さない感嘆詞が、口から漏れる。
言われずとも、さっきの雰囲気だけでどんな想いで彼がここに来ているのかは伝わってきた。
オレンジを基調にしたさっきのプリザーブドフラワーの暖かい色味は、槇原さんの笑ったときのイメージによく似合う。
この後部屋に飾られるだろうそれが、彼女の重い気持ちを少しでも和らげてくれることを切に祈った。
(続)
コメント
4件
桃さん優しすぎる🥺 一人一人の設定がしっかりされてるから話が入りやすいですし、 尊敬です✨️✨️ 頑張ってください🔥 大好きです
あおば様の作品は人が増える度にその人たちの事情や感情に揺さぶられてしまうので魅入ってしまいます……😿💞大好きです、!! 槇原さんとお友達さんの関係も気になっちゃいます…😸😸 優しく接する桃さんの優しさが伝わりすぎますっ!!🫶🏻💗 ̖́-