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その翌日、冬の寒さが身に染みる朝
布団を大胆に捲って
重い腰を起こしてベッドから降りると
ベッド横に無造作に置かれたスマホを手に取って電源をつけ
時刻を確認すると丁度6時で
いつもの登校時間に起きてしまって
もう少し寝ようかな、なんて思考も飛び交った。
しかし睡眠より遥かに食欲が先行していたので
スマホを再びベッドに置いてリビングに向かう。
すると
リビングのソファに座って
昨日スーパーで父さんが買ってきたのであろう100円ぐらいの鈴カステラの袋を片手で抱え
それをひとくち、またひとくちと口に入れながら
バラエティに釘付けになっている母さんがいた。
「あら、晋」
母さんは僕の視線に気がつくなりそう言うので
「あ…おはよ」と適当に返して
すぐ横の炊飯器に目を向けるとご飯は長けているようだったが
ご飯の気分でもなければ棚からインスタントの袋麺を取り出して鍋で茹でる気力もなくて
パンでもチンして食べるか
と思ってそこで再び足を動かした。
冷凍庫から食パンを1斤袋から取り出して
冷凍食品のハンバーグを贅沢に4個も使うと
温めた食パンの上にハンバーグを乗せて
この際、せっかくだと思い
チーズをかけて再度温めて
ふりかけるタイプのねぎをパラパラっとかけて
最後にその食パンを半分に折って完成とさせると
寒さで死にそうな肩をさすさすしたあとにすぐストーブをつけた。
冷蔵庫から麦茶を取り出してプラスチックのコップに半分ほど注ぐと、席に座り
「いただきます」と手を合わせ食べ始める。
(やっぱこのスタイルが一番だな)
冷凍食品とはいえハンバーグもパンも温かいし美味しい。
こんなに格別なものがあるだろうか。
暖かいものを食べることでより一層幸せな気持ちになることができるから僕は好きだ。
そうして食べていると父さんが仕事に向かう時間になったらしく
父さんはスーツの上にコートを着込むと無言で
玄関へ向かって
さすがに両親どちらとも50代となると妻が旦那見送るという歳でも仲でも無いのか
いつまでも仲睦まじい
小説に出てきそうな夫婦みたいなことはなくて。
「またなんも言わずに行って」
と呆れたようにいうだけで
僕も朝食を食べ終えるとすぐに歯磨きを済ませて、特に用もないので部屋に戻った。
部屋に入り、スマホの電源を入れると
すぐにロック画面上の7:50という時刻と12月26日という日付が目に入る。
スワイプしてバスコードを流れるように入力しホーム画面に移動すると
適当にInstagramを開いた。
マゼンタ色のグラデーションで縁取られたアイコンがタイムラインとしていくつか並んでいて
LINEに通知が溜まっているのと同様に色がついているのが気になってしまうためひとつずつアイコンをタップして既読をつけていく。
その中には、昨日投稿されたらしい友人らのキラキラした笑顔の写真が目に飛び込んできた。
背景にはライトアップされた
大きなクリスマスツリー
その右下には「最高のクリスマス🎄✨」と書かれている。
その他にも10人ぐらいでカラオケに行っている投稿やお菓子を使って器用に描かれたFJKケーキというものまで上げている女子がいたり
それ以降は広告ばかりで連続タップして片付けると、それだけでなんだか疲れてしまい
電源を消してスマホを充電器に差し込んだ。
(貴重な休日にわざわざ陽キャの幸せアピストーリーなんて覗くからだ、一気に現実に引き戻される…)
いやまあ、僕もイブには沼塚とデートしたし
当日は沼塚とお揃いのグッズ買ったし
夜にゆうクラもしたし、その点で言えば別に普通に良いクリスマスを過ごせたとは思ってるけど
(なんか…クリスマスのこと思い出してたらまた沼塚と会いたくなってきた…ていうか今度は僕からゆうクラ誘いたい……っ)
言うて沼塚に引っ越し終わったら連絡すると言われたばかりなのだから
それまでは我慢するしかない。
それからいつものように据え置き機の電源をつけると無意識のうちにゆうクラを開いていた。
整備や建築に集中していると、嫌なことを忘れられるから好きだ。
冬休みという外に出なくても良い貴重な休み。
有意義に過ごしたいと考えつつも、結局やっていることはいつもの休日と変わらなくて
たまには新しいゲーム探しでもしてみようかな
と一旦ゆうクラを中断し
ショップ画面に移動する。
(なんか気になるゲームとかあるかな……)
と、画面をスクロールさせていくと
「ん?」
とあるゲームに目が止まった。
それは、最近話題沸騰中のぐにゃぐにゃとした動物たちを操作し
相手をフィールド外へ放り投げるというアクションゲーム。
最大4人までのパーティーゲームとして有名なのは知っていたが
概要欄を除くと
どうやら最近1人モードも追加されたらしく
面白そうだし、なにより1人でもプレイ可能なら友達の少ない自分にはもってこいのゲームだと感じた。
「…2099円…か。結構安い。とりあえず、今ショップの方に500円しかないし、2000円のプリペイドカード買ってこようかな」
思い立ったが吉日、ということで
ズボンを脱いで外行きのライトブルーのデニムパンツに着替えると
まあちょっとコンビニに行くだけだし
どうせ上にコートを着たら隠れるし
部屋着でいいか、と思い
上は脱がずにコートを重ねてファスナーを上まで上げた。
最後に足首ぐらいまであるモノトーンの靴下を履くと、僕は部屋の隅のカバン起きから黒のショルダーバッグを手に取った。
確か、以前沼塚と出掛けたときにも持っていったものだったっけ。
その中に財布とスマホを入れて肩にかけると、1階へ降りていく。
リビングでは母さんがソファに座って相も変わらず昭和・平成の刑事ドラマの再放送を見ていて
「ちょっとコンビニ行ってくる」
とだけ言って玄関に歩いて靴を履くと
「いってらー」と遅れて母の声が返ってきて
そのまま玄関を出た。
玄関を開けた瞬間、冷たい空気が肌を刺した。
シンと静まり返った世界は、一面の雪に覆われ、見慣れた景色もどこか幻想的に映る。
だからなんだか気分が上がってしまう。
しかし足元では、踏みしめるたびにキュッキュッと雪が鳴り、吐く息は白く立ち昇ってはすぐに消えていく。
外はやはり寒いけれど、道民から言わせてしまえば慣れたものだ。
コンビニに着くと、早速2000円と表記されたプリペイドカードを1枚手に取ってレジに並ぶ。
時間帯のせいか
前には五人ほど
サラリーマン風貌の男や、土木工事業風貌の男が
弁当やおにぎりを抱えて並んでいた。
そうして待っている間に、せっかくだしなんか買おうかなと頭を悩ませていると
「次のお客さま、こちらにどうぞー」
と僕の番がやってきたので心の中で「あっ」と声を漏らしつつ駆け寄る。
レジに「これお願いします」と言って、プリペイドカードを提示する。
そうして店員が商品を読み込んでいるとき、ふと隣のホットスナックコーナーに目が行った。
(肉まん…外すごい寒かったし…歩きながら食べよっかな)
そう思っていると、店員がちょうど
「2000円のプリペイドカードですね。合計2000円になります。」
と言ってきたので、言うなら今しかないと思い
「あっ、すみません、肉まんもお願いできますか?」と声をかける。
しかし
「…すみません、もう一度お願いできますか?」
と、もう一度笑顔で聞き返されてしまった。
「あ…えっと、その……肉まん、1つお願いします」
多分引き攣った顔になっていたと思うが
人差し指で1つという意思表示をしながらそう言うと、今度は聞こえたようで。
「肉まん1つですね、少々お待ちください」
店員は直ぐに肉まんを1つ、トングで取り出すと包み紙に入れてレジ袋に詰めた。
「合計、2240円になります。」と再び声が掛かり
「d払いで」と言ってスマホを操作してd払いの支払い画面を開くと
それを店員に向かって提示する。
ピッとバーコードを読み取られると
会計が終わり
即座に電源を消してバッグにしまう。
それと同時にプリペイドカードをスマホと同様にバッグにしまって。
そうして店員から渡された紙袋とレシートを受け取ると
僕はちゃんと聞こえてるかも分からない声量でお礼を言って
店員に背を向けるとコンビニの外に出た。
そしてすぐにため息を吐いた。
「はぁ……」
(またやってしまった……)
『すみません、もう一度お願いできますか?』
と聞き返される地獄。
それは陰キャにとって
長年抱えてきたコミュニケーションへの苦手意識を否応なく突きつけられる瞬間だ。
ほんの些細な頼み事さえ、スムーズに伝えることができない自分の不甲斐なさに
深く落ち込む。
相手に手間をかけさせてしまったという
申し訳なさと
また同じことを繰り返してしまうのではないかという不安が
|陰キャ《自分》の心を重くする。
言葉を発することへのハードルが
再び高くそびえ立つように感じられ
コミュニケーションそのものが恐ろしいものに思えてくる。
僕みたいなクソ陰キャの脳内では過去の同様の失敗シーンがフラッシュバック再生されるし
うまく言葉にできなかったあの時
どもってしまったあの瞬間
周囲のわずかな視線が
嘲笑の色を帯びて自分に突き刺さるような錯覚に襲われる。
別に声が小さいからと言って死ぬわけじゃないが
店員さんは毎回僕の声を聞こうと顔を近づけて来るため、それが気まずくて申し訳なくて仕方ない。
これでも一応大きく聞こえやすい声を出そうと頑張っている方なのに
決まって聞き返されてしまうことが多い。
今は、店が混んでいたからってのも
あるんだろうけど
(はあ、陰キャコミュ障発動しすぎてつら……)
なんて思いながらも家路を歩きはじめると
早速肉まんを袋から取り出した。
前方を見る限り周りには人影ひとつ無くて
安堵しマスクを顎まで下げて肉まんを頬張ると
「あつっ」と、思わず声を漏らす。
はふはふと口の中で転がしながら咀嚼して飲み込むと、今度はもう一口かぶりつく。
そうして2口目を飲み込んだとき、肉まんの熱が胃に落ちていく感覚がした。
(あー……なんか、この感じ)
懐かしいな、なんて思いながらも
僕はまた一口頬張るとそのまま家路を歩き続けた。
それから5分ほど歩いて家に着くころには
肉まんを間食し終わっていたので
玄関に入る前に、扉の前で肉まんの蒸気で濡れた包み紙をぐしゃっと丸めて再度袋に入れた。
「ただいまー」と玄関で靴を脱いで
リビングに向かうが、母さんはテレビに夢中らしく返事は無かった。
まあいつものことだ。
そしてそのまま階段を登って自室に入り
扉を閉めると肩にかけていたショルダーバッグを下ろしてテーブルに置く。
ゴミを入れた袋は部屋のテレビ横に設置している黒色の丸型のゴミ箱に投げ入れた。
胡座をかいてテーブルの前に座るなり
バッグからさきほど購入したプリペイドカードを取り出し
掌のひらに握られたプラスチックの板は、まだ冷たさを残していた。
裏面の銀色の部分を爪の先で丁寧に剥がしていく。
現れた数字の羅列を、彼は一瞬だけ見つめた。
再びゲーム機の電源を入れ、慣れた手つきでeショップのアイコンをタップする。
簡素なトップ画面が開くと「残高の追加」を選ぶ
プリペイドカードの絵柄をタッチし
先ほど確認した番号を、逸る気持ちを抑えながら正確に入力していく。
画面の表示が変わると、残高が見慣れた数字に新しい数字が加わっている。
小さく息をつき、彼は購入したいゲームの名前を検索窓に入力した。
すぐに表示されたアイコンをタップし
詳細画面へ
値段を確認し購入ボタンを迷わず押した。
最終確認の画面を一瞥し、指は躊躇なく
「購入を確定する」ボタンを押して
決済が終わると、ホーム画面に戻り
ダウンロードの進捗を示すバーが伸びていくのを、僕はずっと見つめていた。
数十分もすると、ダウンロードも終わり そのゲームを立ち上げると早速プレイを始める。
しかし1人モードの方は流石に4人より難易度が上がっていて、敵に上手く当てることも難しい。
「当たり判定どーなってんの…」
それでもなんとかプレイしていくうちに段々とコツを掴めてきてラスボスまで行くと
「意外と面白いかも……」と夢中になっていた。
そうして気づけば、時刻は12時30分を回っていた。
「お腹すいたし、一旦リビング降りてなんか作ろっかな」
呟くと、ゲームを中断してコントローラーをテーブルに置くと
部屋を出て再び1階へと降りていく。
ずっと座っていてお腹が空いて立ち上がったせいか一気に空腹感が荒波のように押し寄せてきて
ぐうぅっと腹が鳴る。
(とりあえず食器棚の下の棚になんかあるはず
カップ麺まだあったっけ…)
そう思いながらお目当ての棚まで歩を進め
溜め込みすぎて非常食と化しているレトルトカレーやホットケーキミックスなどが収納されている棚を開けて
物色する。
(確かここら辺に…)
「あ、あった」
いつも食べているカップ麺、ごつ盛り塩焼きそばを探し出し手に取ると
そのまま棚を閉じて
テーブルにカップ麺を置いて
蓋を剥がし、中に入っているかやくと添付調味料とスパイスを取り出す。
普通ならかやくを入れるところだけど
僕自身、野菜が苦手で
唯一好きなのなんて玉ねぎとほうれん草ぐらい。
そのせいで、かやくはテーブル端のふりかけなどを収納している箱に入れてしまうことが多い。
まあ、過去に僕がかやくを捨てようとして
『それ捨てるならふりかけんとこ入れといて?焼きそばとかお好み焼き作る時とかに入れちゃうから』
と言われて以来、ずっとこうなのだ。
(うーん…とりあえずポットのお湯使ったらまた母さんに怒られそうだし、自分で沸かすしかないか…)
面倒くさいなと思いながらもヤカンを探すがどこにも見当たらない。
「…冷蔵庫入ってるじゃん…はあ、しゃーない」
仕方なくいつも袋麺を食べるときに使っている鍋で沸かすことに。
キッチンのシンク下の棚から見慣れた鍋を取り出すなり、それにお湯を半分ほどためて
コンロの上に置く。
換気扇をつけると、鍋の蓋を閉めて、火をつける。
そうしてお湯を沸かし始めると
テーブル上の割り箸入れから1つ紙に入った割り箸を取り出した。
父さんがカップ麺や弁当を買ってくると一気に6本ぐらい持って帰ってくることが多いため
こういうとき助かる。
洗い物をする手間が省けるし
すぐに片付けてゲームに戻れるというものだ。
紙を破って、電子レンジと炊飯器の置かれた台の横の紙専用のゴミ箱に割り箸のゴミを放り投げると
まだ封を開けていないスープの上にそれを置いておく。
そうこうしているうちに湯が沸騰したので
鍋の蓋を取って一旦机に置く。
シンク横に焼きそばを持ってくると
鍋の持ち手部分を片手で持ち上げて
半開きのやきそばに慎重にお湯を注いでいく。
再び蓋をして、スパイスと添付調味料を上に乗せて蓋が開かないように固定すると
トースターのタイマーを3まで回す。
それから3分後…
湯切り口の蓋を剥がし、カップを蓋ごと持ち上げて横に向けて、シンクに中のお湯を流す。
湯気と共に香ばしい匂いが僕の鼻腔をくすぐり腹の虫を刺激する。
そうしてほぼほぼ出来上がった焼きそばをテーブルに置いて蓋を全部取り去ると
スパイスと添付調味料を順番に
ほかほかの白っぽいやきそばの上で円を描くように満遍なく垂らすと
塩焼きそばの香ばしい香りが鼻に届く。
(はぁ……ようやく食える)
冷蔵庫から①と飲む順番を示す手書きのメモが貼られた透明な麦茶ポットを取り出して
テーブルに置いて冷蔵庫を閉める。
塩焼きそばだし、確実に喉が渇くということもあり食器棚から
男子高校生が使うにはとても似つかない、居酒屋で出てきそうなジョッキを取り出す。
(大きいコップが欲しいからって理由とノリで買ったんだっけ…)
それに麦茶を入れ、再び冷蔵庫に麦茶ポットをしまって閉める。
焼きそばのゴミを片付けると、やきそばとジョッキを両手に再び2階へと上がっていく。
部屋に入ると即座にテーブル上のコントローラーを床に退かして
焼きそばとジョッキを置いて座る。
そしてスマホを横画面にしてYouTubeを開き
適当に好きなゲーム実況者の最新動画を再生する。
僕は割り箸を割ると、よくかき混ぜてから
両手を合わせながらいただきますと言うと、麺を口に運んだ。
『はいっ、てことで今日は───』
ゲーム実況をおかずに食べる昼飯
大好物である塩焼きそば。
ズゾッという啜る音が静かな部屋に響く。
(あーこれこれ……うますぎる)
麺を啜る音、咀嚼する音。
ゲーム実況者のユーモア溢れるトーク
そんな音を聞きながら食べる焼きそばは最高だ。
塩味のスープが麺によく絡んでいてうますぎる。
しかし、母さんの前でこれを食べていると
『臭すぎ、何食べてんのよ?』
と苦情が入るほどで
この美味しさが伝わらないのも悔しいが、罪の味がするとはこのことだろう。
(あー……もう一個食べたい、絶対いける)
なんて思いながらも腹一杯になって後からきつくなりそうな予感しかしないので
そのまま箸を進めていくと、ものの数分で完食してしまった。
コトンと空になったカップの中に割り箸を入れてそれを持つと
もう片方の手でジョッキを持ち
一階のゴミ箱に捨てに行くため腰を起こした。
そうして階段を降りてキッチンに着くなり
換気扇下のゴミ箱の蓋を開けると
上に割り箸を捨てて
匂いのついているカップをお湯である程度濯ぐと、
手で最小限の小ささに折りたたむようにバキバキと潰し
洗濯機横のレジ袋やポリ袋を入れてある棚から
一つポリ袋を取り出す。
穴が空いていないかを一度風船のように膨らまして確認すると
それに潰したカップを入れて袋を結んで再度
換気扇下のゴミ箱に捨てた。
お湯を沸かしただけだしそのままでいいかと思い、机に置いていた鍋の蓋を再度鍋に被せる。
(そろそろ勉強しようかな、早く終えたら
それだけ冬休みを存分に満喫できるし?)
なんて思い、僕はまた2階に上がるが
部屋に入ってすぐ床に置いたコントローラーに目が行って、それをテーブル上に戻すと
身体が無意識のうちにゲームを再開させていた。
(い、一旦…一旦ゲームの続きやろ。まだ12時だしとりあえず3時ぐらいなったら勉強しよう)
それから2時間後…
気がつくと時刻は2時になっていて
流石にこれ以上はまずいと思い、セーブをしてからゲーム機の電源を切る。
しかしそんなところでスマホの通知が鳴って、自動で電源がつく。
反射的に画面を見るとあなたへのおすすめ、と通知が来ていて、その下には
「【全13話】「僕らの青春が飽和する」
期間限定 一挙無料配信中!【公式アニメ全話】」
と言う文字が太字で表示されていた。
それは正しく、沼塚と話すきっかけになった原作が小説のアニメであり
以前宿泊研修のお土産で沼塚とお揃いでキーホルダーまで購入した
一番推している青春物語だ。
「うわまじか、一挙放送…っ、確かアニメだけは全部見れてなかったはず…!これは見るっきゃない」
僕はすぐに通知バーをタップしてYouTubeに移動し、横画面にしたスマホをテーブルに置いて
再生ボタンを押す。
するとすぐにオープニングが流れ
僕は画面の端々に注目して
食い入るようにアニメを見始めた。
それから数時間後……
(はあー……最高だった)
1話から13話までを無事イッキ見し、余韻に浸る。
ふとスマホで時刻を確認するとアニメ鑑賞に熱中するあまり、気づけば時刻は17時12分になっていた。
「えっ、は、もう7時…?!」
(なに?時間ワープした?さっき2時だったよね?没頭しすぎた??)
驚くと同時に1階から僕の名前を呼ぶ母の声が聞こえてきたので
立ち上がって扉を開けて、今行くー!と返事する。
階段を降りて1階に着くと、リビングには既に夕飯が置かれていて。
湯気が立ち上る鍋から
ふわりと鼻をくすぐる出汁の香り。
鼻腔をくすぐったのはじんわりと温かい
うどんの匂いだった。
それは、疲れた心に染み渡るような
優しくも力強い香り。
父が中央に置かれたうどんの入った鍋を3人分のお椀に順番に注いでいて。
それをそれぞれの席のお盆に置き終わると
母も換気扇を消して席に座るので
僕も慌てて自分の席に座り箸を持つ。
いただきますと言って手を合わせると
目の前では醤油の香ばしさと
煮干しや昆布の奥深い旨味が混ざり合い
ほんのり甘い香りが食欲をそそる。
テレビではバラエティ番組が流れていて
隣に座る父は首をテレビに固定するように釘付けになりながら笑ったり、麺をズルズルと啜っている。
母も「これ前も他の極でやってたやつじゃない?」
と言いつつコップを手に取って麦茶を喉に流し込んでいる。
その間も僕は、さきほど見たアニメの感想を脳内で反芻していた。
(あの展開はやばかった……)
そんなことを思いながら麺を啜る。
すると向かいに座る母さんが口を開いたので、咀嚼しながらそちらを見る。
「ていうか晋、今日もすごい笑い声聞こえてきたけど、まぁたYouTubeばっか見てんでしょー、宿題進んでるんでしょうね??」
う、痛いとこ突くな……。
なんて思いながらも僕は咀嚼し終えた麺を飲み込むと、麦茶で喉を潤してから答える。
「やってはいるから、こう見えてちゃんとやる派だから、てかまだ冬休み初日だし」
やってはいる、とか見栄張って言ってしまったが全く手をつけていない。
やらなきゃと思いつつ
ゲームとアニメに没頭して
なんなら課題をファイルから取り出すことすらしていない。
言い返すと、母からの小言が飛んできて
それに辟易していると、またすぐにテレビを見始めたので、ホッと胸を撫で下ろした。
夕食後、寝る準備を全て済まして部屋に戻ると
テーブルに放置していたスマホを手に取って
ベッドに体を沈ませた。
スマホの電源をつけると、中毒かというぐらいに
すぐにゆうクラのアプリアイコンをタップして
ロード画面に移動する。
そんなとき、ふと沼塚の顔が脳裏に浮かんで
(沼塚…|こっち《札幌》に来るって、夢じゃないんだよね…今頃引越しの準備してるのかな)
なんて、つい考えてしまう。
(って、また沼塚のこと考えてるし…)
そんな思考をかき消すようにゲームを始めると
またすぐに沼塚のことを考えてはプレイに集中出来なくなるというのを繰り返してしまう。
(やめよう沼塚関連やめよう
よくない集中できない)
そうして結局1時間ほどゲームをしたところで
僕はスマホの画面を落として充電器に繋ぐと
布団に潜る。
すると、不意に手が局部にあたり
突起している自分のモノに気がついて
布団をめくって見ると、ズボンの上からでも分かるぐらいに股間が膨らんでいて。
(…え、なんで勃ってんの僕)
なんて思いながらもズボンの隙間から手を入れて
少しだけ固くなった肉棒をパンツ越しに触ってみる。
そうして、ゆっくりと上下に
擦るように手を動かすと
徐々に硬度を増していき
それはすぐに完全に勃起した状態になってしまった。
(……最近してなかったし、仕方ない。抜いてから寝るか)
そんな言い訳をして
充電器に繋いだばかりのスマホを引っこ抜いて
電源をつける。
写真フォルダに移動して沼塚の写真を見つけると
それをオカズに決めて、腰を起こす。
僕はパンツの中に手を突っ込んで直に肉棒を握って扱き始めた。
片手には沼塚と撮った無加工のツーショットがあって、沼塚だけが見えるようにアップにする。
普通なら家庭教師ものとか、アニメキャラとか
クラスメイトにしても
女の子とか想像して抜くのだろうけど
以前なら好きなアニメキャラで抜けていたのに
今は正直、頭に浮かぶのは沼塚しかいない。
また沼塚で抜くとか正直どうかと思うけど、彼氏だし……まあ、いいか。
そう開き直るしかない
てかもう考える前に手動いてるし
今この写真の沼塚はただのクラスメイトの沼塚じゃなくて〝彼氏〟の沼塚だから
もう細かいことはいいや、ってなった。
気づけば、沼塚の手を想像しながら扱いていて
すると
さっきよりも強い刺激に背筋がゾワッと痺れて
勝手に声が漏れそうになった。
咄嗟にスマホから手を離して口元を抑えるが
それでも声は抑えられず
どうにか漏れる声を最小限に抑える。
もう頭も手も止まらない。
それに比例して
咄嗟に離したせいで裏返しになったスマホを表に返して見るというのも面倒で
自分の生み出した妄想の中の沼塚に手コキをされている気分になって
だめだと思いながらも手を止められずに動かしていると
もう止まらない、出そう、そう思った瞬間に
ぶちまけた。
手に白濁液がまとわりつく。
布団を汚さないように咄嗟にベッド脇に置かれたティッシュを何枚か取って
先端に当てると同時にまた勢いよく出した。
ドクドクと脈打ちながら精液はティッシュの中に吐き出されていき
やがてその勢いも弱まっていく。
(冷めた。現実に戻るの、早すぎ。)
一気に冷めた。出した直後の現実って、毎回これ。
ティッシュでとりあえず拭いて、深く考えないように後始末を淡々とする。
真っ暗になっているスマホを見て、再び充電器に繋げて枕元に置く。
ズボンを腰まで上げて、ベッドに身を投げ出すと
すぐに睡魔が襲ってきて
僕はそのまま眠りについてしまった。
朝起きると、だるい体を起こしつつ
まずスマホを手に取って電源をつけて
パスコードを入力する。
すると昨日そのまま電源を切っただけで
ホーム画面に戻すことなく放置していたせいか
オカズ代わりにした沼塚のアップした顔写真が写ったままで
昨晩の出来事を思い出してしまい
瞬時にホーム画面に戻って昨日のことを忘れるように履歴を消した。
それから|4日後《31日》の大晦日の夜───…
僕は特に何もするわけでもなく、家族で
年越し蕎麦を食べ始めると
ふと沼塚に初詣に行くということを母さんにまだ話していなかったことに気付いた。
「あっそうだ、母さん」
「ん?」
声をかけて
|沼塚《友達》に初詣で一緒に行かないかって
誘われてて、昼過ぎに合流したいんだけどいい?
という旨を伝える。
「ちょっと、もっと早く言いなさいよー、明日でしょ?どこで合流するの?」
「えっと、ほら、あの鳥居の前ぐらい」
「でも、その沼塚くん?って、確か余市の子でしょ?どうやって札幌まで来れるのよ、2時間はかかるでしょ」
「あっ、それなんだけど、冬休み中に札幌に引越してくるみたいで。」
「引っ越しってどうして?」
「なんか親の転勤が理由なんだってさ、厚別区に本店があるとかなんとかで」
「だから多分もうこっちに越して来てる頃だと思うよ」
(まだ連絡は無いけど、もう着いてるはず。3日ぐらいって言ってたし)
「あらそうなの?ならいいけど…観光客もいて
混んでるんだから気をつけるのよ?」
「大丈夫だって」
「くれぐれも、あまり遅くならないようにね」
「うん」
特になにも咎められずすんなりと許可がおりたので内心胸を撫で下ろすが
食事中は結局その話に触れることはもうなくて。
蕎麦を食べ終わると
7時20分からの紅白歌合戦が始まると
母さんは換気扇の下で煙草を吸いながらテレビで流れる曲を口ずさんでいて
父さんはお酒を嗜んでいる。
僕はというと、好きな曲が出るということでその場にいた。
大体、大晦日はいつも家族で紅白を見るのが日課だったし。
しかし、そんなとき
1階に降りてくる前にポケットにしまっていたスマホがピコンっと鳴った。
反射的にスマホを取り出して
ロック画面に目をやると
Instagram:「1件の新着メッセージがあります」
という通知が表示されていて
そのバーをタップしてロックを解除し
インスタに移動すると、それは沼塚からのDMだと知る。
【奥村、今日無事に引っ越し終わったよー】
というメッセージが来ていて
僕はテレビを放っぽって、すかさず返信を返す。
【おつかれ】
【奥村もう年越しそば食べた?】
【うん、そっちは?】
【俺もさっき妹と食べたとこ。しかも天然車海老の天ぷら使った豪華絢爛なそばでした✌︎】
【いかにも豪華そうなの食べてない?こっちは普通にスーパーで買った年越しそばだってのに、やっぱ沼塚ん家って金持ちなんだ】
【そんなことないと思うけど】
【去年のお年玉何円】
【え、去年?多分6万ぐらい】
【ほら見たことかボンボンじゃん】
【そんなことないって笑笑】
【奥村だって、1万ぐらいは貰うでしょ】
【まあ、そうだけど。6万って中々ないよ】
【いや多い方だとは思ってるけどさ】
【あ、ごめん奥村、ちょっと風呂入ってくる】
【おk】
そんなやり取りをしていると
「む──…晋ってば!」
「え?」
突然、母さんに呼ばれて僕はスマホから視線を上げると
すぐ真横に母さんの顔があって
「スマホ見るのがテレビ見るのかどっちかになさい」
「あっ、うん」
そう言って母さんは再び煙草を口にくわえると、換気扇の下に戻っていった。
(つい夢中で返してたら忘れてた…)
そんなやり取りをしているうちに 11時57分になり
カウントダウンの時間が近づくにつれてテレビの前の父と母がソワソワし始める。
そして、年越しのカウントダウンが始まると同時に僕はスマホを再び手に取って沼塚にメッセージを送る準備をする。
といっても、あけおめスタンプ送って
今年もよろしくとか、定型文を送るだけだけど。
そんなことを考えているとまたスマホの通知がなって
【あと3分】
と沼塚からDMの続きが来ていて。
なんて打とうか考えてるうちに1分が経過して
「…って、あ!」
残り1分、焦った結果
間違えてあけおめスタンプを送信してしまう。
【奥村、早いってw】
見事なあけおめのフライングだ。
【素でミスった】と慌てて送信すると
テレビから鐘を鳴らす音と共に「新年、あけましておめでとうございまーす!!」という声がして。
それと同時に母さんと父さんがほぼ同時にテレビに向き直ってカウントダウンの終了を惜しむ。
僕はというと、そんな2人を横目にスマホの画面に視線を戻す。
するといつの間にやら、沼塚から
【奥村、あけおめ!】というメッセージと共に
ゆるい蛇のイラストの横に丸っこいフォントで謹賀新年と縦に書かれているスタンプが送られてきていた。
僕もすかさずキーボードの上で指を滑らせ
あけおめ、と送信する。
すぐに既読がついて、沼塚からの返信はまたもやスタンプで。
丸っこいフォントで今年もよろしくお願いいたします¨̮⃝という可愛げのある文章スタンプだ。
それに頬が緩むのを感じつつ沼塚に合わせるように、よろしくお願いいたしますという
手書きフォントの横で糸目のハトがペコペコと頭を下げる、動くスタンプを送信する。
すると、また通知がなって画面上のバナーに目をやると
新谷と久保からも新着のメッセージが届いていて。
新谷からはスタンプであけおめメッセージが来ていたり
久保からは安定のチャラさで
「あけおめことよろ~」とまとめられ過ぎた短文が来ていて、沼塚と同様に返す。
そんなやり取りをしているとすぐにまた通知が来て、見てみるとそれは沼塚からのメッセージで。
さっきので終わったはずだけど、なんだろう。
不思議に思いつつ沼塚とのDMを覗くと
【年明けゆうクラやる?笑】と短文が。
心臓が一気に跳ね上がるように気分が上がって
それを見た僕はすぐさまスマホを持って先に自分の部屋に戻ると
階段を上がりながら片手で【やろやろ、沼塚のワールド行きたい】と送って
部屋に入るなりベッドにダイブしてゆうクラのアプリアイコンをタップする。
すると数分も経たないうちに返信が来て
【おけ、今電話かけて大丈夫そ?】
【おん】
短いやり取りを済ますとすぐに着信がかかって来て、前回同様に通話を繋げながら
ゆうクラをプレイし始めた─────。