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夜も更け、家の中は穏やかな静けさに包まれていた。
家の中は和やかな空気に満ちているものの、兄たちはそろそろ自室に戻ろうと立ち上がる。
すると、みことがそっとすちの裾を引っ張った。
「……すち兄ちゃん、一緒に……」
みことの小さな声にすちは驚きながらも膝を曲げ、みことを抱き寄せる。
同時に、いるまはひまなつの袖を引き、ひまなつも「ん……?」と振り向く。
「一緒に寝てやっても良いけど…」といるまが尋ねると、ひまなつは少し笑って頷いた。
さらにこさめもらんの裾を引っ張る。
「じゃあこさはらん兄ちゃんと寝る!」
らんは困ったように微笑みつつ、「狭いけど、いいよ」と答え、こさめを自室に連れていった。
それぞれの兄の部屋にあるベッド3人はそれぞれの兄たちにぴったりと寄り添った。
みことはすちの胸に顔をうずめ、いるまは裾を握り、ひまなつも手を握る。
こさめはらんの胸に顔を埋め、らんもそっと背中を撫でて安心させる。
兄たちは微笑みながらも、心の中でこの瞬間を大切に刻んだ。
3つ子は安心したように小さく息をつき、布団の中で次第に目を閉じていった。
「ねぇねぇ、今日すっごく楽しかったね!ケーキも美味しかったし、プレゼントも最高~!」
こさめはにこにこと笑いながら、らんに抱きつく。らんは苦笑しながら、こさめの髪を撫でた。
「こさめが喜んでくれて、俺も嬉しいよ。…でも寝る前にそんなに動くと布団から落ちるぞ?」
「え~、らん兄ちゃんが受け止めてくれるでしょ?」
「はは、しょうがないな」
一方で、いるまとひまなつの布団はというと――
いるまがじっと天井を見ているのを感じ取り、ひまなつがふっと微笑んで声をかける。
「なんだよ、眠れないのか?」
「……別に。ただ、なんか、すげぇ不思議だなって」
「不思議?」
「昔は……こうやって人と寝るなんて、想像もしてなかったから」
その言葉にひまなつはそっといるまの頭を撫でた。
「だからこそ、今はちゃんと味わっとけ。お前が笑ってる方が、俺は安心できるからさ」
「……うるせぇ」
顔を背けながらも、いるまの手はひまなつの服の裾をきゅっと掴んで離さなかった。
そして、すちとみこと。
すちはみことを腕枕にして、静かに問いかける。
「みこちゃん、今日は楽しかった?」
みことは少し考え込むように瞬きをしてから、小さな声で「……うん」と返す。
「ケーキも、たくさんのお祝いも……全部、初めてで」
言葉を繋ぎながら、みことの目尻がうるんでいく。
「お母さんに“産まなきゃ良かった”って言われたことばっかり、思い出してたけど……今日は、産まれて良かったって、少し思えた」
その言葉にすちは胸が締めつけられる思いがした。
「……産まれてきてくれてありがとう。みこちゃんがいてくれて、俺は幸せだよ」
そう囁くと、みことはそっとすちの胸に顔をうずめ、涙で小さく震えながらも「……俺も」とだけ答えた。
「来年も、毎年お祝いするからね」
夜は静かに更けていく――けれど、その布団の中には、確かに温かい未来への約束が灯っていた。
薄暗い部屋に寝息が小さく重なる。布団の中、家族それぞれが夢の中を漂っている。だが、同じ夜に、三人はそれぞれ違うかたちの悪夢に囚われていた。
こさめは小さな体をぎゅっと丸め、枕に顔をうずめたまま、震える声で何度も繰り返す。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
寝言は嗚咽に近く、らんはその声で目を覚ました。ゆっくりと目を細めてこさめの寝顔を見下ろすと、無意識に指を伸ばして、こさめの頬の涙をそっと指先ですくった。指先に伝わるしょっぱさに、らんの胸がきゅっとなる。
らんはそっとこさめを抱き寄せる。大きな背中で包み込むように、強く。らんの体温と寝巻の匂いが、こさめの全身を優しく満たす。驚くほど早く、こさめの泣き声は静まり、荒かった呼吸が落ち着いていった。らんは頭を撫でながら、「ここにいるからな」と低く囁き続ける。こさめはやがて穏やかな寝息に戻った。
みことは、夢の中で繰り返される光景に体を震わせていた。幼い頃の痛み、暴力の記憶、浴びせられた言葉の刃が、夢の中で鮮やかに迫る。
みことは息を荒らげ、必死に「やめて、やめて」と寝言を繰り返す。全身を縮め、手で顔を覆うようにして震える。
すちはすぐに目を覚まし、みことの荒い呼吸と、震える体を見て、ためらいなく身を寄せる。腕を回してみことを引き寄せ、そっと額を彼の額に当てる。みことの顔にかかる汗を優しく拭い、頬に軽く口づけして安心を促すように言葉を落とす。
「大丈夫だよ。ここにいる、もう大丈夫だよ」
すちは背中をさすり、同じ言葉を繰り返す。やがてみことの肩の震えが少しずつ収まり、鼻先から湿った息が落ち着いていく。みことはすちの胸に顔を埋めたまま、小さなすすり泣きを漏らし、次第に眠りに還っていった。
いるまの様子もまた不穏だった。夢に引きずられ、呼吸が浅く速くなり、冷や汗が背中を伝う。手足をばたつかせ、怯えの声が寝言として漏れる。
ひまなつはすぐにそれを察知して隣で跳ね起き、いるまの体を抱き留めた。いるまは夢と現の区別がつかず、慌ててひまなつに掴みかかる。力が入った拳に、ひまなつは動じずただ強く抱き返した。逃げられないよう、でも傷つけないように。
「いるま、おまえはここにいる。俺がいるから大丈夫だよ」
ひまなつは落ち着いた声で名前を呼び続け、同じ短い言葉を何度も繰り返す。
いるまははじめ暴れるように「いやだ、いやだ、やめろ」と声を上げていたが、ひまなつの揺るがぬ声に次第に力が抜け、肩の震えが小さくなっていく。
涙が溢れ、やがて嗚咽が震える息に変わり、いるまはひまなつの胸に顔を埋めて「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返した。ひまなつはただ、ゆっくりと撫でて、時間をかけて安心させた。
夜は深く、静けさが戻る。弟たちの呼吸は次第に揃い、家の中には穏やかな寝息だけが残った。
翌朝、布団の中のこさめ、いるま、みことは、まるで何事もなかったかのように目を覚まし、眠そうに欠伸をしたり、髪をかき上げたりしていた。
「……なんか、悪い夢見た気がする」
こさめがぽつりと呟いたが、思い出せないようで首を傾げる。
「俺も……」といるまも額を押さえ、みことも静かに頷く。
ただ、それが過去の確かな記憶に基づく夢であることは、彼ら自身は気づいていない。
兄たちは胸を撫で下ろしながらも、昨夜の光景を思い返して重く心を揺らしていた。弟たちが笑顔を見せることに安堵しつつも、背負ってきた痛みの深さに胸が締め付けられる。
朝食のあと、兄たちは父親のもとへ集まり、昨夜のことを打ち明けた。
「……夜中に魘されてたんだ」
「泣いてて…」
「夢の中で、すごく怯えてた」
父親は静かに目を閉じ、短く息を吐いた。
「……やっぱり、そうか」
少しの沈黙のあと、父は穏やかに語り始めた。
「毎年なんだ。誕生日の夜は、3人とも必ず魘される。小さい頃からずっとだよ。記憶には残らないようだけど……体と心は、あの日の傷をちゃんと覚えてるんだろうな」
兄たちはその言葉に胸を詰まらせた。どうしても消せない痛みが、弟たちの中に根付いていることを痛感する。
父はそんな兄たちに向かい、優しく笑みを浮かべた。
「でも、昨夜そばにいてくれてありがとう。お前たちが支えてくれたおかげで、あの子たちは朝をいつも通りに迎えられたんだ。あの子たちにとって、お前たちの存在は何よりも救いになってるよ」
兄たちは互いに視線を交わし、無言で頷き合う。弟たちが笑えるように──その笑顔を、これからも守っていこうと心に誓いながら。