「すみません……。家族も来てくれる予定だったのですが、インフルエンザにかかってしまったり、予定が合わなかったので断念したのです。出産予定日は明日ですけどまだ産まれないと聞いていましたし、こんなことになるとは思いもよらなくて……」
申し訳なさそうに俺に謝ってくれた。
腹が立ったからといって、俺はなぜ空色を責めてしまったんだ。違うのに。そうじゃない。
「申しわけありません。律さんを責めている訳ではないのです。ただ、私だったらきちんとフォローをするか伴侶の傍にいます。自分の夢も大切ですが、家族以外に大切なものはこの世にありません。いなくなってからでは遅いのです」
旦那に聞かせてやりたい。
傍にいて当たり前だと思っていた家族が、突然いなくなる恐怖を。
そうなれば、彼女を大切にせず蔑ろにしていた自分を一生責め続けて後悔する。
そうなった時の地獄は永遠に続くぞ、ってな。
「とにかく急ぎましょう」
目の前の信号が青になったのを見て、俺はグッとアクセルを踏み込んだ。
新居から十分ほど車を走らせたところにある病院へ到着した。時間外のため裏口に回り、空色に付き添って産科までの道のりを歩いた。
空色は大きく膨らんだ腹をしきりに撫でて不安そうにしている。俺はどう声をかけていいかわからなくて、二人無言で産科の検査室へ急いだ。
「荒井さん、大丈夫ですか」
部屋に入るなり、太めの看護師が声を掛けてくれた。恐らく空色から連絡を受けて待っていてくれたように見える。診察できる準備がすでに整っていた。
「鼓動が聞こえなかったら心配になるよね。少し検査するから横になってくれる? あら。今日はご主人も一緒?」
「えっと……」空色は返答に困っている。
「ご一緒にどうぞ」
成り行きで仕方なく連れ添われ、一緒に診察室の中に入った。
「ご主人はそこに座っていて下さい」
診察室の隅の方に丸椅子を用意してもらったので、そこに腰かけた。緊急事態に『旦那じゃない』と弁明するより検査が優先だから仕方ない。
超音波で子宮内の様子を確かめるのだろう。ここからはよく見えないけれど、看護師が焦っている事が非常に気になった。
看護師は何度も空色に手に持った超音波の機械を当てている。暫くそれが繰り返された。
「荒井さん、別の部屋へ行きましょう」
途端に慌ただしくなった。血相を抱えて看護師は空色を別の診察室へ運んで行った。そこでもう少し詳しい検査をするのだろう。
ここへ一人で放置されても困るので、空色たちが向かった先へ急いだ。とにかく俺は待つしかできない。祈りながらただひたすら、彼女とお腹の子供の無事を祈った。
こんな時はどうしたらいい?
俺みたいな他人にできることなんかなにもない。
ただ、無力だと感じた。
せめて俺が旦那に連絡して、彼女を支えてもらえるようにするのはどうか――
『嘘だぁあぁぁ――――っ!! どうしてっ、詩音がっ…………うわぁあぁあぁ――――っ!!』
悲鳴に近い叫び声が診察室の中から聞こえてきた。
ああ……俺はこの光景を知っている。
その昔。
俺が幼い頃。
俺の母親が取り乱す姿そのものが、今まさにあの部屋の向こうで繰り返される瞬間を見た――