皮肉にもぐっすり眠れた。――夫の浮気相手と、夫と、最愛の娘が食事に出かける異常事態のなか。
憎らしいことに、美冬は風呂まで沸かしており――ありがたく湯に浸かる。とにかく――リフレッシュしたかった。忌まわしい思考を脳内から追い出したかった。率直に言えば、美冬にはいますぐ死んで欲しいと思っている。それは向こうも同じか。
咳は大分治まった。まだ、全身のだるさはあるがそれが風邪のせいなのか、この異常な状況のせいなのか、いまひとつ分からない。とりあえず――横になりたい。
やがて、円たちが帰ってきた。「ただいまー」と弾んだ円の声。おかえりー、とわたしは布団のなかから答える。
た、た、た、と足音が近づき、娘がわたしの顔を覗き込む。「ママだいじょうぶ?」
「うん……」娘を見るといつもその瞳の清らかさに驚かされる。悪意とか――妬み、嫉妬とは無縁のようだ。「もう少し横になってるね」
「ママのかぜがはやくなおりますように」と円はわたしの額に手を乗せ、「わるいのわるいのとんでいけ!」
円の善意に、微笑ましい気持ちになった。そしてわたしは上体を起こし――こちらにやってくる美冬を見据える。と、円が美冬のほうに走り出し、
「みふゆちゃん。しんけいすいじゃくしようよー」
「ええ。いいわよ。でも、お買い物をしてきたからお片付けと、お食事の準備が出来てからね」と、美冬が円の頭を撫でるさまにぞっとした。こいつ――。一方、美冬はわたしに目を向け、「スポーツドリンクを買い足してきましたのでよかったら。――あ。鍋の材料を切って、円ちゃんと遊んだら、わたしは失礼させて頂きますね」
「サンキューな美冬」
リビングのソファに戻り、ゲームをしているふうな夫の声がする。こいつ――なにもかも浮気相手任せなのか。妻の胸中も知らず――呑気にしやがって。
美冬は涼しい顔で台所に入る。我が物顔で――わたしと夫が働いて手に入れたカウンターキッチンで……あの女は、妻気取りか。反吐が出る。そんな女に頼らざるを得ない状況に追い込まれた自分が――ただただ虚しかった。
* * *
夕食は――鍋。風邪を引いているので、わたしが取るときはいちいち豆腐掬いで取り分ける。面倒だ。しかし、からだがあったまる。
美冬はもう帰った。娘はタブレットに夢中。――娘は鶏団子が大好きで、鍋のときは六個くらい食べるのだが――それもあの女は把握しているらしい。きっちりと、円のぶんはわたしがよそった。
美冬の姿は、もうない。けど――あの女の残した余韻が残っている。声が。姿が。――畜生。こんなに美味しい鍋を作りやがって。なんでもだしは手作りだというではないか。畜生。わたしが鍋を作るときはいつも鍋の素を買って、切った材料を放り込むだけの手抜きレシピなんだぞ。畜生。
普段は一番大きいテレビはゲーム画面か動画が映し出されているが、以前わたしが『食事中はニュースを見たい』と要望を伝えたのでニュースを見ている。明日の天気。美味しそうな食事……。テレビはひとを幸せにしてくれる。
少なくともわたしは美冬のおかげで体調がかなりよくなり、こうして美味しい料理にありつけた――のだが。このときのわたしはまだ理解していなかった。あの女の本性を。
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