桃の花
「勇ちゃん、はいっ!」
満面の笑みを湛え、曽野が佐野に差し出したのはピンク色の花を数輪つけた木の枝。
「…え、俺に?」
突然のことに、佐野は目を丸くして曽野の顔と目の前に差し出されている枝とを交互に見つめる。
「あたりまえやーん!他に誰がいんのよ」
「や、でもなんで突然…」
「やって、日付超えたから今日って雛祭りやんか。ひな祭りっていったら3月でピンクでしょ?3月でピンクっていったらやっぱうちのピーチヒップピンク岡崎さんも奉らなあかんやん!」
「…ごめんやけど、言ってる意味1ミリもわからん。」
「あははははっ!」
「こわぁ…なんかお前、サイコパス発揮してね?」
若干嫌な顔をしながらも、佐野は笑い続ける曽野の手から枝を受け取った。
「…でも、綺麗だな。なに、梅?」
「残念!似てるけど桃の花でした!」
「あぁそっか、言われてみれば雛祭りっていったら桃の花か」
「お花をあげましょ桃の花〜♪やもんね」
にこにこしながら歌う曽野に、佐野ははたと思い至る。
「だから桃の花くれんの?」
「うんっ!」
「単純明快やなぁ」
「ま、それもあるんやけど、あとねぇ」
呆れたように笑う佐野を、曽野は少しだけ真面目な顔をしてじっと見つめた。
「…桃の花に、勇ちゃん守ってもらおうと思って」
「なんやねんそれ」
その言葉に不思議そうに首をひねりながらも、佐野は曽野を見て礼を言う。
「でもまぁ、あんがと舜太」
ほんと綺麗だなーと、佐野が桃の花を頭上に掲げて眺める様子を見つつ、曽野もまた、満足げに微笑む。
─────────桃の花は邪気を祓う。
僕ら全員の為に、
時々頑張りすぎて仕舞う貴方。
どうかこの人が、無理をしすぎませんように
菱餅
「さのさんこれ食べてやー」
塩﨑から差し出されたのは、両腕一杯に抱えられたものの中のひとつ。
「なんそれ、ひしもち?」
ひとつずつパック分けされた、ひし形のピンク・白・緑のお餅。
それを受け取り、佐野は半笑いで塩﨑に向かって首を傾げる。
「てか、そんないっぱいどしたん?売って歩く気かよお前」
「え〜?」
塩﨑は大量の菱餅を落とさないようにそっと佐野の座っていた隣の椅子へ座り、テーブルの上に抱えていた菱餅をわしゃっと広げる。
「違うよぉ、今日って0時回ったからもうひな祭りの日やろ?」
「あぁ、まぁな」
「これ、なんかの番組で紹介したんやって。スタッフさんが大量に持ってたから半分くらいもらってん」
「貰ったって、さすがに貰いすぎじゃね」
「ええやーん、ちゃんと食べるからさぁ」
「とか言って絶対食べんやんお前!」
塩﨑の肩をバシリと叩きながら、佐野は犬歯を覗かせて笑う。
「ひとりじゃ食べきられへんから、はやとも手伝ってや、ほら、半分あげるから」
「そんな食えるかよ!」
ぶんぶんと手を振って拒否する佐野に、塩﨑は何故か真顔で詰め寄る。
「はやとは食べなあかん。」
「はぁ?なんでじゃ」
「なんででもっ!そんな残されたらさぁ、菱餅かわいそうやろ」
「おまえ菱餅のなんなん?製造者?」
また塩﨑の肩を叩いて、佐野はしゃーねぇなぁと塩﨑から受け取った菱餅の袋を開けて、ぱくりと食べた。
「おぉ、意外と美味しいかも」
「やろぉ〜?」
もぐもぐと菱餅を頬張る佐野を見て、塩﨑は得意気に頷く。
「太智、先に何個食べたん?」
「えー?まだ食べてへんけど。」
「なんやそれ!」
塩﨑は、ぶはっと吹き出して笑う佐野を見つめたまま、微笑む。
「やって、はやとに一番に食べてもらおー思てたからさぁ」
─────────菱餅は健康祈願。
我慢しすぎて 体調を崩しがちな貴方。
どうかこの人が、ずっと健康でありますように。
雛霰
「さのちー、これ食べる?」
持っていた袋の中から、無造作に手掴みで差し出されたものを見つめ、佐野は首を傾げる。
「…なにそれ?」
「ひなあられ。」
「えらい可愛いもん持ってんな柔太朗」
差し出されたひなあられを手のひらで受け取りながら、佐野は山中に視線を向けた。
「でしょ?今日もう3月3日で雛祭りだから、一旦勇ちゃんに雛祭り感味あわせてあげようと思ってさ」
ドヤ顔でそういう山中の顔をしばらく黙って見た後、佐野は堪えきれなくなったように破顔する。
「…なんかさぁ、さっき舜太と太智も俺に桃の花と菱餅くれたんだけど。お前ら、裏でなんかやってんだろ」
「うわ、バレた?」
「こんだけやられたらさすがに分かるわ」
「ですよね〜」
ふたりして笑い合ったあと、山中は佐野へことの次第を説明した。
「いやなんかさ、最近さのちー忙しかったでしょ?会えるのも久々だったから、仁ちゃんいないけどみんなでなんかしないってなって、たまたま雛祭り近いし、雛祭り関連のモノあげようってなったんだよね」
「…いや、聞いてもよぉ分からんのやけど」
突拍子のない話に呆れて吹き出しながらも、佐野は嬉しそうに頷く。
「でも、俺の為にって考えてくれたのな。なんか、あんがとな」
「いえいえ、どういたしまして。じゃ、まぁとりあえずどうぞ召し上がれ?」
中山に勧められ、佐野は手のひらに乗ったままだったひなあられをぽいっと口に放り込む。
「ん!なんか久々食ったけどうまいわ。ほんとありがと柔太朗。あと、舜太と太智もか」
ぽりぽりとひなあられを咀嚼しながら礼を言う佐野に、山中はううんと首を振る。
「こっちこそ、いつもありがとね 勇ちゃん」
「あ?なんの話?」
「いやー?こっちの話。」
首を傾げる佐野に向かって微笑みながら、山中も抱えた袋の中から雛霰を摘んで、口に放り込む。
─────────雛霰は四季を表す。
春夏秋冬、
自分達のため、これでもかというくらい働き続ける貴方。
どうかこの人の毎日が、出来うる限り、楽しく幸せ溢れるものでありますように
単独の仕事が終わったから、そのまま勇斗の家へと転がり込む。
先に連絡を入れていたので、すでに鍵の開いていた玄関から中へ入り、靴を脱いで、勇斗の待っているであろうリビングの扉を開いた。
「ただい、ま…」
そして扉を開けて真っ先に視界に飛び込んできたのは、勇斗ではなく、テーブルに置かれた品の数々。
花瓶がなかったらしくガラスのコップに活けられた桃の花。
パック分けされた菱餅数十個。
口が開けられ、半分くらい中身の減ったコンビニなんかで売られているパッケージの雛霰。
「……雛祭り感爆発してんじゃん。」
溢れんばかりの雛祭り感におかしさがこみ上げ半笑いになっていれば、勇斗がキッチンからひょっこりと顔を出した。
「あ、おかえりぃ」
俺に気付いた勇斗は、両手になにかのカップを持ちながら笑い掛ける。
「ただいま。てか、どしたんこれ」
「あぁ〜、な。すごいだろコレ」
「うんすごい。一瞬これから女児のパーティでも始まんのかと思ったわ。買ってきたの?」
「いやそんな訳ねぇだろ。なんかさぁ、みんながくれたんだよね」
「みんなァ?メンバーがこれをぉ?」
「おう。桃の花は舜太がくれたし、菱餅は太智だろ?ひなあられは柔太朗で、」
次々と紹介していきながら、最後に勇斗は自分の持っているカップを掲げる。
「あとコレな。これインスタントのハマグリの吸いもんらしくて、帰り際3人から忘れてたっつってコレも押し付けられた。絶対仁人と食えってさ。まじアイツらなんなん?」
押し付けられた、という言い方にしては嬉しそうににこにこと言う勇斗が、少しだけ面白くない。
なに他のやつから貰ったもんテーブルに広げて嬉しそうにしてんだよ。
…まぁ、自分がガキっぽい嫉妬してんのは自覚してる。メンバー相手にだいぶ大人気ない。
け・ど。
やっぱり、面白くないもんは面白くない。
「…あいつら、お前をどうしたいんだよ」
不機嫌さを隠しもせず、唇を尖らせソファにどっかりと腰を下ろすと、それを察したらしく、勇斗はインスタントのカップをテーブルに置き、俺の左隣に腰掛けながら苦笑いする。
「なんですねてんの、仁人?」
「…拗ねてませんけど。」
「すねてんじゃん」
「拗ねてねぇ」
「なにぃ?自分だけ今日ピンの仕事だったから寂しかったんだろ」
「なんでそうなるんだよ」
「まじで分かりやすいよなぁ、仁人って」
「…うるせぇ」
くすくすと笑われて、さらにささくれだった気分になり、隣の勇斗からふぃっと顔を逸らす。
ああもう。図星さされてさらに拗ねるとかほんとガキっぽいな自分。
とかなんとか思っていたら、ふいにずしりと両太腿に重みを感じて。
慌てて見下ろせば、膝枕の格好になった勇斗と視線がかち合う。
「は、」
「俺はさぁ、寂しかったけどなぁ」
「…!」
悪戯っぽい笑みを浮かべた勇斗からさらりとそう告げられ、ささくれていた気分が何処か遠くへ吹き飛ぶ。
「ここんとこ俺もピンの仕事で忙しかったろ?メンバーの顔見んのも久々だったから会えて嬉しかったけど、仁人いなかったじゃん。やっぱさぁ、仁人いんのといないのじゃ違うわけよ」
真っ直ぐにこちらを見つめながら言う勇斗を前に、じわじわと自分の耳が熱くなっていくのが分かる。
「まぁ、今日夜には生放送あっから会えんの分かってたけどさ。仕事じゃなくて、プライベートな時間にお前に会えてよかった。じゃなきゃ、夜まで持たなかったかも」
…いきなり、なに言い出してんだこいつは。
心臓がばくばくと音を立ててうるさい。そんな俺のことなんかお構いなしに、勇斗は続ける。
「やっぱ俺、仁人いねぇとダメなんだよなぁ」
勇斗は俺の膝の上で、照れるでもなく赤くなるでもなく、さも当たり前のことのようにそう言って、犬歯を見せてにっこりと笑った。
「…………………おっまえ、」
なんでだよ、なんでそんなハズいことさらっと言えんだお前は。俺だって、言えるものなら。
「…勇斗、たまに俺に天然って言うけどさぁ、あなたこそガチの天然だよね」
「え〜、んなことなくない?」
俺の顔を見上げながら、勇斗はきょとんと首を傾げる。
そのさまがまたさらに胸に刺さって、俺は思わず頭を抱えた。
…ほんと、いい加減にしてくれ。
じゃないと、俺の心臓がもたねぇよ。
あかりをつけましょ ぼんぼりに。
はるのやよいの このよきひ。
なによりうれしい ひなまつり。
三人官女
「あのふたり、ちゃんと会えたんかなぁ…あと、あげたの食べてくれると思う?」
「食べるやろぉ。オレなんか、佐野さんにひとりじゃ食べきれん量のひしもちおみまいしたし」
「まぁ、あんだけ帰り際ふたりで食べてねって念押ししたんだから大丈夫じゃない?」
「そらそうか。なら、ミッション達成やね!」
「いやぁ、ほんま世話が焼けるふたりやわぁ」
「俺らが勝手に焼いてるだけ感はだいぶあるけどね(笑)」
「でもでも、久しぶりにふたりのプラベの予定合って、しかもそれが雛祭りの日なんてさぁ、せっかくやったら楽しく過ごして欲しいやん!」
「せやんなぁ〜?そろそろ素直になってもらわなかなわんわぁ」
「ほんそれ。じゃ、ひな祭りの感想は今日の生放送リハの時にでも聞いてみよ」
「「さんせーい!」」
─────蛤の吸物は夫婦円満を願う。
付かず離れず想い想われ、寄り添う貴方達。
どうかあの人達が
いつまでもいつまでも、幸せでありますように。
end.
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