この世界には魔法が存在する。最も、大半の人間は行使できずエルフ等の異種族のものだ。だからと言って人間には無縁なのかと言われればそうではない。この世界には魔法を封じ込めた鉱物、通称魔石が存在する。これは中に封じ込められた魔法を行使することで人間も魔法を利用できる優れもの。なぜこんなものがあるのか、諸説あるがそれは重要ではない。使えるか否かが重要なのだ。
南の大国アルカディア帝国は魔石が豊富に産出され、それを元に魔法文明と呼ばれるまでの繁栄を魅せていた。
対する西の大国ロザリア帝国では魔石がほとんど産出されず、魔法文化は根付かず宿敵アルカディア帝国との差を埋めるため科学技術の発展による近代化を推し進めていた。特にライデン社が台頭してからは著しい技術革新を魅せていた。
しかし、いくら希少とは言えロザリア帝国でも魔石が手に入らない訳ではなかった。蛇の道は蛇の言葉が表すように、どこにでも抜け道はあるのだ。売人集団黄昏の蜥蜴もそのひとつである。17人から構成されるこの集団は、得意先の貴族経由で魔石を入手。今回の孤児院襲撃の切り札として用意していた。相手は警備もなく、年寄り一人と子供だけの場所。シェルドハーフェンでのデビューを飾るのには最適かつ簡単な仕事のはずだった。少なくとも、彼等にとっては。
カテリナとシャーリィが孤児院に入って二日後、満月の夜。黄昏の蜥蜴は連絡役のバイヤー1人を残して16人で孤児院襲撃を実行に移す。半分は剣や斧、残る半分は拳銃を装備して密かに孤児院へ忍び寄る。過剰な戦力ではあるが、自分達の存在を誇示するためでもあった。
孤児院の建物まで後50に迫った。相変わらず周囲は静かで、邪魔をするものはない。見通しの良い開けた土地に自分達以外の影は見えない。彼等は、この成功によって得られる利益に想いを巡らせていた。その時。
突如として、二階の窓から銃撃が加えられた。それも単発ではなく連発で。瞬く間に4人がバタバタと薙ぎ倒され、残りの面々は地べたに這いずるしか無かった。まさか武装しているとは思いも寄らない面々は、ただ地べたに伏せてじっとしていることしか出来なかった。
カテリナです。まさか、満月の夜に堂々と乗り込んでくるとは思いませんでした。遮蔽物もない見晴らしの良い開けたこの場所で新月ではなく満月に真正面からとは、なんとも大胆な事です。黄昏の蜥蜴とは途轍もなく遠回しな自殺願望持ちなのでしょうか。だとしたら傍迷惑な連中なので、天に召して差し上げるのが聖職者の務めですかね。
私はマガジンを入れ換えつつ、まるで芋虫のようにじっとしている連中を丹念に掃討していくのでした。簡単すぎると不審に思いながら。
「始まりましたね」
「シスター、大丈夫かな」
ごきげんよう、シャーリィです。私達はシスターの言いつけ通り夜は地下室で過ごしていたのですが、どうやら今夜のようです。先ほど私とルミは密かに地下室を出て最寄りの窓から外を見学しています。地下室から出るなと言われましたが、好奇心には勝てませんでした。子供なので許してください。
外ではまるで芋虫みたいに地面に這いつくばっている男性の集団がチラリと見えました。そこにシスターが容赦なく銃撃を浴びせていますが。あっ、手榴弾でしょうか。爆発して、数人が吹き飛びました。汚い花火です。
「シスター容赦ないですね」
「うん、吹き飛んじゃった」
「ルミは平気なのですか?」
「この街で暮らしてたら、死体とか見飽きるくらい見てるし何ともないよ」
「それを聞けて安心しました」
「それよりさ、戻ろうよ。シスターや院長先生に怒られるし」
「そうしたいのは山々ですが、出来ません。見えませんか?あの時ルミを襲った人が居ないんです」
「えっ?」
そう、あの誘拐犯が見当たらないのが気になっているんです。失敗したから粛清なんて事でもない限り、復讐心に燃えているはず。なのに居ない。これでも夜目には自信がありますから、間違いはない。もし生きていて、参加しているとなれば。
「ルミ、他に出入り口はありませんか?」
「えっと、窓以外だと裏口があるよ。」
「シスターの事ですから、備えているとは思いますが……確認して来ます。それから戻っても遅くはないはず」
「わかった、一緒に行こう」
「ルミは先に戻っていても良いんですよ?危険です」
「危ないのはシャーリィも同じだよ。なら、一緒に行こう。友達でしょ?」
半年前全てを失った私にも、得難い友が出来たようです。有り難いことですね。
「分かりました、何かあったら直ぐに逃げましょう」
私は懐のナイフをそっと握りました。何があっても、今度こそ護れるように。
「シャーリィ、あれを見て」
私達は裏口に近付き、物陰からそっと裏口を見ると男性が1人侵入しているのを見つけました。どうやら、シスターが仕掛けたトラップを潜り抜けたみたいです。案外勘が鋭いのかもしれません。そしてあの顔には見覚えがあります。ルミを誘拐しようとした下手人、私の親友に手を挙げた憎き相手。忘れるはずがありません。
「どうしよう……って、シャーリィ…?何で笑ってるの…?」
私はルミに指摘され、顔に触れます。いつもの無表情ではなく、頬と唇が動き笑顔を浮かべていることに気付けました。この状況を楽しんでいる?確かに気分が高揚しています。
「ルミ、仕返しをするまたとない好機ですよ」
「戦うの…私達子供だよ…?」
「そこに相手の油断が出るはずです。私達はそれを突く。簡単な話です」
「でも…」
ルミは迷います。まあ、無理もありません。これが普通の感覚なのでしょう。自分が異常である自覚はありますがね。
「怖いならばルミは戻って下さい。このままにしておけば、皆を危険に晒してしまいます。シスターの助けは期待出来ませんから」
「……ううん、私も一緒にやる。シャーリィにだけ危ないことはさせられない」
怖いでしょうに、拳を握って強い目を向けてきます。ああ、こんな私には勿体無い親友です。
「わかりました、ではやりましょう」
「何か考えがあるの?」
「簡単です。おーい!」
私は物陰から姿を晒して声をかけます。
「なっ!?てめえはあの時のクソガキ!」
「貴方は子供に負けた立派な男性(笑)ではありませんか。お久し振りです、遺伝子はまだ健在ですか?」
「殺す!てめえのせいで俺は笑い者だ!ふざけやがって!てめえだけは八つ裂きにしてやる!」
煽り耐性が無いようで、顔を真っ赤にして追いかけてきます。まるで追っ掛けっこですね。負けるつもりはありませんが。
「待ちやがれクソガキ!」
「この状況で待てと言われて待つ人が居るのか疑問ですね。思考は正常ですか?」
「殺すっ!」
走りながら私は角を曲がります。そしてそこに置いてあった回転テーブルを掴み急旋回、反動した勢いをそのまま乗せて。
「待てやクソガ…ごっっ!!?」
角を曲がってきた奴の股間に勢いを乗せたまま頭突きをしてやります。頭に柔らかい感覚が。またも、くりーんひっとです。
「うごががっ!!」
悶絶して膝をついたので。
「「せーーのっっ!!!」」
待機していたルミと一緒にダメ出しの飛び蹴りを顔面に叩き込みました。いくら幼い女の子二人とは言え、勢いを乗せたそれは強烈。
「うごぁああっっ!」
仰け反り、仰向けに倒れます。空かさず止めを刺そうとナイフに手を伸ばしますが、やめました。なにせ、目を回していましたから。
「やった…?」
「良いところに当たったみたいです。気絶していますね。ルミ、縄を」
「うん」
予め用意しておいた縄でぐるぐる巻きにしてやります。もちろん固結びです。気分が高揚しています。うん、笑顔ですね。
「またシャーリィが笑ってる」
「気持ちが高ぶるんですよ。他のことでは感じないのに、不思議なものです」
どうやら私の感性は随分とずれているみたいです。
「笑顔って本当は攻撃的なものだって本に書いてたよ」
「ほう、それは知りませんでした」
つまり、私は敵と相対すると笑顔になると。ううむ、女として致命的な気もしますが、まあ今は置いておきます。問題の先送りです。
「静かになったね」
気付けば銃声が止み、静かになっていました。
「なぜそこに居るのですか。地下倉庫に居るよう伝えたはずですが」
振り向くとそこにはシスターが仁王立ちしていました。隣を見るとルミが青ざめています。うん、私も生きた心地がしません。
「違います、シスター。これには深いわけが……ふぎゃっ!」
こうして私の初めての戦いは終わり、シスターに拳骨を頂き涙目になるのでした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!