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「いつかのレセプションパーティーで、君を婚約者と紹介をした時のことを、まだ覚えているだろうか?」
彼からふと尋ねられて、「……はい、覚えていて」と、答えた。
当時はまだ気持ちが固まっていなくて、突然に『婚約者』と発表をされて、驚いてしまったのだけれど……。
「あの時には、君をなんとか振り向かせたい一心で、私も気ばかり急いていて、君の同意も得ないままにそう紹介をしてしまって、悪かったな」
「いいえそんな……。確かにあの場ではびっくりしましたが、今なら、貴仁さんがまっすぐに私を思っていてこその言葉だったと、よくわかりますから」
彼をずっと見てきて、その胸に秘めた熱情を今やまぎれもなく感じていた。
「君の、私への理解は、時に私自身をも超えるな」
電話の向こうで、彼はふっ……と小さく笑って呟くと、
「だがこれで、本当に君と婚約をすることができたんだな」
感慨深げにそう続けた後で、
「……うれしい」
と、低く口に出した。
「私も、うれしくて……」
堪え切れなくなった涙が溢れて、片手で口元を覆うと、くぐもった声で察したのか、
「……泣かせてしまったか?」
彼から、優しくいたわるように問いかけられた。
「……幸せすぎたから」
こぼれる涙に目を瞑り、込み上げる思いを伝えると、
「私も、幸せだ」
彼がきっぱりと揺るぎなく応えてくれて、より涙は止まらなくなった。
「……君が泣いているかと思うと、抱きしめたくなるな」
その声が孕む温かな想いに包まれると、本当に今ここに彼がいて抱かれているようにも感じられた。
「……また会った時に、そうしてくれたら」
今すぐにでも会いたかったけれど、ようやく仕事から解放されたばかりだろう彼には、無理を言いたくはなかった。
「会いに行こうか?」
「えっ、でもお疲れなんじゃ……」
「ああー、やっぱり私に気をつかっていたのか」
口をついた返しで、隠したはずの心情を敏感に気取られてしまう。
「私のことなら、気にしなくていい」
「だけど……ようやくお仕事が終わられたから、電話をしてきてくれたんですよね?」
スマホに表示された時刻をちらりと覗くと、九時近くになろうとしていた。
「……お疲れなのに、わざわざ悪いですから……」
申し訳ない気持ちが先立って、素直に会いたいとは言えないでいる私に、
「ひとつ聞いてもいいだろうか?」
ふと彼が尋ねてきた。
「はい、何でしょう……」
「君は、会いたいと思ってくれているんだろうか、私に」
ストレートな問いかけに、「もちろんです!」と、正直な想いがぽろっと反射的にこぼれた。
「わかった、ならやはり会いに行くから」
「えっ、待ってください! つい答えちゃいましたが、本当に今ではなくても……だって疲れてるのに、貴仁さんは……」
自分の返答で彼に迷惑をかけてしまうことを思うと、おろおろとして声に詰まった。
「いいと言っただろう。それに、君と会えば、疲れなど吹き飛ぶはずだから、私と会ってくれないか」
「あっ……」──彼の言葉が、私の中でごちゃごちゃに絡まっていた気持ちを解きほぐして、たった一つの感情に導く。
「はい、私も会いたいです……」
やっと言うことのできた素直な一言に、
「ああ、今から向かおう」
彼の笑顔が浮かぶ晴れやかな返事が戻ると、私の顔も自然とほころんだ。