テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「涼ちゃーん、お風呂上がったよー…」
涼ちゃんは、いつもぼくより先に寝るから、たいてい先にお風呂を済ませている。でも今日は、“ちょっと疲れちゃったから、元貴、先にお風呂どうぞ”なんて言っていたから、もしかしたら…と予想はしていた。
案の定、お風呂から出ると、涼ちゃんはソファーで横になって、気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てていた。
「ここんとこ忙しいもんね。」
新曲の練習に、ダンスのレッスン。最近はずっと忙しそうだったし、そういえばゆっくり話したり、笑い合ったりする時間も減っていたな…と、ぼくは胸の奥が少しだけ寂しくなるのを感じた。
一緒に暮らしているのに寂しいなんて、ちょっと変かもしれない。
でも、他愛ない話をしたり、ふいに抱きしめ合ったり、キスをしたり——そういう何気ないひとときが、ぼくにとってはすごく大切で、心が落ち着く時間なんだ。
だけど…最近は、その時間が足りなかったから、こんなにも寂しく感じてしまうんだろう。
本当は、明日も朝から仕事がある涼ちゃんを起こして、お風呂に入れてあげなきゃいけないのかもしれないけど……。
ぼくはそっと涼ちゃんの隣、ギリギリ寝転べそうな隙間に身体を滑り込ませて、向かい合うように横になる。そして涼ちゃんの胸に顔をぴったりとくっつけて、そっと目を閉じた。
ドクン、ドクンと規則正しく響く鼓動が心地よくて、あたたかくて、愛おしくて——思わず、ふっと笑みが零れた。
・・・
「…んんぅ、暑っつい。」
ちょっとだけ横になるつもりだったのに、どうやらうっかり眠ってしまっていたらしい。
やけに暑くて目が覚めると、自分のものじゃない体温をすぐそばに感じて、思わず笑みがこぼれた。
元貴が、すぐ目の前でスヤスヤと寝息を立てている。
最近は忙しさに追われて、彼とゆっくり過ごす時間を取れていなかったことを、改めて思い出した。
僕はすぐに、自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうところがある。
きっと、ここのところ、元貴の気持ちに寄り添えていなかったんだろう。
いつもなら、寝ている僕を起こして『お風呂入らないと』って言ってくるはずなのに、今日はこうして、そっと寄り添うようにして眠ってくれている。
もしかしたら、寂しい思いをさせてしまっていたのかもしれない。
元貴の寝顔を見ていると、きっと夢を見ているんだろう、瞼の下で目が小さく動いている。
僕はそっと願いを込めて、元貴のおでこに小さくキスを落とす。
——いい夢、見ていますように。
すると元貴が、少しだけ笑ったような気がした。
『ごめんね』
声に出すと起こしてしまいそうだったから、口パクでそっと謝る。寂しい思いをさせたことを。
それから、元貴がソファから落ちないように、背中に手を回してそっと抱き寄せた。
少し暑いけど、あたたかくて、愛おしい体温。
本当は、お風呂にも入らなきゃいけないし、元貴を起こしてベッドに移動した方がいいってわかってる。
でも——この時間だけは、
どんなことよりも大切に思えたから。
-fin-
コメント
1件