夕飯はBBQを用意してもらっていた。外でご飯を食べるという経験をあまりしてこなかった俺は、その特別感に気分の高揚を隠しきれない。そんな俺の様子を藤澤さんが微笑ましそうにみている。
「僕が友だちとBBQするの久々にやりたかったんだけど」
と、ちょっと照れたように藤澤さんが笑う。
「大森君も喜んでくれてよかった」
少し涼しくなってきた外の風が心地良い。網の上に並べられた野菜や肉の焼ける匂いもそれにのって漂ってきて、空腹を刺激する。ぐぅ、と情けなく鳴ったお腹を慌てておさえると、藤澤さんのお父さんが愉快そうに笑う。
「食べ盛りなんだから当然当然。お肉が焼けるのにはもう少しかな。大森くんはきのこは好きかい?」
特別好きというわけではないが、こくりと頷くと、藤澤さんがどれがいい?と尋ねてくる。おそらく「きのこ」に選択肢があるのは長野県特有なんじゃないか、なんて思う。藤澤さんがおすすめしてくれたエノキのホイル焼きは甘めの味噌で味がつけてあって、かなり気に入り、おかわりまでした。皆してあれもこれもと次々に勧めてくれるので、苦しいくらいお腹いっぱいになってしまった。こんなに食べたのはいつぶりだろうか。元々たくさん食べるほうではなかったし、音楽活動を始めてからは食への興味は失われる一方だった。両親も共働きで、年の離れた兄の帰りは遅く、ひとりで食事をとることも多かったから抜いてしまうこともたびたびあったくらいだ。音楽活動をやめてからも身についた食生活は変わらず、年齢を重ねた分保護者の干渉も減り、わりと好き勝手している。こんな風に賑やかで楽しい食事自体久々かもしれなかった。
腹ごなしに庭で犬たちと遊んだり、藤澤さんが中学生の時から飼っているというインコたちを構ったりしていると、藤澤さんがお風呂を勧めてくれる。東京と比べて標高が高いせいだろうか、昼間はあんなに暑かったのに夜は随分冷える。意外と身体が冷えていたことに、湯船に浸かってみて初めて気付いた。少し熱めのお湯がふわふわと身体を包み込み、力を抜いて浮力に身体を委ねれば疲れがほどけていく。まだ1日目だけど、すげぇ楽しかったな。初めて見るものも食べるものもいろいろあって。藤澤さんの昔の話とかもたくさん聞けたし……本人は恥ずかしがってたけど。
お風呂を済ませ、藤澤さんに声をかけに行くと
「あれっ、大森君メガネだ」
「あ、そうなんです、目が悪くて」
「普段コンタクトなんだ、気づかなかった〜。メガネも似合うね」
視力が悪すぎるが故に、メガネをかけると目が小さく見えてしまうため若干コンプレックスだったのだが、褒められて気恥ずかしくなってしまう。その時、俺はふと藤澤さんの耳元に光るピアスに気づいた。いつもは髪に隠れて見えない耳元が、今は後ろでひとつ結びにしているために両耳ともあらわになっている。よくよくみれば、左の耳たぶにひとつ、右にはふたつとインダストリアルにもあいている。
「ピアスあけてたんですね、初めて気づきました」
「あれ、そっか……たしかにいつもは隠れてるかも」
「へー、かっこいい。俺痛いのダメだからあけてないんすよね。そのグリーンのやつとかよく似合ってます」
俺は藤澤さんの右耳についているそれを指さす。左右にセットでつけているシルバーピアスとは別に右にはもうひとつ青みがかった緑色が目を引くストーンピアスをつけている。小さなもので、余計な装飾がないシンプルなデザインだが、藤澤さんによく似合っている。
「あぁ、これ?人からもらったものなんだ……僕の誕生石になってて」
「誕生石?そういえば藤澤さんって誕生日いつですか?」
「5月19日だよ」
俺は衝撃でぽかん、と口を開ける。5月19日?もうすぐじゃないか!あと2週間程度しかない。慌ててスマホを開いてカレンダーを確認すると、19日は月曜日。月曜なら、これまでにもご飯に行ったり練習室に行ったりとお互いの予定上都合がつけやすい曜日であることが分かっている。ちょうど藤澤さんのサークルの業務もバイトもない曜日であり、俺も4限で終わる日なのだ。運がいい。いや、待てよ。誕生日だしもしかしたら用事が入っているかも。俺は恐る恐る藤澤さんに尋ねる。
「今年の誕生日ってもう予定入ってます?」
藤澤さんはきょとんとしてから、かぶりを振る。よっしゃ。これはもう言ったもん勝ちだ。
「良ければ、誕生日お祝いさせてください。今回のお礼もしたいし、ちょうど月曜だからもともとセッションなりご飯なり行けないかなって聞こうと思ってたんです」
「え~いいの!うれしい!」
もちろん、と藤澤さんは満面の笑みで頷く。
「誕生日を誰かに祝ってもらえるなんて嬉しいなぁ、大森君の誕生日も良ければお祝いさせてね。いつが誕生日なの?」
「俺はまだ全然先です。9月14日なんで」
忘れないようにメモしとこ、と言って藤澤さんがスマホを取り出す。よほど嬉しかったのか肩がリズムをとっているかのように揺れている。良かった。もともと人と関わるのにそこまで積極的ではないのに、藤澤さんのこととなると前のめりになってしまう自分が不思議でもあった。
コメント
6件
雰囲気良きすぎる!ピアス伏線だったりしますかこれ、、
もっくんふわふわしてお互いに褒めてるのがめちゃかわ良い
最高の誕生日になるといいなぁ!