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5月中旬。中間テストが近づき、放課後の図書室は独特の匂いと、少し重苦しい空気に包まれていた。
二口は、目の前の数学のワークを睨みつけながら、シャーペンの芯を何度もカチカチと鳴らす。
「……あー、もう。マジで意味わかんね」
「二口くん、静かに。ここ、図書室だよ?」
対面に座る麗奈が、人差し指を唇に当てて「しー」と嗜める。
眼鏡をかけ、真剣に英単語帳を繰る彼女の姿は、いつにも増して「先輩」らしく見えて。二口はそれがどうにも面白くなくて、わざと行儀悪く机に突っ伏した。
「麗奈さんはいいっすよね、頭良くて。俺なんか、部活の合間にこれやってるだけで褒めてほしいレベルなんすけど」
「頑張ってるのは知ってるよ。新チームの練習メニューも、一人で考えてたでしょう?」
麗奈がさらりと放った言葉に、二口の心臓が不意を突かれた。
(……見てたのかよ、そんなとこまで)
耳の先が熱くなるのを隠すように、二口は顔を背けた。
「……別に。主将なんだから当たり前でしょ」
「ふふ、そういう可愛くないところ、二口くんらしいね」
麗奈はくすくすと笑いながら、自分のノートを二口の方へ滑らせる。そこには、二口が苦戦していた問題の解説が、丁寧な文字で書き込まれていた。
「はい、これ。去年私が使ってた解き方のコツ。……これなら解けるんじゃない?」
差し出されたノートに目を落とすと、ページの隅に小さなサクラのシールが貼ってあった。
彼女が過ごしてきた『1年前』の形跡。
二口はそれを指先でなぞり、ふと、隣に置かれた麗奈の手に自分の手を重ねた。
「……っ、二口くん?」
「……麗奈さん。あんたの1年前、俺が知らねー間に終わってたと思うと、なんか無性に腹立つんすよ」
低い声。図書室の静寂に、二口の本音がぽつりと落ちる。
彼は麗奈の指を絡めるようにして握り、強い視線で彼女を見上げた。
「俺が3年になったとき、あんたはもう大学生なわけでしょ。……今のうちに、俺のこと焼き付けといて。テストの点数より、俺のことだけ考えてればいいから」
生意気な口調とは裏腹に、繋いだ手はわずかに震えている。
麗奈は一瞬だけ呆気に取られたように瞬きをしたが、すぐに優しく指先を握り返した。
「そんなこと言われたら、勉強に集中できないじゃない」
困ったと言いながら、彼女は否定しなかった。
二口は、彼女の余裕をほんの少しだけ削り取れたような気がして、満足げに鼻を鳴らす。
5月の湿った風が、開いた窓から入り込み、二人の教科書をパタパタと揺らした。
カレンダーが捲られるたび、この繋いだ手が離れる日が近づいていることに、二口はまだ気づかないふりをしていた。
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コメント
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にろやっぱかっけぇ!