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ようやくリアムの気配に気づいたトラビスが、素早く振り向く。僕とリアムの間に入ろうとするのを、リアムに気づかれないよう背中に隠した手で合図する。
トラビスは瞬時に悟り、僕とリアムから少し離れて片膝をついた。
リアムが左手を剣の柄に乗せ、右手で顎を触りながら僕を見下ろす。
僕は捕虜らしく身体を震わせた。いや、実際に震えた。リアムは僕を見てなにを思う?僕をどうするの?
「ふーん、珍しくゼノが連れてきた人物か。おまえ、そんな格好をしているが、女か?」
「…いえ、違います」
「へぇ、男か。きれいな顔だな。ところで怪我をして倒れていた我が軍の騎士を助けてくれたと聞いた。礼を言う」
「いえ…」
「しかしなぜ敵の騎士を助けた?」
「僕は…戦が嫌いです。誰も怪我をしてほしくありません」
「ははっ!戦場に来ておいてそんな戯言を言うのか。おまえがもし斬られていたとしても、誰も助けてはくれないのだぞ」
「わかってます。僕が傷ついたとしても、他の誰も傷ついてほしくないのです」
「それはきれいごとだな」
リアムが更に近づいた。そして右手で僕の顎を持ち、少し俯いていた僕の顔を上げる。
息が顔にかかるくらい近くにリアムの顔がある。僕の愛する人。今すぐ抱きついて、唇に触れたい。胸に顔を埋めて、温もりを感じたい。そんな想いが顔に出てしまったのだろうか。
リアムが目を伏せて、キスをしようとした。
「何をしているのですか。それは俺の捕虜です」
厳しい声と共に、僕とリアムの顔の間に薄いパンが挟まれた。
唇に固めのパンが触れて、肩の力が抜ける。だけど胸がドキドキと鳴ってうるさい。本当にキスをされるのかと思った。僕をフィルと知らないリアムだけど、キスしてほしいと願ってしまった。
ゼノが僕の肩を引いて、背中に隠す。
リアムが「おまえなぁ」とゼノを睨むと、パンを取り上げて噛みちぎった。
「あ、俺のパン…」
「うるさい。またもらって来いよ。なんで邪魔した?俺は部下の捕虜と話してはいけないのか?」
「話すだけではなかったじゃないですか。何をしようとしてたんです?たとえ敵国の捕虜だとしても、礼を持った態度で接してもらわなければ困ります」
「なにもしてないだろ」
「キスをしようとしてましたね?」
「…おまえの勘違いだ。本当に男かどうか、近くで確認したかっただけだ。それに」
「なんです?」
「見覚えがある。おいおまえ、俺に向かって馬で突っ込んで来なかったか?」
僕の肩がビクンとはねる。髪を染めてかなり印象が変わったはずなのに、僕のことを覚えている?あ…ダメだ。嬉しい。嬉しくて顔が熱い。
僕はゼノの背中から顔を出した。違うと言おうとして、リアムを見つめた。
「あの…僕は」
「いやっ、いい。詮索して悪かった。まだ先は長いからしっかり食べてよく休めよ」
いきなりリアムが早口でそういうと、口元を押さえてそそくさと戻っていく。
残された僕とゼノは呆然としてリアムの背中を見つめた。
トラビスは地面に拳を突き立てて、何かをブツブツと呟いていた。
「大丈夫ですか?まさかリアム様が興味を持たれるとは…。いや、違いますね、俺が迂闊でした。片や記憶がなく、片や変装をしていても、あなた方は必ず惹かれ合う運命なのかもしれません」
「そう…かな」
「はっ!」と吐き捨てながらトラビスが立って傍に来る。凶悪な顔をしてリアムが去った方角を見ている。
「運命?そんなものはありません。それにフィル様が正体を隠しているとはいえ、あの態度は失礼だっ」
「そう怒るな。リアム様は用心深いお方だ。いつもなら不用心に他人に近づいたりしない。それを警戒心すら持たずにフィル様に近づいて来たということは、惹かれるものを感じているのだろう」
「それは浮気者ということにならないか」
トラビスが今度はゼノを睨む。
「ならない。フィル様に対してだけだ。ところでフィル様」
「なに」
「フィル様が近くにいることで、リアム様の記憶が戻るかもしれません。なるべくフィル様とリアム様がお二人で話ができるよう、俺も協力します」
「ゼノ…ありがとう」
僕はゼノを見上げて礼を言う。
ゼノは優秀でいい人だ。僕とリアムのことも、最初から賛成してくれている。
ゼノがもう一度もらってきたパンを齧りながら、僕は王城で療養中のラズールのことを思った。
ラズールは、僕とリアムのことを反対している。どうしてかはわからないけど、リアムのことを好意的には思っていないようだ。ラズールは僕のことを好きだと言った。家族とは違う意味で。だから僕に愛する人ができることが許せないのだろうか。リアムじゃなかったとしても許せないのだろうか。
僕はラズールを大切な家族だと思っている。だからラズールには認めてほしいんだ…僕とリアムのことを。
「水をどうぞ。喉に詰まりますよ」
いきなりゼノが目の前に水が入ったコップを差し出してきた。
僕は頷いて受け取り水を飲む。水とともにパンを飲み込むと、はあっ…と息を吐いた。
「ありがとう」
「このパンは日持ちさせるために固くしてますからね。気をつけて食べてください」
「うん」
「ぼんやりとなさってますが、疲れましたか?まだ半日移動しなければなりません。ですが俺だけ離脱することも可能です」
僕はコップを両手に持ったままゼノを見つめ、ゼノの遠く後ろにいるリアムを見る。
リアムは大きな木の幹にもたれて腕を組み目を閉じている。
リアムも疲れているのだろう。リアムの疲れた身体を抱きしめてあげたいな。僕もリアムに抱きしめてもらえたら、すぐに元気になるのにな。
「フィル様?」
「大丈夫だよ。少し眠いだけ。それに今以上に怪しまれる行動はしたくないから、皆と一緒に行くよ」
「かしこまりました」
ゼノが目だけを下げて立ち上がる。そして馬を繋いでいる所へ向かう。
トラビスも「失礼を」と目礼をして、ゼノの後を追いかけた。