相変わらず芽衣の行方はつかめないまま時間だけが過ぎて行った。
もちろん、俺がその気になれば芽衣の居場所を見つけることなんて容易いことだ。
それなりの伝手もあるし、携帯の電源が入ったままであれば調べることもできる。
でも、今はそれをするつもりはない。
芽衣のことが気にならないわけではないが、自分の気持ちを整理するのが先だと思う。
「小倉がいなくて平気だって言う割には、ボロボロだな」
秘書であり親友でもある雄平は遠慮なくものを言う。
「すまない」
「謝るくらいなら注意してくれ。仕事にならないなら休んでくれ。小倉がいないと仕事にならないなら探してこようか?」
「だから・・・」
さっきからこうして謝っているじゃないか。
商談相手の社長の名前を間違えるなんて自分でも最低だと思うけれど、やってしまったものは仕方ない。
「ここんところ、ずっと小さなミスの連続だぞ」
「わかってる」
「少し休みをとるか?」
「バカ言え」
そんな余裕がどこにあるんだ。
「これ以上続けば親父さんに呼び出されるぞ」
「心配するな。もう兄さんに呼び出された」
「はあ?」
「今日、朝っぱらから電話があって『話があるから今夜あけておけ』って言われたところだ」
こうなったのも自業自得。兄さんに叱られてくるさ。
***
「お疲れ」
「ああ、お疲れ」
約束の時間に呼び出されたバーに行くと、兄さんは飲み始めていた。
「随分早いんだな」
HIRAISIの副社長となれば忙しくてゆっくり飲みに出る時間もないのかと思っていた。
「お前とは違って、確実でミスのない仕事をしているんでね。予定時間には帰れるさ」
「へえー」
やっぱり、仕事のことで文句を言いたいらしい。
俺のことは親父や兄さんには筒抜けらしいから。
「スランプ気味らしいな?」
「誰が告げ口した?」
「風の噂だ」
フーン。
見え透いた嘘だな。
「そういえば、見合いをしたんだろ?」
「ああ」
「で、どうだったんだ?」
「どうって・・・」
政治家の娘さんで、大学を卒業したばかりの23歳。
芽衣と年齢は変わらないが、おっとりとしたかわいい人だった。
でも、この人と結婚するのかと言われると違う気がした。
「断ったんだろ?」
「ああ」
おかげで親父に怒鳴られたけれど、その気もないのにはっきりしない方が不誠実に思えたからきちんと断った。
断るくらいなら初めから見合いなんてしなければいいのにって、雄平には嫌味を言われたがな。
***
「シンガポールで一緒だった芽衣ちゃんとは会えないままか?」
「兄さん、何で」
そこまで知っているんだ。
「実はそのことで呼び出したんだ」
「そのことって何だよ」
何で芽衣のことで兄さんに呼び出されないといけないんだ。
「芽衣ちゃんが何で姿を消したと思う?」
「知らない」
俺が聞きたい。
「じゃあ、なぜ追いかけない?直接会って確かめようとしない?」
「それは・・・」
逃げ出したのはあいつだ。
いくら好きでも、嫌われた相手に向かって行くことはできない。
「お前は芽衣ちゃんを忘れられるのか?」
「それは・・・」
きっと無理だろうな。
見合いをしてみて気が付いた。
俺は芽衣以外の人を好きにはなれない。
芽衣を好きだって気持ちに理屈はなくて、芽衣じゃないとダメなんだ。
「このままでいいのか?」
「・・・」
「芽衣ちゃんかわいいからすぐに次が見つかるだろうな」
嫌な奴だ。
なんでわざわざ俺にそれを言うんだか。
「お前が迷惑をかけたお詫びに、俺が誰か紹介しようか?」
「ふざけるな」
「何でだよ。俺はシンガポールでの面識もあるし、調べれば連絡先だってわかるぞ」
「だからっ」
つい声が大きくなった。
「そうだ、語学が堪能だからうちの秘書課に」
「いい加減にしろっ」
俺は我慢できずに椅子を倒して立ち上がった。
***
「なんで兄さんが、芽衣にかかわるんだよ。芽衣は俺のだっ」
店の中にいた人たちの視線が一気に集まったと思ったら、
ククク。
兄さんの笑い声が聞こえてきた。
クソッ。
やられた。
「お前の芽衣ちゃんなら、自分でちゃんと捕まえておけ。おまえがそんなに逃げ腰だから芽衣ちゃんは不安になるんだろうが。フラフラするな」
久しぶりに兄さんに一括されて、目が覚めた。
「明日の午後4時。ここで芽衣ちゃんが待っているから、行け」
渡されたメモ。
「何で兄さんが?」
「母さんに頼まれたんだ」
はあぁ?
「母さんが?」
「ああ、今芽衣ちゃんを保護しているのは母さんだ」
嘘だろう。
何でそんなことに・・・
「とにかく話をつけて来い。これがラストチャンスだぞ」
「・・・わかった」
もう、やれることなら何でもやってやる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!