「結葉と出かけんの自体すげぇ久しぶりだしさ、高速乗ってドライブすんのもいいよな?」
生活圏から離れたところまで出向こうと示唆すれば、きっと結葉の不安は薄らぐだろう。
そう思って問い掛けたら、結葉が「いいの?」と想を見上げてきた。
「いいも何も……俺が行きてぇんだって! とりあえずは、一番最初にお前の服買って着替え済ませような? ――制服のままじゃ動きづれぇだろ」
言って、想は隣の市にある大型ショッピングモールに行けば大丈夫かな、と目星をつける。
「想ちゃん、……有難う」
結葉がそんな想の服をギュッとつまむように握ってきて。
想は幼い頃の結葉を彷彿とさせられた。
それと同時。大切な幼なじみをこんなにも萎縮させてしまった御庄偉央のことを心の底から腹立たしく思った想だ。
「行こっか」
想がいそいそと車のキーを手にしたところで、結葉が「あ、でも……」と心配そうな声を出す。
(まだ何かあんのか……?)
そう思って見つめた先、結葉が雪日の入ったトートバッグを手元に引き寄せたのを見て、遠出する前にコイツを先に何とかしてやるべきか、と思い至った。
でないと、きっと結葉はハムスターのことを気にして買い物に集中出来ないだろう。
「結葉、俺、ホームセンター、先に行って来るわ。お前は…………どうしたい?」
もちろん、留守番しててもいいぞ?と軽い感じで想が付け加えると、結葉が雪日と想を交互に見遣って。
ややしてポツンと「お留守番、させてもらってもいい?」と聞いてきた。
想は予想通りの返しに、「もちろん構わねぇよ」と答えながら、結葉にテレビのリモコンを渡す。
「あんまし面白いのやってねぇかも知んねぇけどさ。テレビでも観て待ってて? 超特急で行ってくっから」
ホームセンターまで車で五分とかからない。
衣装ケースとともに、バーベキュー用の網と結束バンドを調達して帰れば、雪日の飼育ケージぐらいはササッと作ってしまえるはずだ。
前に何度か、妹の芹が飼っているハムスターのために作ってやったことがある。
どうすれば快適な飼育ケージが作れるか、ノウハウは心得ている想だ。
***
想がホームセンターから沢山の荷物を抱えて戻ってくると、結葉は雪日の入ったトートバッグを傍らに置いて、隅っこの方で小さくなってうずくまっていた。
想がリビングに入ってきたのに気付くと、ハッとしたように抱えていたひざを開放して「想ちゃん、お帰りなさい」と何でもないみたいに微笑んでくれた。
その健気な姿が堪らなく想の胸を締め付ける。
だが、結葉が一生懸命取り繕っているのに、下手な言葉を掛けて彼女を傷付けたくないと思った想だ。
「おう、ただいま」
特に何も指摘せずに、買ってきた荷物をドサリと床に下ろすと、結葉がソワソワした様子でそれを覗き込んできた。
「帰って来た時に『お帰り』って言われんの、すげぇいいな。――久々すぎてキュンときたわ」
ククッと笑いながら言ったら、結葉が照れ臭そうに想を見上げてきて。
思わずその頭を軽く撫でてやると、「いい子にして待ってたか?」と無意識の行動を誤魔化すみたいに結葉を茶化した想だ。
「もう、想ちゃん! またそうやって私を子供扱いする!」
結葉が昔みたいにぷぅっと頬を膨らませて怒ってくれて、想はこんな調子で少しずつ本来の結葉を取り戻してやれたら、と思わずにはいられない。
***
買ったものもは全部、大きな衣装ケースの中に入れて持ち帰って来た。
衣装ケースに貼られたお買い上げシールを剥がすついでに、販促用に貼られた商品名やサイズなどが書かれた紙も剥がす。
「それ、一番大きいサイズ?」
その衣装ケースを見て結葉がそう問い掛けて来たから「ああ、せっかくだしな」と答えて両サイドのロックを外してフタを開ける。
「……バーベキューの網と結束バンド?」
結葉が中に入ったものを見て小首を傾げるのを横目に、「それ使って飼育ケース仕上げるからな。楽しみにしとけ」とニヤリと笑ってから、「あー、あと……回し車なんかも買ってきたぞ」と、ペットコーナーから探してきた品々をケースから取り出しては床に並べていく。
「餌、回し車、トイレ、トイレ用の砂、巣箱、餌入れ、それと吸水ボトルな……。あー、あとは床材も足り臭ぇから買ってきといたぞ」
床材の入った袋をポンポンと軽く叩きながら「雪日の飼育用品一式、こんなモンで足りるっけ?」と付け足しながら顔を上げたら、結葉の顔が思いのほか近くてドキッとさせられる。
「十分すぎるくらい。……想ちゃん、……本当に有難う」
言って、感激のためかウルッと涙目になった結葉を間近に見てしまって、想は(何故そこで涙腺を緩ませる!)と内心慌てまくりだ。
結葉はすごく整った顔をしているから、瞳を潤ませられたりしたらかなりのパンチ力がある。
幼い頃から見慣れているから少しは免疫があるつもりの想だったけれど、長いこと会っていなかった上にこういう不意打ちはやはりまずかった。
ブワリと身体の中の血が沸騰するような錯覚に襲われた想は、その空気を一新するみたいに
「伊達に芹の兄ちゃんやってねぇかんな。大いに褒めろ」
努めて明るくおちゃらけて見せたら、結葉が「うん、そう……だね」とポロリと涙を落として。
(あー、俺のバカ!)
対応を間違えたことを後悔しまくりの想だ。
きっとこういう時は何も反応せずに淡々と作業を進める、が正解ルートだった気がしたけれど、後の祭り。
泣き虫結葉を前に、(ちっさい頃は俺、コイツが泣いた時、どうしてたっけ?)と頭をフル回転させてみた。
けれどサッパリ対処法が思い出せなくて弱ってしまう。
結果、ここは結葉の涙には気付かないふりで行こう、と今更ながらスルー作戦を敢行することにした想だ。
「カッターナイフとか取ってくるな」
言って立ち上がると、想は結葉のそばをさり気なく離れる。
どうか戻ってきた時には結葉の涙が乾いていますように、と祈りながら。
コメント
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想ちゃん、優しいね。