「想ちゃんが作業するの、見てていい?」
興味津々といった調子で結葉が作業を開始した想のそばに寄ってくる。
「もちろん構わねぇよ」
言って、「ただ余り近付くなよ? 破片とか飛んで危ねぇかも知んねぇから」と付け加えたら、結葉が素直にコクッとうなずくのが見えた。
衣装ケースのフタを、ちょうどバーベキューの網が被さるぐらい四角く切り抜いて、空いた空間に結束バンドで網を固定して塞ぐ。
本体側四辺の壁にも、通気のための穴を無数にくって風通しを良くしてやって。
それとは別に、雪日がほんの少し伸びをしたら届くくらいの位置に給水ボトルのノズルが通る穴を開けて、外側からボトルを引っ掛けられるように細工をした。
買ってきた回し車は、倒れたりしないようブックスタンドを利用してそこに取り付けたら、「うそっ。これ、そんな使い方が出来るの⁉︎」と結葉が小さく感嘆の声を上げた。
結葉が驚くのも無理はない。
想は手持ちのブックスタンドに、穴開けドリルで回し車が固定できる穴を開けて、ケースの中に設置したのだから。
「すごーい。想ちゃん、すっごく器用!」
まぁここまで洗練した形になるまでには、芹が飼っているハムスター達に大分協力してもらったわけだが、想は結葉の賞賛を素直に受け取っておく。
「喜んで頂けて光栄です、姫」
いつもとは口調を変えて恭しく頭を下げておどけて見せたら、結葉が「何それ」と笑ってくれた。
想は、結葉にはやっぱり笑顔が似合うなと嬉しくなって。
こいつのためならば、俺はいくらでも道化になれる、と思った。
***
「想ちゃんのお陰で雪日も窮屈な思いしなくてすみそう。本当にありがとうね」
車の中。
まだ助手席に座るのは怖いと怯えた結葉を、アパートへ来たとき同様後部シートに座らせて、想は最寄りのインターチェンジを目指した。
そこから運転する想に礼を言って、思い出したように「今日のレシート、後でちゃんと渡してね」とお願いしてくる結葉に、想は「あ、すまん。ついいつもの癖でレシートは要りませんって言っちまったわ」と返す。
実際には仕事で買い物することも多いし、領収はちゃんと持ち帰る習慣のある想だ。
今日も、いつも通りレシートを一旦は受け取っていたけれど、結葉がそんなことを言い出すことを想定して敢えて店で処分して来た。
「えっ。……じゃあ、あの……大体の金額だけでもいいから後で教えて。――ね?」
結葉が眉根を寄せるのをルームミラーでチラリと確認して、想は「おう」と、小さく聞こえるか聞こえないかの声音で答える。
頑なに拒否すれば結葉は逆に気にするだろうから、まぁこの辺は適当に流しておくのが妥当だろう、と思いながら。
***
「想ちゃん。そう言えばどこに向かってるの?」
ややして窓外を眺めていた結葉がそう聞いてきて。
想は目的地のショッピングモールの名を告げた。
そこには映画館も入っていて、結葉が結婚する前は妹の芹も交えて、よく三人で映画を観に行ったりしていた。
「わ〜、懐かしいっ。あそこ、まだ映画館、あるのかな?」
ソワソワと声を弾ませる結葉に、(あんなに映画観るの好きだったのに最近行ってねぇのかな?)とふと思った想だ。
数年前、そこのショッピングモールの映画館にも、とうとう体感型映画上映システム【4DX3D劇場】ができた。
想も、芹にせがまれて何度か連れて行ったことがあるが、モーションシートが映画のシーンに合わせて前後上下左右に揺れたり、嵐のシーンなどでは水が吹き付けてきたり、光やスモークに加えて匂いまで漂うという凝り様だったのを覚えている。
もちろん、視覚的には3Dなので、要所要所でスクリーンから物が飛び出してきてかなりの臨場感だった。
言うなれば遊園地の体験型アトラクションと言った感じで。
結葉はあれを知らないのだろうか。
「結葉、最近映画観に行ってねぇの?」
ふとそんなことを思って何気なく問いかけたら、結葉が一瞬寂しそうな顔をして。
「あ、あのっ。主人が……あまり映画を観ない人だったから」
言って、寂しそうに俯いてしまった。
それを見て、今の質問は失言だったと悟った想だ。
だからと言ってここで謝ったら余計に場の空気を悪くしそうだと思って。
「だったらさ、いま何やってるか分かんねぇけど、時間合いそうだったら何か観て帰んねぇ?」
何でもない風を装って言ったら「いいの?」と恐る恐る結葉が返してくる。
「俺も最近映画観てねぇし……。せっかくだからさ、体感型シアターで上映されてんの観ようぜ? あれ、遊園地みてぇで楽しいんだわ」
あくまでも想自身が観たいのだと強調するように言ったら、やっと結葉が肩の力を抜いてくれて。
「それ、噂には聞いたことあるの。最近は何かすごい劇場があるって」
とワクワクした素振りを見せてくれた。
「次のサービスエリアで、上映時間とか色々調べてみっか」
何でもない風を装ってつぶやいたら、「うんっ!」と結葉が声を弾ませる。
その様子をミラー越しにチラリと見て、もし今日タイミングが合わなかったとしても、近いうちに必ず連れて行ってやろう、と心に誓った想だった。
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