テラーノベル
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※実在する人物、団体とは一切関係がありません。本作品はフィクションです。
こんな作品を書けてしまうくらいには、私は元気です。
皆様のお心が一日もはやく回復されますよう、心よりお祈りいたしております。
白基調の広々とした部屋は、そこまで見慣れておらず未だ新鮮さを感じる。どこからか漂う香りは上品で華々しく、男の表面上のキャラクター性がそれだけで分かる。インテリアにもこだわっているようで、どれも洒落たものばかりだ。
いつも廊下にはファッション通販で購入したらしい段ボール箱が山積みになっていたのに、今はそれらが綺麗さっぱり片付いている。珍しいことと言えばそれだけじゃない。花瓶に飾られた花たちも、薔薇ばかりではなくなっている。それにリビングにはお洒落な水槽が置かれていて、キラキラした小さな魚たちが健やかに泳いでいた。なんだっけ、あれ……あ、そうだネオンテトラだ。でも、こんな、なんで。 いつもと違うそれらが、俺が知っているはずの男を曖昧にして、少し怖くなった。
あぁ、もしかして亀梨くんの趣味?いや、流石にそこまで心酔しては……いるか。全然あり得る。
綺麗に皿に盛り付けられたパスタを口に運びながら、俺は真向かいに座っている男の姿をちらりと見た。「話がある」と言われて久々に自宅に誘われたものの、男は銀色に光るフォークの先をじっと見つめたまま口を閉ざしている。そんなに言いにくいことなのかと思考を巡らせながら、俺は口内に広がる美味しさを噛み締めていた。沈黙だって、今更気まずく感じることなんて無かった。もう、何十年も一緒にいるのだから。
突然、静まり返った部屋に電子音が鳴り響いた。普段から落ち着いていて、すこしぼんやりとしている男はそんな些細なことには驚かないはずなのに、ビクリと肩を震わせた。異様な光景に、思わずフォークを動かす手が止まる。「話」というのが、雑談や他愛もない話ではないことは流石に俺でも簡単に察せた。
沈黙を割いた音は電話の着信音だったようで、スマホを持って部屋を出ていく男の背中を俺はぼんやりと見つめた。わざわざ出ていかなくてもいいのに。そんなことを思ったものの、俺達はもう十分なほどに大人になっていて互いに仕事があるのだと再認識した。あの頃のように、親や友達から電話が来るのとは訳が違うと。
男が電話をしている間に、皿の中は空になった。中々帰ってこない男のことが気になりつつも、俺は暇つぶしするように意味もなくSNSを開いた。この映画面白そうだなとか、こういう企画もいいなとか、仕事と趣味を行き来するように考え耽っているとリビングの扉がガチャリと開かれた。
「ごめん、ちょっと電話で」
「パスタ、ごちそうさま。電話って、仕事?」
「あ、いや、仕事じゃなくて。……そのことなんだけどさ」
ゆっくりと再び向かいの席に腰を下ろした男の顔は柄にもなくどこか浮かれていて、なんだか幸せそうで、俺は目を合わせられなかった。知ってる。こいつがこんな顔をするときはいつも、そうだったから。
「実は俺さ、お付き合いしてる人がいるんだ」
あぁ、そうか。そうですか。へぇ。いいじゃん。どんな人?…………クソ。
動揺がバレないように逸らした瞳はありえないほどに揺らいでいる。奥歯が震えてカチカチと微かに音がなる。愛想笑いを浮かべようとしたものの、心の中に迫りくる激情はそれを歪めていった。
「……やっぱり、怒るよね。ごめん」
俺の苦悶に満ちた表情を怒りだと捉えた男は、自身を苛むように目を細めてそっと俯いた。いや、違うよ涼太、俺は怒ってない。だからそんな顔すんなよ。いや、怒ってるかもしれない。だって、だって涼太の隣にずっといたのは……。
じんわりと黒く染まっていった感情はやがてぐちゃぐちゃになって、自分でも何を考えているのか分からなくなってしまった。暴れだしそうになる衝動を必死に抑え込むように握り締めた手のひらに爪が食い込んで痛みを生む。けれど、そんなのどうでもよかった。
何かを話している宮舘の落ち着いた声が、頭にぼんやりと響いた。それは水中から聴こえてくる音のように酷く反響していて上手く聞き取れない。それに対して俺は微塵も驚きやしなかった。数十年前から、ずっとそうだったから。俺は涼太に、深く深く沈められている。
「……翔太?」
「あ、うん。あの、ごめん、俺、そろそろ帰るわ」
置いていた自分の鞄をひったくるように掴み取って俺は玄関へと大股で歩いていった。そんな俺に驚いたようにカトラリーと皿がぶつかる音がして、直ぐにパッと腕を捕まれた。腕に触れられた手のひらが熱い。どっかの女に高ぶらせた体温なんて、感じたくなかった。
そいつ、涼太のこと何も分かってないよ。そんなこと言っても、俺が捨てられるだけなんだろうな。
「っ待って、翔太」
「なに」
「怒るのは分かる。グループのこんな時期に恋愛するのもどうかと思ってる。それに、アイドルなのに」
「……なにが言いたいの」
驚いたように見開かれた涼太の瞳は大げさなほどに震えていた。自分でもびっくりするほど、その声色は冷たく鋭かった。
部屋に置かれた花瓶も水槽も全て割れてしまいそうなほどジリジリと張り詰めた沈黙が漂う。男の体温がどんどん冷めていって、握られていた力も頼りないほどに弱々しくなった。足元を見つめている宮舘の姿はどこか小さく見えて、恋愛はこうまで人を変えてしまうのかと気持ち悪くなった。涼太は歪められてしまったんだ。涼太のことを全っっ然知らないような、どうでもいいような女に。
少し力を入れただけで、その手は簡単に振りほどけた。俺達の関係も、こんなもんなのかな。唾を飲んで喉が鳴る微かな音すら拾えてしまうほどの静けさに、居た堪れなくなって俺は再び玄関へ足を向けた。涼太は、追いかけたこなかった。
目頭が熱い。鼻の奥が痛い。吐き出す息は震えていて、視界は徐々にぼやけていく。靴をつっかけたまま逃げるように外へ出ると、意味もなく怒ったような足音を鳴らしてエレベーターホールへと向かった。幸い、到着したエレベーターには誰も乗っていなかった。
天から降り注ぐ陽の光は季節外れの暖かさをしていて、先程の涼太の手のひらの体温を思い出して胸がぎゅっと締め付けられた。残酷なほど青い空が俺の目を刺す。柔らかな向い風に、浮かんでいた涙をそっと拭われた。このまま感情も全部連れ去ってくれればいいのに。
◇
大通りに出てタクシーを拾い、俺は自宅の住所を告げて車窓の外をぼんやりと眺めた。家を出る直前の、涼太の酷く傷付いた顔がふと思い浮かぶ。あの顔はきっと、涼太の彼女は見たことないだろうな。
別に、俺は涼太のことが好きなわけじゃない。人としては好きだし、尊敬している。それに妙に艶っぽい色気を感じたりはするけれど、恋愛的な感情は微塵も抱いていない。
それでも、あいつが誰かのものになるのがいつも許せない。昔からずっと。中高生の頃から涼太はそれなりにモテてたし、恋愛も人並みにしていた。そうして涼太に彼女ができる度に、俺は靄がかった黒い感情に呑まれた。その時、俺にも彼女がいた。それなのに、涼太の傍に俺じゃない誰かがいるのが許せなかった。そんな、自分勝手でひとりよがりな独占欲が抑えきれなくて、一度、過ちを犯したことがある。
中学生の頃、涼太の彼女だった女の子を口説いて、奪った。今思えばというか、当時でもそんな行いが正しくないことくらい流石に分かっていた。分かっていた上で、やった。別にその子のことは好きじゃなかったし、最低だけれど正直興味もなかった。涼太の隣にいるのが俺であれば、その他のことなんてどうでもよかったから。涼太は怒らなかった。俺が口説いたことを知っているのか、いないのか、分からなかったけれど。結局その子の相手をするのも面倒になって、一ヶ月も経たずに別れた。もちろん、泣かれた。けれど、申し訳なくは思ってもそれ以外に心に響くものはなかった。そんな自分が、少し怖かった。
「お客さん、着きましたよ」
「ぇ、あ、すみません」
慌てて窓の外を見ると、見慣れたマンションのエントランスに到着していた。支払いを済ませて車から降りた。先程よりも冷たい風に出迎えられて、俺は足早にエントランスへと向かった。
スマホで曜日を時刻を確認をする。ついでに、メッセージが来ていないかも確認したものの、涼太からは一通も送られてきていなかった。心が少し萎れる。
到着したエレベーターに乗り込むと自宅とは違う階のボタンを押した。電子表示された数字が上がっていく度に気持ちが冷めていく。
毎週水曜日、午後九時。その部屋の鍵は開いている。彼女はそこで、来るかも分からない俺を待っている。触れたドアノブが冷たくて、途端に煩わしかったはずの男の体温が恋しくなった。
俺は玄関に立ち尽くしたまま「ただいま」とだけ言葉をこぼした。するとスリッパの足音が徐々に近づいてくる。綺麗めのニットにタイトなパンツ。女優さんのようなスタイルの良さをしているのは、俺の……なんなんだろう。
「翔太くん、おかえりなさい。来てくれて嬉しい」
「今日はオフだったからさ」
靴を脱ぐ素振りすらも見せない俺に、彼女は小さく首を傾げた。普段なら微笑むなりしたかも知れないけれど、今はもう、そんなことをする余裕すらなくなっていた。今の俺にとっては、涼太が全てだから。
「翔太くん?どうしたの?」
「……別れよ」
きっぱりと分かりやすい言葉でそう伝えると、彼女は一瞬目を見開いて驚いた。そりゃあそうだ。関係に亀裂が走るような空気感は微塵も存在していなくて、場違いに思えるその言葉はあまりにも突然過ぎたから。
彼女は少しの冷静さを取り戻してから俺に問いかけた。その冷静さが必死に取り繕ったものだとはすぐに分かった。今までに聞いたことがないほど、その声が震えていたから。
「どうして?」
「他に好きな人が出来た」
「それは、急すぎない?」
「……一目惚れだった」
本当は違うけど、こう伝えるのが一番いいと思った。宮舘の顔は全く見れなかったのに、俺は真っ直ぐ彼女を見つめることが出来た。落ち着きすぎている俺の表情が気に入らなかったのか、彼女は「ごめん」と小さな声で謝ってから俺の左頬を思い切りぶっ叩いた。じんわりと熱くなっていく肌がじりじりと痛む。けれどこれは間違いなく、俺が犯した罪の罰だ。
彼女は呆れたような薄い笑みを浮かべながら「……最低ね」と呟いた。
あぁ、そうだ。最低だなんて、とっくに分かってる。それでも、涼太の隣は俺じゃなくちゃいけないんだ。
コメント
7件
わーお...もうそれは好きなんじゃないのしょっぴい😭 一概にクズと言い切れない人間らしさがめちゃめちゃ好きです😻 続き楽しみです~💖🎶

桔梗さん、元気なのですね? いろいろあるでしょうが元気が1番 ……このお話、①ということは ②に繋がります?🫠

舘様の隣は、しょっぴーが一番お似合いだよ😭😭😭😭😭💙❤️