龍之介がユイから強烈なサーブを顔面に受けた、その数日後――。
「うふふ。わたくしの鉄壁の守備を突破できるでしょうか?」
「くっ……! やっぱりユイ先輩は手強いです……!!」
桃色青春高校の第一体育館では、今日もバレーボール部の練習が行なわれている。
ユイは、バレー部のエースだ。
彼女が練習を引っ張ることで、部全体が活気に満ちているように見える。
「ふーむ……。やはりユイの動きは素晴らしいな……」
龍之介が呟く。
彼は、あの日からユイに執心している。
野球部の練習を一通り終えた後は、彼女をスカウトするべくずっと偵察しているのだ。
「特筆するべきは、あのサーブか……。間違いなく肩の筋肉が発達している。ボールを受け止める能力も素晴らしい。加えて、一見すると貧乳にも見えるあの胸部も実は……。うん、ユイは文句なしだ」
龍之介は満足気に頷く。
すると、そんな彼の背後から1人の女子生徒が現れた。
「あっ! 今日も来ているわね! この覗き魔!!」
「ユイ先輩のストーカーめ! 来るなって言っているでしょう!!」
ユイのチームメイトである女子生徒が叫ぶ。
彼女たちから龍之介への心証はあまり良くないようだ。
「おいおい、人聞きの悪いことを言うな。俺は別に覗きをしたわけじゃない」
「ふ、ふん! そんな言い逃れをしても無駄なんだから!!」
「そうよ! 早く、私たちのユイ先輩を諦めなさい!!」
女子生徒が龍之介の腕を引っ張る。
しかし、彼は腐っても中学時代の野球大会の覇者。
簡単に引きずられたりはしない。
「こら! あなたたち、何をしているのかしら!?」
と、そこにユイの怒声が飛ぶ。
彼女はチームメイトを押し退けると、龍之介にずんずんと歩み寄った。
「またあなたですの? ずいぶんと諦めが悪いようですわね。わたくし、あなたに興味はありませんの」
「いいや、君は俺のことを好きになるはずだ。俺と一緒に甲子園を目指そうぜ!」
龍之介はユイに向かって右手を差し出す。
しかし、彼女はそれを払い除けた。
「はぁ……。まったく懲りない人ですわね。お断りと言っているでしょう?」
「ユイ先輩の言う通りよ! いい加減にしないと、本当に通報するわよ!?」
ユイのチームメイトが龍之介を睨みつける。
そんな彼女たちに向かって、ユイは笑顔を向けた。
「みなさん、安心してくださいまし。この人の相手をするのはわたくしだけで十分ですわ」
「先輩……」
「この人の相手をするですって……?」
ユイの言葉に、チームメイトたちが言葉を失う。
一方の龍之介は、目を輝かせていた。
「お……おお! さすがはユイだぜ!! 俺の期待通りに動いてくれるな!!!」
「勘違いしないでくださいな。わたくしは、あなたの心を完膚なきまでにへし折る策を思いついただけですわ」
ユイが龍之介を睨みつける。
彼女の背後には、静かながらも鬼神の如きオーラが漂っていた。
「策……だと……? いったい何をする気だ?」
「ふふ……それはですわね……」
ユイは微笑むと、右手の人差し指を龍之介に突きつける。
そして――
「わたくしと、バレーボールで一騎打ちをしなさい!!」
そう言い放った。
「バレーボールで……一騎打ちだと!?」
ユイの宣言に、龍之介は顔を強張らせる。
そんな彼に対して、彼女は不敵に笑った。
「ええ、そうですわ! 1対1の変則バレーで10点先取です。あなたがわたくしに勝てたら、野球部の臨時メンバーになるのを考えてさしあげますわ」
「な、なんだと!?」
ユイからの突然の提案に、龍之介は動揺した。
そんな彼に畳みかけるように、ユイが続ける。
「あら? お嫌でしたら別に構いませんわよ? それならそれで、二度とわたくしの視界に入らないでくださいな」
「嫌とは言っていない! いいぜ! その勝負、受けて立つ!!」
「うふふ……。あなたの威勢の良さだけは認めて差し上げますわ」
ユイが不敵な笑みを浮かべる。
そして、少々の準備の後、さっそく彼女のバレーボールによる勝負が始まった。
「来い! ユイ!!」
「ええ! 全力で叩き潰してあげますわ!!」
ユイは強烈なサーブを放った。
その速度はかなり速い。
だが――
「へへっ! さすがに、何度も顔面に受けてたまるかよ!!」
龍之介は見事にボールを弾き返した。
彼は既に2度も強烈なサーブを顔面に受けているが、あれは不意打ちの要素も大きかった。
万全の態勢でコートに立っている状況なら、サーブを返すことは可能である。
「まだですわっ!!」
「は、速――へぶっ!?」
龍之介が返した甘いボールに、ユイが強烈なスパイクを叩き込む。
そのボールは、やはりと言うべきか龍之介の顔面に吸い込まれていった。
「うふふ……。バレーボール部の練習を邪魔したのが運の尽きでしたわね。野球部員や恋人役は、他の部やクラスの方たちを当たってくださいまし」
ユイが冷たい視線で龍之介を見下ろす。
そんな彼女を、龍之介は鼻から流れる血を拭いながら見上げた。
「はぁ……はぁ……。ま、まだだ……! まだ俺はやられていないぞ……!!」
「この1球で実力の差が分からなかったのですか? 諦めの悪い殿方は嫌われますわよ?」
ユイが冷たい視線を向けてくる。
そんな彼女の態度に、龍之介はニヤリと笑った。
「ふ……ふふ……。諦めないのが俺のポリシーでな。諦めの悪さなら、俺は誰にも負けない自信があるぜ」
「……いいでしょう。では、何度でも顔面に打ち込んで差し上げます! 顔が変形しても後悔なさらないことですね!!」
ユイがボールを構える。
こうして、2人の一騎打ちは続いていくのだった。
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