テラーノベル
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ゆうき あきや
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第29話:ヌルヌル動く世界と、失われた言い訳
ピンポーン、と。
四畳半のボロアパートに、宅配便の涼やかなチャイムが鳴り響いた。
「……来た。ついに、来やがった」
玄関のドアを開けると、そこには配達員のお兄さんが台車に乗せて運んできた、とてつもなく巨大なダンボール箱が鎮座していた。
受け取りのサインをする俺の手は、武者震いなのか、それとも口座から三十万円が消え去ったトラウマのせいなのか、小刻みに震えていた。
「よっこら、しょっと……! 重っ! なんだこれ、中に鉛でも詰まってんのか!?」
汗だくになりながら部屋に運び込み、俺は早速スマホのカメラを回して『新PC開封・設定枠』の配信を開始した。
平日だというのに、待機していた二万人のリスナーたちが一斉にコメント欄を駆け抜ける。
『お、ついに三十万の箱が届いたか!』
『開封の儀キター!』
『おっさん、ダンボール開ける手が震えてて草』
『これが経費の力か……』
「お前ら、見ろ! これが俺の血と汗と涙の結晶……そして、来年の税金を減らすための最強の盾、『経費』の塊だ!!」
俺はカッターナイフを手に取り、厳かにダンボールのテープを切った。
中から現れたのは、強化ガラスのサイドパネルを備えた、黒光りするタワー型のゲーミングPCである。
三万円のゲーミングチェアの隣に、正真正銘の三十万円オーバーのPCを設置する。
「よし、電源を入れるぞ。お前ら、刮目しろ!」
俺が本体の電源ボタンを押し込むと――。
『フォォォォォォン……!』
静かで上品なファンの音と共に、ケースの中のファンやグラフィックボード(リスナーに教えられた謎の板)が、七色のLEDでピカピカと妖しく光り始めたのだ。
「うおおおおっ!? 光った! 中身がゲーミングカラーで輝いてるぞ! 意味分かんねえけどすげえ!!」
『無駄に光らせるオプション付けたからなww』
『おっさんの四畳半に似合わないサイバー感ww』
『これで三十万……いや、三十二万だっけ?(笑)』
『税金対策(物理の発光)』
俺は感動に打ち震えながら、モニターの電源を入れた。
そして、次の瞬間、俺は文字通り度肝を抜かれた。
「は……? え、嘘だろ……」
Windowsの起動画面が表示されたかと思うと、体感わずか三秒でデスクトップ画面が立ち上がったのだ。
あの化石のようなポンコツPC時代、電源を入れてからカップ麺にお湯を注ぎ、三分待ってもまだHDDがカリカリと虚しい音を立てていたあの起動時間が、一瞬で終わってしまった。
「なんじゃこりゃあ! 爆速じゃねえか! クリックした瞬間にブラウザが開く! OBS(配信ソフト)が秒で立ち上がる! まるで俺の思考を先読みしてるみたいだ!」
『そりゃCore i7とM.2 SSD積んでるからな』
『現代の標準スペックに感動する縄文人のおっさん』
『今までどんだけ化石使ってたんだよww』
俺は歓喜の声を上げながら、いつものFPS(ファーストパーソン・シューティング)ゲームを起動した。
広大なマップを大人数で駆け回り、銃で撃ち合う大人気のバトロワゲームだ。
「よし、お前ら! 今日は最高の環境で、俺の本当の実力を見せてやるよ! 今まではな、あのアホみたいに重い化石PCのせいで、俺の本来のポテンシャルが封印されてただけなんだよ!」
意気揚々とマウスを握り、いざマッチングへ。
降下してフィールドに降り立った瞬間、俺は再び言葉を失った。
「……ヌル、ヌルだ」
画面を左右に振ってみる。
今までなら、少しでも激しく視点を動かせば「カクッ、カクッ」とコマ送りの紙芝居状態になり、敵の姿がワープしているように見えていた。
だが今は違う。風景が、流れるような滑らかさで描画されている。
「す、すげえ! リフレッシュレート144Hzってこういうことか! 敵の動きが手に取るように分かる! ラグが一切ねえ! これが……これが三十万円の、いや、資本主義の力かァァァ!!」
『おっさんテンション高すぎww』
『やっと現代人に追いついたな』
『さあ、言い訳の時間は終わりだぞ』
『機材は揃った。あとは腕だけだな』
リスナーからの期待(という名のプレッシャー)を背に浴びながら、俺はフィールドを駆け抜けた。
アイテムを拾う動作もスムーズ、銃を構える動作も全く遅延がない。
いける。これなら勝てる。今までの屈辱を晴らす時だ!
『敵発見! 前方の建物に二人!』
コメント欄の指示より早く、俺の滑らかな画面にも敵の姿がクッキリと映っていた。
俺は岩陰に隠れ、アサルトライフルを構える。
「もらったァ! くらえええええ!!」
ダダダダダダッ!!
銃火を吹き、弾丸をバラ撒く。画面は一切カクつかない。完璧な動作環境だ。
――しかし。
「あれ……? 当たらねえぞ!?」
画面はヌルヌル動いているのに、俺の操る照準(エイム)が、敵の動きに全く追いついていない。
敵が右に動けば俺の照準は左を撃ち、敵が左に動けば明後日の方向の空を撃ち抜いている。
「ちょ、待っ、はっや! 今の若い奴ら、動き早すぎだろ! 目が回る!!」
三十万のPCは、敵の動きを寸分の狂いもなく、鮮明に、そして滑らかにモニターへ映し出していた。
だが、その完璧な映像情報を処理する俺の『脳(四十歳)』と『動体視力』、そしてマウスを動かす『手首の反射神経』が、完全に限界を突破してポンコツ化していたのである。
『ババババンッ!!』
「ぎゃあああああああ!!!」
敵の正確無比な反撃を顔面に食らい、俺のキャラクターはあっけなく地面に転がった。
ゲームオーバーの文字が、どこまでも滑らかに、高画質で画面に表示される。
「…………」
静まり返る四畳半。
そして、弾かれたようにチャット欄が爆速で流れ始めた。
『よっわwwwwwwwwww』
『クソエイムすぎて腹痛いwwww』
『純粋な実力差で草』
『PCは三十万! 中身(おっさん)はプライスレス(0円)!』
『おい、ラグのせいにしてみろよwww』
『言い訳タイムスタート!!』
リスナーたちの容赦ない煽りが、傷ついた俺の心に塩を塗り込んでくる。
「ち、違う! 今のは……そうだ、マウスだ! 新しく買ったマウスの滑りが良すぎて、手首の感覚が狂ったんだよ! そうだ、マウスパッドとの相性が悪かったんだ!!」
『見苦しいwww』
『マウスのせいキターーー!!』
『機材が完璧になった結果、自分の老化を証明してしまった男』
『老いは金(三十万)では解決できない』
「う、うるせええええ!! 俺はまだやれる! ウォーミングアップが足りなかっただけだ!!」
顔を真っ赤にして喚き散らす俺に、さらなる追い打ちがかかる。
『スーパーチャット:10,000円(最高に綺麗な画質で、最高にダサい死に様を見せてくれてありがとう!)』
『スーパーチャット:5,000円(おっさんの老化現象に乾杯)』
『スーパーチャット:10,000円(経費で買ったPCで、また税金増やしてて草)』
「あああああ! だからスパチャ投げんなって言ってんだろ! また今年の売上が増えちまうだろうが!! 俺は税金対策のために三十万払って、自分の才能のなさを四万人に晒し上げられただけなのかよォォォ!!」
ピカピカと七色に光る三十万円のゲーミングPCの前で、四十歳の男は頭を抱え、絶望の雄叫びを上げた。
機材の言い訳を完全に封じられ、むき出しの『老い』と『実力』を直視させられた男の悲鳴は、スパチャの雨と共に深夜のアパートにこだまするのだった。
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コメント
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いやー、三十万のPCでヌルヌル動く世界を手に入れたのに、結局「老い」と「実力」って言い訳できない壁にぶち当たるおっさん、笑ったけどちょっと切なくもあったわww 機材の言い訳が完全に封じられた瞬間、スパチャで煽られる構図が完璧すぎる! 「老化は金じゃ解決できない」ってコメントが刺さりまくり。おっさん、次は何を言い訳にするんだろうな…楽しみにしてる🔥