テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
アオイ
960
62
「ちぇっ、全部あいつのせいだ」道中、思わず俺は舌を鳴らす。辺りはとても暗く、曇り模様故に月明かりすら遮られている。まるで人間が消えたかのような静かな街を歩いていた。
先刻まで気弱な秘密主義者の男、太宰治が俺の横で泣き喚いていた。
太宰が寮に帰ってくるや否やぼたぼたと涙を溢すので、何事かと思った。
俺の言葉が突き刺さったのか、過去のことを思い出したのか、探偵社の何者かに本性を知られたのか、俺は思いつく限りの動機を頭に浮かべた。
しかし、泣き喚く理由は本人も分からぬと言うので、それは無意味に終わった。
今日の俺はマフィアビルにはほとんど滞在していない。太宰が探偵社にいる間に任務確認のために顔を見せた程度であった。結果、今日の任務はないと言うので太宰の住む寮に帰ったのだった。
俺が身の回りのことをしてやらなければ太宰は何もしないので、仕方がないのである。これも、太宰の健康を思ってのことだ。
……太宰に自殺されては、俺も困る。
太宰を殺すのは俺であって、太宰自身が殺してしまえば最後まで俺は太宰に負け続けたことになる。
そのようなことが、あってはならない。そのようなことが起きれば、己が屈辱でならないのだ。
腹の虫が治らず、芥川と共に太宰の殺害を目的に後を追ってしまいそうだ。
マフィアビルに足を踏み入れて、俺は不審に思う。これまで、これほどまでに静かで人気のないマフィアビルがあっただろうか。
不審に思いつつも普段通り書斎に向かう道中、黒い外套を纏った、小柄に見える男がこちらを目掛けて走っていた。
「中也さん、大変です!」
体の所々から鮮血を滴らせ、随分と焦った様子で普段は冷静沈着な芥川龍之介が言うので、俺は流石に異常だと再確認した。
「どうした」
「異様な数の敵の襲撃です! 参戦してください!」
芥川は言いながら俺の腕を引いて元来た道を走り出した。
ここまで荒ぶっている姿は久しく、それどころではないと分かっているが、少し懐かしさを感じた。
昔、太宰がまだ幹部だった時の芥川は、無論今よりもずっと弱かった。二回殴って五発撃つでお馴染みの太宰ですら、銃一つで制圧できてしまうほどだった。
故に、芥川はマフィアビルを走り回り、鍛錬を積んだのである。しかし結局、芥川が勝負を仕掛ける前に太宰が先に失踪し、芥川が勝つには至っていない。
おそらく今の芥川ならば、異能力を封じた太宰ならば余裕で勝ててしまいそうだ。
芥川も、大きくなったものである。
「中也さん!」
郷愁に浸っていられたのはたったの十秒であった。見えた赤色の惨状に常人なら思わず目を覆いたくなるだろう。
遠くには敵の死体が転がり、近くには仲間の死体が転がる。それを邪魔だと蹴り飛ばすのか、爆弾を巻いて投げつけるのか、はたまた盾として使うのか。戦場で仲間の死体に課される選択肢はどれも醜いものである。
しかし、その選択一つを見誤れば死に至るので、誰も醜いとは言わず、思わないのだ。
「怯むな! 全員殺せ!」
相手が持つものは銃である。少し手が入っているかもしれないが、単なる銃である。その程度の武器で異能者の所属するマフィア団体が潰せると思っているようだ。
しかし、数の暴力と言われればその通りである。現に、追い込まれている理由として挙げられるのは圧倒的な数だ。俺達ポートマフィアの二倍を軽く凌駕した数だ。
よくそれほどまでの人数を集められたものである。組織内によっぽど勧誘の上手い人間がいるに違いない。
このような呑気なことを考えていないと、頭が太宰のことで一杯になり、おかしくなってしまいそうだ。
太宰は俺が寮を出た時には、泣き疲れて、目を赤く腫らしたまま眠っていた。
しかし、太宰は眠りが浅い傾向にあるのですぐに目覚めて自殺でもしていたら、と考えてしまうのだ。
まだ俺が太宰にしなければならない懺悔は足りていない。故に、まだ死なせてはならない。
俺が来て十数分で敵の制圧は完了した。死傷者は多く出たものの、死者だけで見れば誤差の範囲である。
滴る鮮血を拭いながら、自分が殺した醜形で死んだ敵を眺める。我ながら酷い殺し方をしてしまった。その酷さは元は人間だったのかも分からぬほどだ。
「中也さん、ご無事で何よりです」
「ああ。お前は」
「僕は問題ありません」
芥川と少し会話を交わし、芥川は大したことはないが傷の手当てに向かうと言い、去っていった。
その背を見届けてから、俺は首領室に向かう。首領も存じているだろうが、念の為の報告である。首領も死傷者の把握は出来ない。出来たらそれは異能力か人外の二択である。
「中原中也です。先程の襲撃について、ご報告に参りました」
承諾をもらって、首領室の扉を開く。
首領、森鴎外と『エリスちゃん』と呼ばれる首領の異能で作られた少女がいた。
相も変わらず嫌な笑みを浮かべていた。
「さっきの件だね。エリスちゃん、少し席を外してくれるかな?」
「言われなくてもそうするわ!」
去って行ったエリス嬢の後ろ姿を眺めて、俺は首領からの促しを受けて話し始めた。
先程の襲撃での死傷者、相手が何者か、今後への影響について、事細かに話す。首領は変わらず笑いながら詳細を記入していく。
「以上になります」
俺が言った時、首領も丁度、筆を置いた。
そして、首領はうんうん、と頷いてからこちらを向いて一言言った。
「報告ありがとう、中也君。ところで、最近、太宰君はどうだい?」
思わず、目を剥いた。
「何のことです?」
「そんなこと、君が一番分かっている筈だろう?」
一つ浮かんだのは、最近の太宰が惰性すぎることだった。
しかし、いつかの太宰が周りにあの状況を見せることを拒んでいたので、俺は芥川には愚か、首領にもそれを話していなかった。
「……何のことか分かりません」
しらばっくれてみると、首領はくすりと笑ってこちらを軽く見据えた。
「僕は知っているよ。君が毎日、太宰君のいる寮に入っていくこと。そして君が、太宰君の世話を焼いていることもね」
どうにも、首領には隠し事ができない。
しかし、本人があれなため、言うわけにもいかなかった。
故に、嘘をつくしかなかった。
「……別に普通ですよ。自殺を図る癖は変わりませんが」
首領は注意深く俺を長く見つめた。
「……ふーん、そうかい。それならよかったよ。もう、行っていいよ」
言われて、一つお辞儀をして首領室を出た。
一度、天を仰ぐ。 冷や汗が伝う。
首領がするあの間は確実に嘘がバレた時の間だった。
ため息を吐きながら俺は歩くしかなかった。
コメント
1件
うわ、重くて苦しい…でもすごく好きです。中也の「太宰を♡♡♡のは俺」って執着、独占欲がひしひし伝わってきてゾクゾクしました。戦闘中も頭の中は太宰でいっぱいで、首領の前で嘘をつく場面の緊張感も良かった。でも一番刺さったのは、死体を蹴り飛ばす選択肢を「醜い」と認める一文。この歪みきった関係性、続きが気になります…🥀