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☆幕間☆
私はなんだか浮かれたままだった。
今なんか、ちょっとだけ頭がほわっとして、宙に浮いてるような気がする。
そんな高くじゃないけど、2、3センチくらい。
今日のあの、雛西の表情。
私のバイオリンを聴いていた時の、雛西の表情。
きれいだった。可愛かった。
ルビーの輝きを持つ、きらめく瞳。
その瞳で私は真正面から見つめられた。
その時のことが今でも鮮明に記憶の中に残っている。
それに雛西からしたいい香り…
オレンジとか、そこあたりに近い甘酸っぱい柑橘系の香り。
それらに気を取られたおかげで演奏をミスりそうだった。
私はそれから家に帰ってから頭がぽわーっとしたままで、雛西のことで頭がいっぱいだった。
気を紛らわそうと思い、別のことを考える。
私はもともとバイオリンが得意だったわけじゃない。
それにはちょっと理由がある。
私は昔、彼氏がいた。
「西島悠樹」(にしじまゆうき)というやつで、中1のころに同じクラスになった。
私は新しいクラスと馴染めるように、色んな人と関わった。
そしたら彼は私のそう言うところが気に入ったようだ。
7月中旬、夏休み前に私は告白された。
当時の私は彼のことが特段好き、と言うわけではなかったが、顔はいいし、何より自分を好きになってくれた人がいるのが嬉しくて、それを了承した。
だけど彼とはデートもあまりしなかった。
月に一度くらいだ。体を重ねたこともなかった。
でも私は彼を愛した。
するときも彼は
「手でしてほしい」
と言った。
なんで手だけなのだろう、と思って一度聞いてみたところ、
「瀬戸は手が上手いから」
だそうだ。
でも私も挿入してほしいと強く望んではいないし、あまり気にしなかった。
でも私の手で気持ちよくなってくれるのは嬉しかったし、彼の身体がびくんと跳ねてどくどく出てくる白濁を見ていると、私の頑張りが目に見えたようで嬉しかった。
でもその時間も長く続かなかった。
12月24日、クリスマスイブ。
せっかくなのでデートしようということで、市内の大きなクリスマスツリーの下で待ち合わせることになった。
でもいつまで経っても彼が来ない。
気になって近くをうろついていると、路地裏から聞き覚えのある声がした。
顔だけ出して覗くと、
「!!」
彼の隣に、知らない女の人。
彼がこっちを向く。
「瀬戸…」
「….悠樹くん」
辛うじて出せた声も、真冬の空気に吸い込まれて届かない。
「ちょっとあんたどういうこと!?」
隣にいた女性のヒステリックな悲鳴が響く。
「いや…ちょっと落ち着けよ」
彼は沈黙を挟みながら言葉を紡ぐ。
「落ち着いてなんていられると思う!?まず説明しなさいよ!」
強く詰められ、彼はうろたえる。
私はもうこの場の雰囲気から全てを察した。
私は耐えられず走って逃げ出した。私の周りに渦巻く霧のような不安を振り払おうとして、必死で走った。
クリスマスイブの喧騒なんて聞こえやしなかった。
家まで無我夢中で走った。
ろくに寝る準備なんかせずに、ベッドに滑り込んだ。
どうしようもなく涙がこぼれた。
私じゃだめだったの?
突き刺すように自分を責め続け、最後には疲れ果てて死んだように眠った。
親には学校を休むと言い続けた。
何もできず、何も考えられず、スマホに流れてくる馬鹿馬鹿しいショート動画をスクロールし続ける日々が続いた。
あれだけ笑えた流行りの動画も、笑えない。
こいつらは呑気に何をしているんだ、という憎しみが沸いてきた。
AIに悩みを打ち明けたりもした。
けれど分かったような顔をして、全く的外れな回答を提示してくる。
私は何に対しても罵倒の言葉をぶん投げた。
私は棚の奥にあるぬいぐるみに手を伸ばし、ぬいぐるみをどかした。
裏には彼が置いておいた避妊具。
「いざというときに必要でしょ?」
彼が言っていた。
だがこれももう必要ない。
捨てようとして手に取ると、
「…!?これは…!」
なんと先端に穴が開けられていた。
私の中では怒りと悲しみが混ざった感情が燃えた。
深く絶望した。
なんとか鎮めようとして眠ろうとするが、かえって絶望を際立ててしまった。
そしてまた、私は死んだように眠るのだった。
ある朝起きると、体が熱かった。
体温計で測ると、
「41.2°」
という数値が液晶に表示された。
「まじかぁ…」
ずっと部屋に篭りっきりだったから仕方がない、と思いつつも心の奥底はそれを否定したい苛立ちに支配されていた。
とりあえず寝ようと思い、目を瞑る。
だが寝れない。どうしても寝れない。
仕方なく音楽をかけようと思い、落ち着く音楽、と検索する。
とりあえず一番上に出てきた動画をタップする。
寝れればなんでもよかった。
だがその曲は私をさらに寝れなくさせた。
美しいメロディー。
音楽など授業でしか触れたことがないが、なぜかそのメロディーは私の心の奥深くに届いた。
その楽器はバイオリンだった。
バイオリンは、どんなことでも受け入れてくれそうなぐらい寛容で、優しくて雅な音色をしていた。
私は完全にそれに聴き入ってしまった。
何度も再生ボタンを押し、寝ることなんて忘れて何度もその曲を聴き続けた。
やがて意識が遠のいていくと、私は優しいメロディーに寝かされた。
不思議と翌日、身体は嘘みたいに軽かった。
私はその日に部屋を出た。
服を着替え、近所の楽器店に出かけた。
バイオリンが売られていた。
初心者用とはいえ中学生に30万の出費は痛かった。
私は札束を叩きつけるようにして代金を払い、宝物を手にした。
私はその宝物を大事に腕に包み、帰宅した。
私はもう待っていられなかった。
帰宅してすぐにバイオリンをケースから取り出し、手に取る。
「…きれい」
美しい。
ずっしりと重量感のある木のボディ。
ぴんと張った弦、つやつやの弓。
私は弓と弦を擦らせてみる。
音が出た。
でも動画で聴いたほどの美しい音ではなく、雑音が混ざった聴くに耐えない音だった。
私はさっきより気をつけて、滑らせるように優しく弾いた。
出た。
動画のような美しい音が。
私はそれからバイオリンの虜になった。
動画の曲の楽譜を買ったり、講座を受けたり、動画を見て勉強したり…
学校の勉強は全く気が進まなかったが、バイオリンの勉強だけはすらすらできた。
そのおかげであまりいい高校には進めず、地域でまぁまぁの高校に入った。
だがそこで一番絶望したことがあり、それは、
「…嘘でしょ」
クラス名簿にあれだけ私が忌み嫌った、
「西島悠樹」
の文字があったことだった。
私は息をひそめて校生活を送らなければならないと覚悟した。
幸いあっちから声をかけてくることはなかった。
いつも友達と4人組になって話していた。
でも私はできるだけ目立たないようにして授業を受けた。
放課後のバイオリンをする時間が幸せだった。
バイオリンを学校に持っていき、放課後練習するのだ。
そのようにして私は1年間過ごして、2年になった今に至る。
「……にしても」
そのバイオリンを誰かに聴かせたのは、今日が初めて。
そう、雛西がはじめて。
私はちょっと変な気持ちがして、もう寝ようかと思った。
私はいつものバイオリンをかけた。
初めて聴いた日から1日も欠かさずに聴いている。
落ち着くメロディーが流れる。
でも寝れなかった。寝れないのはこれが初めてのことだった。
むしろ私の心拍数はどんどんと上がっていき、私を寝かせてくれなかった。
ふと、オレンジの香りがした気がする。
私の頭の中には薄桃色の髪のツインテール少女がいた。
☆プチあとがき☆
幕間なのに長すぎだろ!
すみません、ここで一回瀬戸の過去に触れておきたかったんです。お許しくださいませ。
第三話は全部雛西回!!ぜひ楽しんでくれると嬉しいです!!
コメント
1件
いや、幕間って言うから軽めかと思ったらめちゃくちゃ重い過去エピソードだった…! 瀬戸がバイオリンに出会うまでの絶望と再生の流れが丁寧で、特に彼氏に避妊具に穴開けられてたシーンは胸がグッと詰まったよ。そんな中で雛西に初めて演奏を聴かせたあの日の浮かれた感覚が、過去の傷と対比になっててすごく刺さった。オレンジの香り、いいな。次の雛西回、楽しみにしてる!
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