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「岡山かあ。
いいねえ。
僕も行きたいなあ」
といつものように店に来ていた高尾が言ってくる。
ホテルに戻って風呂に入り、私服に着替えたところで、程よく店に飛んだのだ。
一足飛びに地元に帰ってきたみたいで、なんかホッとするな、と壱花はあやかしと疲れたサラリーマンがぽつぽつ来店する店内を見回す。
倫太郎は客の応対は壱花に任せ、奥の商品をひっくり返していた。
……あんなこと言ってたけど、きっとコーヒーガムを探すために飛んだんだな。
カウンターからその様子を眺めながら、壱花は高尾に言った。
「行きたいなって、高尾さん、あやかしなんだから、ひょいと岡山とかにも飛べるんじゃないんですか?」
「……化け化けちゃん、あやかしをなんだと思ってるの。
特に僕なんて、変化できる以外は人間とそう変わりないからね」
そういえば、新幹線で化け狐に出会ったな、と壱花は思い出す。
何処にでも、ひゅっと飛べるのなら、あんなものには乗らないか……。
それから、すねこすりの話になり、
「可愛い感じするので、ちょっと遭遇してみたいですね」
と壱花が笑うと、高尾が、
「いや、僕も会ったことはないけど。
意外とおっさんかもよ」
と言ってきた。
……足にスリスリしてくるおっさん、勘弁だ。
やはり、探すのはケセランパサランにしておこう、と思いながら、壱花は美園の話もしてみた。
「ふーん。
あやかしなんて気まぐれだからね。
その人があやかしなら、ひょいっと何処かに行っちゃったのかもね」
「でも、今までずっとあの辺りに住んでたんですよ」
と言ってみたが。
「それは君らからしたら長い時間かもしれないけど。
寿命の長いあやかしだったら、そんなの、一瞬きの間のことだからね。
数十年いた場所を離れて何処かに行くなんて。
君らがちょっと何処かで立ち話して、じゃあ、って別れるのと変わらないよ」
そうなのか……と壱花はちょっと落ち込む。
美園が来ないと寂しげに言っていた千代子の顔が頭をよぎったからだ。
もし、そんな感じで美園さんがいなくなってしまったのなら、もう戻ってこないかもしれない。
あるいは、気が向いて戻ってきたとしても、その頃にはもう、千代子も自分もこの世にはいないかもしれない。
あやかしたちに流れている時間と自分たちに流れている時間は全然違うんだな、と改めて感じた。
そこで、ふと気づく。
「高尾さんも、ひょいと何処かに行っちゃったりするんですか?」
「はは。
行かないよ。
化け化けちゃんが寂しがるからね」
と言いながら、高尾が手を取ってくる。
ドM、ドMと何故かそのタイミングでオウムが言いながら、飛び出したので、店の奥でダンボールをひっくり返していた倫太郎が振り向いた。
……ドMと呼ばれて振り返るってどうなんですか。
自分でドMだと思ってるんですか。
私からしたら、貴方は相当なドSですけど、と思ったそのとき、倫太郎が高尾に手を取られている壱花を見て、ふっと鼻で笑った。
そのまま、またガムを探し始める。
何故だろう。
なにも言われていないのに。
化け化けなお前を相手にしてくれるのは、あやかしくらいのもんだろう、という視線のように感じたんですが……。
いいじゃないですか、高尾さん、素敵じゃないですか。
優しいし、怪しいけど、イケメンだし、と倫太郎に対抗するように、心の中で高尾をかばう。
そのとき、高尾が言ってきた。
「そうだ。
あやかしたちに訊いてみたらいいじゃん」
「え?」
「あやかしのことはあやかしに訊けってね。
あやかしたちに訊いて回りなよ、その美園さんのこと」
「あ、そうですね」
「ま、ケセランパサランに訊いても答えてくれないと思うけどね」
と高尾は笑っていたが。