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甘泉めあʚめめあ・めあちɞ
102
羽海汐遠
10,402
一週間後
【アストリア王国:王都城門前】
拡声器を掲げ、カイルは気だるげに言う。
「あー、賊徒世界からはるばるご苦労、ギャングども……。いや、お前らさ、さすがに見た目が世紀末過ぎないか?」
城門前の平原を埋め尽くすように、五百近い改造車両が並んでいた。
黒煙を吐き出す超巨大トラック。
火炎放射器を積んだ装甲車、棘だらけのバギー、爆音を奏でる巨大スピーカーを積んだバス。
機関銃を振りかざす男たちがバイクに跨り、下卑た笑い声を上げていた。
改造トラックの車上に陣取ったモヒカン頭の男が吠える。
「さあ野郎ども、祭りを楽しめッ! アストリア王都を喰いつくすぞッ!」
「『「『Fowooooooow!!!』」』」
銃声が空に響き、野次か歓声か区別のつかない雄叫びが沸き上がる。
カイルはため息をついた。
「アストリア王国はもうねえんだよ。王様もどっか行ったしな」
ギャングの笑い声が、不意に途切れる。
みな、気づいたのだ――下に何かがいると。
「ここは今や、死者の王国」
平原の土が次々と盛り上がり、腐敗した腕が飛び出した。バイクに跨る男の脚を掴み、転倒させる。土をかき分けながら、無数のゾンビが顔を出した。
城壁の影、路地の奥、崩れた建物からも、次々と人影が現れる。
車両から引きずり降ろされた男たちにゾンビたちが群がっていく。
「なッ! 何だ、こいッ……」
断末魔の叫びさえ、最後まで言えなかった。絶望に染まった男の顔は、群がる腕に呑まれ、人波の奥へと消える。
「轢けェッ! さっさと轢き殺せェッ!」
ギャング団の誰かが叫んだ。
超大型トラックがエンジンを吹かせる。
しかし、タイヤが地面を踏みしめることはない。ゾンビの身体に乗り上げ、肉を抉りながら空回りするだけだ。数体のゾンビが、発進前から車体下に潜り込んでいたらしい。
動けなくなったトラックの窓ガラスをゾンビが砕き、運転席へ雪崩れ込んだ。
カイルが気だるげに言う。
「お前らは同じ人類だけど、まあ、仲間には要らねえや」
気づけば平原の果てまで、死者が埋め尽くしていた。
死肉の海からよろよろと一人のゾンビが歩み出る。
服装から察するに、ゾンビ化したばかりのギャングの一味だ。彼はカイルの前で跪き、頭を垂れる。
カイルは冷たい眼で見下した。
「いいね。ゴミならせめて、俺の国の糧になれ」
*
ギャングの一派を退けたカイルは、王都に戻ってきた。
建物の陰から、人の顔が見えた。はじめは小さな子ども、続いてその母親らしき女性、次いで壮年の男たち――老若男女入り混じった民衆が、少し距離を保ったまま、遠慮がちにカイルを見つめる。
「……カイル様」
「カイルさん」
「王様」
皆が口々に言う。
カイルは小さく「王様はもういないだろ」と呟いた。
彼らはアストリア王都民の生き残りだ。
避難所に隠れていたゲイリーたちの一団や、地下水道に逃げ込んだ者、奇跡的に無事だった建物に籠っていた者など、総勢百人近くの人間が、あの災禍を生き延びていたらしい。
――ゾンビの脅威だけじゃない。
――イクリプスのレーザー砲で焼かれ、クレス対シャドウの激闘の巻き添えを喰らい、街は灰燼に帰していた。
――よく生き延びたもんだよ、この人たち。
群衆の中、一人の老人が前へ出る。
「……例の、ギャングとかいう、異世界からの侵略者は?」
「全員、殺した」
カイルの返答を聞いて、人々の顔がぱあっと明るくなった。
「さすがのカイル様だ!」
「世界を守るのは、貴方しかいない!」
「カイルさんがいれば大丈夫!」
泣きながら頭を下げる若者、子供を抱きしめる母親、安堵からその場に座り込む老人――リアクションは様々だ。
彼らに囲まれるカイルだけが、無表情だった。
「悪いな、みんな。俺はもう休む」
*
一週間前。
カイルは生き残った王都民の指導者となり、街を復興した。
リシェルがゾンビ世界から持ってきた物資や人手で、王都は瞬く間に再建された。いや、再建と言うより、魔改造か。リシェルが拾ってきたコンクリートの住宅地や摩天楼をベースにしたため、石造りの建築が立ち並ぶ王都の面影は残っていない。
最新式のゲーミングチェアに身体を沈め、カイルは仮眠をとっていた。
リシェルが歩み寄って来る。
「民衆は無遠慮に喜んでましたねえ。カイルさんがゾンビを戦わせたくないこと、知らないんですから」
「……異世界から連れて来たゾンビは、見ず知らずの他人……もう少し軽い気持ちで扱えると思ったんだけどな……自分でも不思議だよ」
「不思議って、何がです?」
「人間をぶち殺すより、死体を弄ぶ方が抵抗ある」
カイルは疲れた顔でうつむいた。
リシェルはカイルの傍にかがみ、彼の赤い瞳を覗き込む。
「クレスさんの両目、使わなかったんですか?」
「使えねえんだよ。クレスの力が強すぎて、意味不明な接ぎ方になってる。軽自動車にF1カーのエンジン搭載したみたいなもんだ。使えば俺がブッ壊れる」
「カイルさんも文明人らしい比喩に慣れてきましたね」
「お前にあんだけゾンビ世界の映画を見せられたらな。クレスの力は使えて三、四回……切り札に取っておくさ」
「何のための切り札で?」
「大切な人の命を守るため」
「なるほど、王都の皆さんを生かすためですか」
「いや? 人ってのは、お前のことだけど?」
二人は無言で見つめあう。
「リシェル、お前さ……本当は人間なんだろ?」
お互いに距離感を探りあう、不思議な空気が漂った。
リシェルが何も言わない中、カイルは続ける。
「異世界からの勇者様、今日来たギャング共、七本槍、クレス=ウォーカー、アラン・スミス……奴らを見てわかったんだ。俺たちの世界の人類とは、別種の人類が存在する。リシェルたちの祖先はきっと、彼らと同じ異世界人……お前も、広義の人類じゃないのか?」
魔族に関する記録は、最も古いものでも百年前までしか遡れない。その最古の文献でさえ、八王国に存在するどの人種とも異なる身体的特徴と文化を持ち、絶大な力を有した怪物と記されただけだ。彼らが何処から来たかはわからない。
百年前、何の前触れもなく現れたその一族を、当時の八王国は魔獣の突然変異種と見做し、辺境の地に追いやった。
百年の時を経て、力をつけた彼らが、八王国に侵略戦争をしかけてくるとも知らずに。
「これから人類の生き残りをかけた戦争が始まる。生き残った人類で結託し、怨霊、エイリアン、メガシャークといった脅威を薙ぎ払う。お前も人類側で参加しようぜ?」
「嫌ーですよ。カイルさんは世界を救いたんでしょう。自国民十五万人分の命を継承した重責がありますし」
そう言って、リシェルはカイルの正面に立ち、真正面から彼の瞳を指さした。
「でも、私は関係ないです。カイルさんが世界を救う傍らで、私は魔王になるんです。生き残ったアストリア王国民を皆殺しにして、魔王の継承権を得ます」
「あっそう。あくまで人類を殺す側ってわけね。でもさ、魔王になる条件は全国民皆殺しだろ? 俺もアストリアの国民の一人だが?」
「……まあ、そこは難しいですね。純粋な喧嘩なら、もうカイルさんに勝てませんし」
「じゃ、こうしようぜ。一緒に世界を救ってくれ。代わりに俺は、お前に黙って殺される」
リシェルが驚愕に目を見開き、やがて薄っすらと目を細める。
「……カイルさん、日に日に狂ってません?」
「狂ってるのは俺か世界か……映画でよくあるテーマだよな。でも俺、この二択は自信あるぜ?」
「ああ、それなら私も確信してます」
次に来る言葉は、あまりにも自然に、二人の唇をついた。
『「狂ってるのは世界の方」』
二人の声が重なる。
何拍か間を置いて、二人は笑いあう。
いつの間にか日は落ちていて、あたりは暗闇に満たされていた。曇天の夜空に星はなく、無限の虚無が広がっている。これから巻き起こるであろう殺戮、災厄、混沌、不条理、阿鼻叫喚……すべてが融合した黒い何かが、空から降りてくるようだった。
そんな夜のとばりの中、命を奪う契約を交わしたばかりの二人は――楽しそうだ。
二度は口にしないものの、二人は目線だけでもう一度、言葉を交わす。
狂っているのは世界の方。
夜は、うなずいてくれた。
コメント
4件
そんなこんなで最終回でした。 いやー、ちゃんと10話で完結できてよかったです。 次はエピローグかつ第二幕のプロローグ的な何がしかです。 最後の最後までお付き合いいただけますと幸いです。
**みぅ🤍🥀** うわあ、カイルとリシェルの掛け合い、めっちゃ好き…!「大切な人の命を守るため」が「お前のことだけど?」って繋がった瞬間、もう胸がぎゅってなったよ。二人で「狂ってるのは世界の方」って重なるシーン、ゾクゾクした。ゾンビ使うのに抵抗あるカイルの優しさも沁みる。この歪な絆、続きが気になる…🌙