それから、少しずつ涼ちゃんは若井を避けるようになった。
スタジオでは、以前みたいに隣で笑うことも減った。
目が合いそうになると、涼ちゃんはすっと視線を逸らす。
話しかければちゃんと答えるけど、
その声はどこか壁の向こうから聞こえるようだった。
「昨日、音源聞いた?」
「うん。……大丈夫だった」
それだけ。
いつものように短く、淡々と。
けどその“間”が、やけに寂しかった。
若井は気づいていた。
触れた手の温度を、
涼ちゃんはまだ覚えている。
だからこそ、怖いのだと。
リハが終わって片づける時、
涼ちゃんは元貴と先に出ていくことが増えた。
「お先」
その一言に笑顔をつけ足すけど、
その笑顔は、どこか無理やりな形をしていた。
帰りの車の中。
一人きりの運転席で、若井はハンドルを握りながら
自分の胸の奥を静かに責めた。
(近づいたのは俺だ。
でも、あのまま放っておくなんて、できなかった)
夜の街を抜ける信号の赤が、
フロントガラスに反射して滲んだ。
それは、涙の色にも似ていた。
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