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プロローグ 星屑の唄
歌は祝福だった。
幼い頃の天音はそう信じていた。
春になれば白い花が咲く丘で歌った。
風に揺れる草原で歌った。
果実の香りが漂う森で歌った。
誰かが笑えば嬉しかった。
誰かが元気になれば嬉しかった。
それだけだった。
歌う理由なんて。
それだけで十分だった。
いつからだろう。
歌が祝福ではなくなったのは。
焼けた大地があった。
崩れた家々があった。
砲弾に抉られた丘があった。
そして臭いがあった。
血の臭い。
火薬の臭い。
焦げた土の臭い。
壊れた命の臭い。
息を吸うだけで吐き気がした。
けれど吐いても消えなかった。
その臭いは肺の奥に沈み込み、心のどこかへ居座った。
何年経っても。
どれだけ遠くへ行っても。
消えることはなかった。
夜になると夢を見る。
白い花畑の夢だ。
懐かしい故郷の夢だ。
けれど風が吹くたび、花の香りは血の臭いへ変わる。
果実の甘い香りは火薬の臭いへ変わる。
そこで目が覚める。
いつも同じところで。
歌うたびに歓声が上がる。
人々は希望を見る。
兵士たちは感謝する。
軍は微笑む。
誰もが彼女の歌を祝福だと言った。
けれど。
天音だけは知っている。
その歌の向こう側にあるものを。
耳の奥で旋律が鳴る。
忘れたくても忘れられない。
あの日と同じ旋律。
誰かの幸せを願った歌。
誰かの明日を願った歌。
祝福のために歌ったはずの歌。
それはいつしか。
彼女だけを縛る呪いになっていた。
遠い記憶の中。
白い花が咲く丘に、誰かがいた気がする。
名前は思い出せない。
顔も思い出せない。
ただ、そこにいたという記憶だけが残っている。
まるで夜空に消えた星のように。
だから今日も天音は歌う。
失われた故郷のために。
名も知らぬ誰かたちのために。
そして。
消えない呪いと共に。
『星屑の唄』を。
コメント
1件
読み終えました。歌が祝福から自分だけを縛る呪いへ変質していく過程が、静かでありながら鮮烈に響いてきましたね。特に「花の香りが血の臭いへ変わる」「果実の甘い香りが火薬の臭いへ変わる」という反復——焼け跡や瓦礫の風景が音や匂いと結びつくことで、天音さんがPTSDのようにあの日の感覚を手放せずにいることが伝わってきて胸が締め付けられました。「星屑の唄」というタイトルの儚さと、最後の「消えない呪いと共に」という締めの対比も美しく、切なかったです。