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「まさかこんな田舎の村で足止めを食らうとは……」
「ホントですよグラハムさん。こっちの予定も狂っちゃいますよ」
スタッグ王国の第一王子。アルバートの命により、プラチナプレート冒険者となった九条の派閥引き抜きを任されたグラハムとアルフレッド。
コット村で活動する許可をギルドに口利きしたというだけの理由で第四王女の派閥に入っている九条だが、報酬はほぼないに等しいと聞いている。
仮に第一王子の派閥に属することになれば、今後金銭面で困ることはなく、第四王女派閥なんて目じゃないほどの好待遇。
そもそもの話、第一王子の誘いを断るはずがない。その直属の親衛隊が、交渉に赴いているのだ。
確実に引き抜きは成功すると自負していたグラハムだったが、それも九条の不在で先延ばしに。
村の西門に繋いでおいた馬に跨り、野営の出来そうな広場を探しつつ街道を進む。
「それにしても九条という男は、なんでこんな村を拠点にしたんですかね?」
「さあな……」
「ダンジョンなんかに籠らなくても、プラチナプレートならギルドが王都に研究室くらい建ててくれるのに……」
「きっと変人なんだろ? プラチナプレート冒険者なんて、頭のネジが外れてる奴ばかりだからな……」
愚痴でも言わなければやってられない。しかし、これは歴とした任務だとグラハムは気を引き締めた。
なんとしてでも九条の首を縦に振らせ、いい返事を持ち帰らねばならないのだ。
この国に三人いるプラチナプレート冒険者の内の一人であるノルディックは第二王女の派閥に引き込まれ、もう一人はギルドお抱えの|錬金術師《アルケミスト》モラクス。
|錬金術師《アルケミスト》は研究職。ギルドで使用するマジックアイテムや薬品類の生産を手掛ける為、貴族や王族の干渉を禁じられている。
そして、最後に残っているのが九条だ。
「アルフレッド。この辺りならテントを立てられるんじゃないか?」
「問題ないかと思われます」
「よし。じゃあここにしよう」
村を出て十分ほど進んだ辺りの森の中。テントを張れるだけの平坦な場所を見つけ、馬から降りると設営開始だ。
テントは一人一つ。ピラミッド型で、広げた布の四隅をペグ打ちし、真ん中に一本ポールを立てるだけの簡易的な物。
とはいえ一辺が三メートルほどあるので、荷物と一緒に大人二人でも十分睡眠可能な広さを誇る。
二人はテントを建て終えると、焚き火の為の薪を集め始めた。火は野生の獣を追い払う意味でも必要だ。
問題は食事。水と保存食の干し肉は携帯しているが、それはあくまで非常用。お世辞にもおいしいとは言えず、二人で話し合った結果、食事だけは村の食堂を利用することにした。
日が沈み闇が立ち込める。深い森の中はいつにも増して闇の密度が濃く感じられ、村は静まり返っていた。
(やはり田舎。王都の夜とは大違いだ……)
しかし、一カ所だけ明るく賑わっている場所があった。ギルドに併設されている食堂である。
扉の隙間から微かに漏れる活気にあてられ、二人は吸い込まれるように食堂の扉を潜ると、一瞬の静寂が場を包んだ。
大勢の客達の視線の先にはグラハムとアルフレッド。そして、何事もなかったかのように賑やかな店内へと戻った。
(私達が場違いだということはわかっている。村人達と慣れ合うつもりは毛頭ない)
ざっと見渡すも、空いている席は少ない。田舎の割にはかなりの客入り。
そこから二人分の空いている席を見つけて腰を下ろすと、給仕が注文を取りに来た。
明るい茶色の髪を後ろで一本に束ねている若い女性だ。
「ご注文は?」
「えーっと……。この『レベッカのオススメ定食』というのを二つ頼む」
「はいよ。旦那達、申し訳ないけど見ての通り今日は満員なんだ。ちょっと遅くなるかもしれないけどいいかい?」
「ああ」
給仕はそれだけ言うと、そそくさと下がって行く。
「はぁ。それにしてもここに四日も足止めとは……。流石に待つだけというのも暇ですよね」
「そうだなぁ……。村の外に深い森があるだろ? そこでウルフ狩りというのはどうだ? ちょっとした小遣い稼ぎになるんじゃないか?」
「いいですね。確かに最近は、ウルフの革製品が値上がりしてますし……。狩り過ぎちゃって数が少なくなってきてるんですかね?」
「いや、ウルフはいるが簡単には狩れなくなったらしい。理由は不明だが人里を襲わなくなった事で、森の奥深くまで出向く必要があるとかで、やりづらくなったと狩人たちが嘆いていた」
「そういえば最近は、この辺の家畜が被害にあったとかって聞かないですね……。小さい村なんかしょっちゅう報告上がって来るんですけど……。そんな事より換金はどうするんですか?」
「派閥にいる冒険者を通してギルドに換金してもらおう。ちょっと小遣いを渡せば喜んでやってくれるだろ」
「なるほど。頭いいっすね」
二人の話題は底を尽き、交わされる言葉は相槌ばかり。
(遅い……)
テーブルを小刻みに指で叩くグラハム。相変わらずガヤガヤと騒がしい食堂だが、まだ二人の定食が運ばれてくる気配はない。
その苛立ちを察してか、先程の給仕が酒とつまみを持って来た。
「すまないね旦那。もう少しかかりそうだからこれでも飲んで待っててよ。もちろん、これは店からサービス。代金はいらないからさ」
そしてすぐに下がっていく給仕の女性。
「……態度の悪い給仕だと思いましたが、酒のサービスなんて、わかってるじゃないっすか」
アルフレッドはとたんに機嫌が良くなり、つまみの漬物を頬張り酒で喉を潤した。
先程の給仕が一人で仕切っている店ならば、忙しいのも頷ける。しかし、待たされているのは事実だ。
すでにアルフレッドとの会話もなく、周りの様子を窺うくらいしかやることがないグラハム。
酒の入ったジョッキを傾け待っていると、後ろで飲んでいた客の会話が自然と耳に入ってくる。
「そういや、今年は鎮魂祭やってないんだろ?」
「そうみたいだな。なんでも盗賊騒動でそれどころじゃなかったって聞いたぞ」
「まあ、そりゃ仕方ねぇよなぁ。ていうか鎮魂祭ってなんでやってるんだ?」
「ああ、西のはずれに炭鉱があるだろ? 昔そこでデカイ落盤事故があったみたいで、大勢の炭鉱夫が死んじまったって話だ。その霊を鎮める為に、毎年開催してるって聞いたぞ」
「そうだったのか……。でも今年は出来てないんだろ? 何か良くないことが起きなきゃいいけどなぁ」
グラハムは心の中でくだらない話だと一蹴したが、この村が盗賊に襲われたという噂は知っていた。
その話を聞き終わるや否や、ようやく二人の前に定食が運ばれてくる。
(味は悪くない……。この食堂のレベルであれば、しばらくは食事の心配はいらないな……)
食事を終え、二人が野営地へ戻ると、そこはすでに闇の中。急いで焚き火を起こし暖を取る。
身体が温まってくると、酒が入ったこともあってか グラハムは強烈な眠気に襲われた。
旅の疲れもある。ひとまず火の番はアルフレッドに任せ、グラハムは先にテントへ入ると眠りについた。