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そして、もうひとりの見知らぬ女性が立ち上がり、笑みを浮かべたままこちらに向かってきた。
明るめの茶髪のショートカットにモカ色のパンツスーツが良く似合っている。
彼女も笹岡さんに負けず劣らず〈できる女〉オーラを全身から発散している。
やっぱり、わたし一人、あまりにも場違いだ。
居たたまれない心地に、自然と顔がうつむいてしまう。
「この方ですか?」
「そう。どう、今回の企画にピッタリじゃない?」
「ええ、まさに原石ですね。磨けば磨くだけ、光、輝きそう」
「でしょう?」
彼女はわたしの前に一歩進み出て、手にしていた名刺を差し出した。
「カレンの紀田と申します。よろしくお願いします」
「あ、加藤優紀です」
名刺に目をやると、紺色の用紙に白抜きの文字で「『KALEN』 編集部 紀田 カスミ」と書かれていた。
「えっ『KALEN』って、あの雑誌の『KALEN』の編集の方なんですか?」
『KALEN』は20代から30代の女性に絶大な人気を誇るファッション誌。
昨年、創刊45周年記念号を発売して即完売となり、話題になった。
増刷分を注文してもなかなか入ってこなくてお客さんに文句を言われたのが、記憶に新しい。
席につくと「早速ですが」と紀田さんはホッチキス止めされているA4サイズの企画書をわたしの前に置いた。
表紙に大きな文字で『シンデレラ・プロジェクト』と記されている。
「シンデレラ・プロジェクト?」
「はい。〈リインカネーション〉開業一周年記念とのタイアップ企画でして、香坂さんとスタッフの皆さんの手腕で、女性はどこまで美しく変身できるのか、その過程を、2カ月連続で掲載する特集企画です。あの、社での打ち合わせ用にお写真撮らせてもらってもいいですか?」
「はあ」
まだ事態が呑み込めていなかったのに、わたしは曖昧に返事をかえしてしまった。
紀田さんは了承を得たと解釈されたようで、スマホを構えて、2、3枚立て続けにシャッターを押した。
でも、なんでわたしの写真なんか必要があるんだろう。
「この企画をご提案させていただいたとき、香坂さんが『ぜひ、モデルに推薦したい子がいる。その子がモデルならやらせてもらうけど』とおっしゃられまして」
玲伊さんがわたしのほうに視線を送ってきた。
「そ。話を聞いたとたん、目の前に優ちゃんの顔が浮かんできてね」
モデル? わたしが?
一瞬、頭が真っ白になったけれど、すぐにかぶりを振った。
「えーっ、無理です! そんなの無理」
「なんで?」
「だって、それってわたしが雑誌に載るってことですよね。いや、そんなの、ありえない」
顔をぶんぶんと振って拒絶の意を示すと、紀田さんは、とても意外そうに眼を見開いた。
「え、だって、香坂さんにヘアメイクをご担当いただくんですよ。新規予約2年待ちの超人気スタイリストに施術してもらうチャンスなんて、めったにないですよ。こんなおいしい話を断る方がいるなんて、ちょっと信じられないのですが」
「でも……わたしにそんな大役が務まるとはとても思えないです。申し訳ないのですが」
困り果てて下を向くわたしの様子を見て、玲伊さんはパンと手を叩いた。
「じゃあ、仕方ないね。加藤さんがどうしても嫌だと言うんなら。では、この話はなかったということで」
「えっ」
玲伊さんを除く全員が、思わず声を上げた。
そんなあっさり断っていい話ではないと思うのだけれど。
「そ、そんな、香坂さん、困ります」
思ったとおり、紀田さんは悲鳴に近い声をあげた。
でも、困り顔で救いを求める紀田さんにはかまわず、玲伊さんは席を立とうとする。
え、ちょ、ちょっと待って。
『KALEN』の特集、しかも2カ月連続って、めちゃくちゃ大きな企画なのに。
そんなふうに|無碍《むげ》に断らなくても、わたし以外の人にやってもらえばいいだけの話だと思うけど。
「玲伊さん。ちょっと待ってください」
わたしは思わず、彼を呼び止めていた。
「ん? じゃ、やってくれる?」
腰を浮かせたまま、玲伊さんは視線を向けてきた。
「いえ、そういうわけではないですけど。だって、あまりにも突然なお話で……どうしたらいいか。わたしではなく、他の方にやっていただければ……」
「えっ?」
そのとき初めて、笹岡さんが口を開いた。