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「オーナー、彼女に話をまったく通していなかったんですか? あれだけ、自分に任せろとおっしゃっていたのに」とあきれ顔。
「ああ、そうだよ。事前に話をしたら、加藤さん、絶対尻込みしてこの場にも来ないと思ったんでね」
玲伊さんの言葉に、わたしは大きく頷いた。
「そりゃそうですよ。とにかく、どなたか他の方にお願いしてください」
「いや、俺はきみでなければやらないから」
「もう、玲伊さん……」
わたしたちが言い合うさまを見て、紀田さんが悲痛な声を上げた。
「うわ、どうしよう。まさか、断られるなんて、本当に思ってもみなかったもので。どうやってこの穴を埋めたらいいか……」
笹岡さんも胸の前で腕を組み、苦虫を噛み潰したような顔で「考えなおしてください。うちの一周年を大々的に取り上げていただくんです。こんな宣伝効果の高い企画をオーナーの一存でつぶすなんて愚の骨頂ですよ」と言う。
ふたりに引き留められ、玲伊さんはしぶしぶ椅子に座り直した。
そして、パニックを起こしかけている紀田さんを宥めるように言った。
「いつまでに返事すれば間に合う?」
紀田さんはぱっと顔を上げ、玲伊さんを見た。
そして彼の表情を見て、事態が好転しそうな予感がしたのか、気を取り直した様子でバックから手帳を取り出した。
「そうですね。今週中にお返事いただければ」
「わかった。じゃあ、俺が責任もって、加藤さんを説得するよ」
そう言って、彼は立ち上がり、後ろからわたしの肩をガシっとつかんだ。
えー、ちょっと待って。説得って……
玲伊さんに本気を出されたら、勝てる気がしない。
紀田さんの次に、今度はわたしがパニックになる。
玲伊さんはやっぱり、このビルに君臨する我儘な王様だったんだと、わたしはこのとき、改めて知ったのだった。
***
そしてわたしは、なかば拉致されるように8階の玲伊さんのプライベートルームに連れていかれた。
「あの……玲伊さん」
ソファーまでコーヒーを持ってきてくれた玲伊さんに、わたしは恐る恐る話しかけた。
「やっぱり無理です……わたしには荷が重すぎます」
「なんで?」
「だって、どんなに頑張ったところで、わたしなんかが綺麗になれるわけないですし」
玲伊さんは眉を寄せて、小さくため息をついた。
「また『わたしなんか』か」
「だって事実だから」
「あのさ、優ちゃん。俺を誰だと思ってるの?」
うわ、出た。
なんという俺様発言。
でも、たしかにうなずけるほどの実績を上げている訳だから、文句は言えない。
玲伊さんはわたしの隣に腰を下ろしてきた。
ソファーの座面がへこみ、彼のほうに体が傾きそうになり、慌てて座り直す。
「『綺麗になれない』っていうのは、『俺には無理』って言ってるのと同じことだけど」
彼は横眼でわたしを軽くにらむ。
わたしは慌てて首を振った。
「違います。そんなつもりはまったくないです。でも、いくら玲伊さんに施術してもらうにしても、こんな十人並み以下が『KALEN』に載るなんて、どう考えてもおかしいです」
彼はカップを取り、コーヒーを一口飲んだ。
「俺はどうしても、優ちゃんに今回のモデルになってほしいんだよ」
そう言うと、わたしの手を掴み、ぐいっと自分の方に向かせた。
え、なんか近い。
とっても間近に玲伊さんの顔がある。
どういう状況、これって。
心臓が大暴れして、口から飛び出しそう。
「優ちゃん」
彼はもう一方の手を伸ばして、わたしの眼鏡に手をかけ、外した。
わー!
こんな麗しい顔にこんな至近距離で見つめられたら……卒倒しちゃうって。
ああ、でも、玲伊さんの目、なんて綺麗なんだろう。
瞳をとりまく虹彩が琥珀色だ。
今まで、気づいていなかったけど。
どぎまぎが限界まで達しているわたしを置いてきぼりにしたまま、彼は真正面から見つめてきた。