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花咲くイナリズシ!

21 - 第21話「ネタだけが増えて、夜が終わらない」

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2026年01月05日

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集中すると、時間の感覚がなくなる。

それは昔からで、良い癖なのか悪い癖なのか、いまだに判断がつかない。たぶん、悪い癖のほうだと思う。


東京都O田区O森。自分の部屋。

六畳。机は小さく、やる気だけが無駄に大きい。


狭い机の上には、ネタ帳のノートとペンと付箋。

それから開きっぱなしのタブレット。

お気に入りの、魚の漢字がたくさん書かれたマグカップ。


閉め切ったカーテン。外が夜なのか朝なのかも、もう判断できなかった。


ネタ帳どころか机中に貼られた付箋は、

何を書いたか判別不能のものや、

自分で書いておいて覚えていないものも多く、

もう付箋の意味をなしていない。


タブレットで『春の☆湯煎式』の動画を再生する。

歌、ダンス、トーク…そしてファンサで盛り上げ、締めに握手、チェキ、サイン…アイドルって、やること多いな。


 一時停止。巻き戻し。また再生。


「……今の、0.5秒くらいか」


誰に聞かせるわけでもなく、呟く。

独り言が増えるのは、集中している証拠だと思いたい。

決して陰キャの特徴ではない。


「ここ、絶妙な間を取ってる……」


ノートに書く。

えーと、寿司で例えるなら…

──いや、寿司で例えようとするのが、もう安直かもしれない。


アイドルが言いそうで言わないこと…それを見つける為にじっくり観察する。

声のトーン。間。表情。視線。語尾。


動画の再生回数を見て、少しだけ現実に引き戻される。


「……そりゃ売れるよね」


再生回数、百万回の内、私は何回見てるんだろう。

数えるのをやめた時点で、たぶん負けている。


「……そんなに似てるか?」

動画にアップで映るセンターのリソを見つめる。

私のほうが可愛い…わけないか。

覇権取ったアイドルと駆け出し芸人…月と月餅くらい違う。

アイドルなんて全く興味なかったなぁ…それが私と似てる?

同じ格好して踊れって?

無理無理無理無理かたつむり。


などと、とりとめもなく考えていたら、スマホが震えた。


リコからのLINE。


『今日は来んかったな。ウチは、ここで待ってるで』


画面を見つめて、止まる。

え、ちょ、今何時?

ちょっとネタ書いたら午後からでも行こうと…ぅゎ、初めてサボってしまった…。


頭の中で言い訳が三つ浮かぶ。

どれも送信するには、少し情けない。


「ネタがまとまらなくて」

「気づいたら夜で」

「宇宙と交信してた」


三つ目は論外だ。


返信欄に「ごめん」と打って、消す。

次に「今、すごくいいネタができそうで」と打って、消す。


頭を振り、スマホを伏せて、またネタ帳に向き直り、ペンを走らせる。


そのうち、カーテンの隙間から白い光が入り込んできた。


朝だ。

画像


コーヒーは、とっくに冷えている。

一口飲んで、思ったよりまずくて、少しだけ目が覚めた。


ネタ帳は付箋で厚さが3割増。

それでも完成には程遠い。

ネタの断片。オチ未満。ボツ以上。


ネタを考えるのは好きだ。

人と向き合うより、ずっと簡単で、正直で、裏切らない。


スマホを見る。

未送信のLINE。


「……あとで送ろう」


この「あとで」は、だいたい信用できない。


『春の☆湯煎式』の動画を、もう一度再生する。

再生ボタンの位置だけは、完璧に覚えた。


ネタは増えた。

独り言も増えた。

でも、たぶん私は少しだけ、『一人』になった。


──続く

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