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「それとね、人の噂っていうか、又聞きだから話半分で聞いてほしいんだけど、
恵子さ、大学生の時に付き合ってた人と上手くいかなくなって別れたあと、
荒れちゃって何ていうんだろう……男を誰彼なしに誘惑してるっていう噂があるのよ」
「うそ……」
「高校の同級生できれいな子いたの覚えてる?
田中澪っていたじゃない」
「う、うん。なんとなく……」
「その田中さんが彼氏とデート中に出先で恵子とばったり会って、
当時付き合ってた彼も一緒だったから軽く紹介したら、どういう流れなんだか
恵子の提案で三人でご飯でも行こうってとになったんだって。
それでその日三人で食事して田中さんたちとはその店の前で別れて
恵子はひとりで帰って行ったらしんだけどね。
よくよく聞いてみると、恵子がお腹がすいて堪らないから一緒に食事しようって
強引に誘ってたらしいの。
で、ことの顛末を聞くと、さもありなんってことで、結局恵子ったら
田中さんの彼氏に急接近して寝取ったっていう話。
すごいでしょ、びっくりよ。
その後、田中さんたちカップルがどうなったかまでは知らないけど
その時田中さん、かなり落ち込んでたらしいって人伝手に聞いたわ」
「……」
「あっ、桃、ごめんね。こんな嫌な話をしたりして。
恵子と桃の旦那さんの間に何もなくて私の単なる邪推で終わればいいと
思うけど、一応恵子には用心しといたほうがいいと思う。
もうね、私たちと一緒につるんでた頃の恵子じゃないみたいだから」
「うん、気をつけとく。
話しづらいことを教えてくれてありがと、舞。
私妊娠出産でしばらく世間から隔離されていて恵子のことちっとも
知らなくて」
「ね、さっき桃、切迫流産してずっと出産まで入院してたって言ってたでしょ?
もしかしてその時恵子、桃の入院先に行ってたりして……ってことはないよね?」
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桃は舞の核心をつく質問に心臓が早鐘のように鳴り出すのを止められず、
コクコク頷くことしかできなかった。
「そっかぁ~。
田中さんの時のことを鑑みてみると恵子と旦那さんの最初の接点は
そこかもね。その時産院で旦那さんと鉢合わせとかなかった?
「あった……うそっ」
この時絶望が桃を襲った。
「うっわぁ~、頼むよ恵子ぉー。
何もなかったと言ってくれぇ~。
私夫と一緒の時は外で恵子に会ってもシカトする。
絶対スルーするわ。
桃! とにかく恵子を旦那に近づけないようにね……」
舞のダメ出しのような台詞に桃は言いようのない不安に襲われた。
その後、舞が何を話してたのか……ただの音声としか捉えられず
自分がどんなふうに舞に別れの言葉を掛けたのかさえも朧気で、今まで
輝いていた自分の周りの世界が頭の中と同じように色を失くしてしまい、
平穏で幸せな今の暮らしが音をたてて崩れ落ちていく様が見えるようで
桃は自分の足元がグラグラと不安定に揺れるのを感じるのだった。
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◇さらなる絶望
家に帰ると、娘は寝ていた。
母親は用事があるからといつものように長居せずそそくさと自宅へと
帰って行った。
ポツンと一人の時間ができたこともあり舞の言葉で当時の切迫流産で
入院していた頃のことが思い出された。
定期的な子宮収縮が頻繁にあり子宮口が開きやすくなり入院した。
様子を見て症状が軽くなれば自宅安静に切り替われるかもと言われていて、
入院していた時にはフロア内の移動などは最小限にし、指示通りなるべく
ベッドで一日の大半を横になって過ごした。
そして一時退院の話も出たのだが症状が安定しなかったため、
結局そのまま出産まで入院したのだ。
産院が最寄り駅からそう離れていなかったということもあり、
俊は仕事帰りに毎日のように様子を見にきてくれるやさしい夫だった。
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◇淡井恵子
桃と恵子は中、高と同じ学校に通い仲がよかった。
中学の時は同じクラスにならなかったので見知っている程度だった。
それが同じ高校に進学をし、1年と2年時に同じクラスになったことから
一挙に親しくなった。
そして2年になると同じグループで過ごすようになった。
6人グループでグループ内で桃と恵子にはそれぞれ他に親しい友人がおり、
互いが大親友というのでもなかったがお互い通っていた高校のある地元に
住んでいて卒業後も年に数回の交流は続いており、お互いの結婚式にも
出席し合うというような仲だった。
なので、桃の夫の俊と恵子の面識はすでにあった。
たまたま外出先で桃の母親から桃が切迫流産で入院していることを聞いた日に
フットワークの軽い恵子が桃に会いに来てくれたことがあった。
◇ ◇ ◇ ◇
その日、俊も来ていて恵子と俊は産院で再会する形となる。
そして二度目の桃の面会で再度二人が鉢合わせをした日、ふたりは駅前に出て
カフェに入りお茶をして帰った。
この時にふたりはメールアドレスやら電話番号やらの交換をしたのである。
いわずもがなのこと積極的だったのは独身の恵子のほうだった。
恵子が暮らす実家と桃の自宅とは歩いて20分ほどの距離で、そのうち恵子が
俊が一人でいる休みの日に弁当を持って行くようになり、そんなふうにして
ふたりの距離が徐々に近くなっていったのだった。