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下野国 祇園城 小山晴長
「下野守様、お久しゅうございます。常陸介改め北条治部少輔と申します」
北条の使者として現れたのは小山家と面識のある北条綱種だった。話題の北条が現れたことで家中に緊張が生まれる。
「治部少輔殿、久しいな。早速だが、本題に入りたい。そちらもその方が良いだろう」
「ありがとうございます。では、率直にお尋ねします。下野守様は、いえ小山家は梅千代王様を支持する気はございますか?」
綱種が発した直球の質問に家臣らの空気がさらに重苦しいものに変わる。綱種の発言は小山と山内上杉、簗田の関係性を見抜いてのことなのだろう。すなわち小山は憲氏を快く思っていないと見ている。
一方で先日の件のように憲氏と梅千代王丸のどちらを支持するのかは小山家の中でも意見が割れていた。三郎太らが見つめる中、俺はゆっくりと口を開いた。
「そうだな、俺は梅千代王様を支持するつもりだ」
その言葉にやはりかという空気が漂う。尾張守も半ば悟ったような表情を浮かべていた。
「して、それを尋ねるということは北条は梅千代王様を擁立するつもりか?」
「はい、我が主は正式に擁立を決定いたしました」
「なるほど。いくつか問いたいことがある」
俺が綱種に提示した疑問は二つ。
赤子の梅千代王丸が公方になったところ元服までの期間の政務をどうするのか。また後見役を立てるにしても適任がいるのか、だ。
綱種が小さく息を吐く。
「これは話しておくべきでしょう。北条家は道哲様の遺児国王様とあお様を匿っております。殿は、相模守様は国王様を梅千代王様が元服するまでの代理として立てるお考えです」
小弓公方足利義明の遺児が北条にいるという新たな事実に家中のざわめきが大きくなる。
「たしか行方不明と聞いていたが、北条が匿っていたとなれば納得がいく。古河入りはその国王様が?」
「はい、梅千代王様はまだ赤子。小田原から離れられませぬ」
俺は腕を組んで思案する。国王丸を梅千代王丸の元服までの中継ぎで使うつもりか。あるいは梅千代王丸に何かあったときの駒でもあるかもしれない。
「なるほど。だが国王様が素直に権力を梅千代王様に渡すと思うか?」
「公方には梅千代王様がなっていただき、国王様はあくまでその後見役の予定ですが、下野守様の懸念も理解できます。梅千代王様が公方になった暁には北条の人間を護衛として古河に送り込むつもりです」
護衛とはいうが、監視も兼ねているのだろう。つまり国王丸が何らか動こうとすれば北条に感知されるわけだ。下手に動けば国王丸は消されるな。
それにしても北条も山内上杉も古河の私物化を隠さなくなったな。とはいえ、弱体化した今の古河のどちらが勝ったところで他家からの干渉を阻止できる力は残されていない。それは山内上杉と今川に支持されている憲氏も同じか。
「話は理解した。小山家は山内上杉と簗田には因縁がある。梅千代王様の擁立に協力しようではないか」
「感謝いたします」
その後、今後のやり取りを交わし、綱種は祇園城を去っていく。
「さて皆の者、俺の独断で北条の味方にすることになった。それについて一度詫びさせてもらおう」
「いえ、御屋形様のお考えは理解できます。山内上杉とは因縁が深い。梅千代王様を支持することは当然です」
俺は家臣の言葉に首を横に振る。
「太郎様を支持する者の考えもわかる。古河内部で争えばかつての繰り返しになり、小山もまた政争に巻き込まれる。それならば適齢の太郎様に公方になってもらって争いを回避した方が良い、とな」
憲氏派だった尾張守らの視線が逸れる。
「たしかに一理はある。だが、そちらを選べば山内上杉との和睦を余儀なくされ、小山を陥れようとした簗田の血を許すことになるし、北条と敵対することにもなる」
それだけではない、と俺は続ける。
「もし太郎様が公方となれば義父の山内上杉は我が物顔で古河を支配するだろう。しかしながら当主の五郎は上に立つ器量ではない。奴が好き勝手したところで新たな争いが生まれるだけだ」
大広間に沈黙が流れる。憲政の器量の問題は坂東にも知れ渡っている話だからだ。彼には大将として、政治家としての資質に欠けていた。
それに山内上杉と和睦することになれば小山家の進出先が大きく制限させることになる。安寧を求めるのならそれでも良いのだろうが、時代がそれを許さないことを俺は知っている。いずれ一国を支配していてもそれを大きく凌ぐ勢力が生まれることも。
そのためには梅千代王丸の擁立と憲氏一派の排除が今後の目標となる。
北条は国王丸の古河入りを目指して北上するそうだが、背後に今川が控えていることもあって簡単には動けないはず。
「事後承諾になったのは申し訳ないが、小山家は今後梅千代王様擁立に動くことになる。頼むぞ」
「かしこまりました。御屋形様がそこまでお考えならば我々はついていくだけでございます」
憲氏支持を訴えていた尾張守らがいち早くそう言って平伏すると、三郎太らもそれに続く。
正式に梅千代王丸擁立するために北条と手を結ぶことになった小山家だが、まだ味方は多くない。結城、桐生、佐竹、佐野といった同盟勢力の協力も得たいところ。
館林領の村が山内上杉方の羽生城の人間に襲われたとの報が入ったのはそんなときだった。