「ルーイ先生。念のため確認させて頂きますが、先生はどこの誰がシエルレクト神と契約を結んでいるか……魔法使いの身元などの詳細は知らないのでしたよね?」
「なんなのセディ。帰ってくるなり藪から棒に……」
ジェフェリーさんにこれまでの経緯を説明した。彼の表情からは驚きと戸惑い……そして不安が伝わってきて居た堪れなかった。自分なりに気を遣ってみたものの、あまり効果はないだろう。しばらくの間休息を取るようにと指示を出して、俺は再び先生のいる部屋へと戻って来たのだった。先生は最初に俺が訪れた時と変わらない体勢でベッドに横たわっている。
「申し訳ありません。事件を早く解決したいと急いてしまって……。ケガをなさっている先生をあてにするなんて情けない限りです。でも、ニコラ・イーストンの失踪にいち早く気付かれたのも先生ですから。引き続き助言を賜りたく存じます」
「俺はお前たちの手伝いをするためについて来たんだから、そこは気にしなくていいけど。魔法使いやシエルレクトに関することで、他に知ってる情報はないかってことね。そうだなぁ……」
役に立ちそうなことはすでにレオン様や俺に伝えたと、先生は天井を見上げなら思考を巡らせている。彼が意識していない、一見無関係であろう事柄にも重要なヒントが隠されている可能性は多いにある。三神よりも上位である先生が味方をして下さっているのは、我々の強力なアドバンテージだ。彼が俺に対して更なる見返りを要求してくるかもしれないが、背に腹は代えられない。
「……焦るのは分かるけどさ、セディもちょっと休んだ方がいいんじゃないの。顔色も良くないよ。なんならここで俺と一緒に寝るか?」
「先生、ふざけている時じゃ……」
「ふざけてないよ。焦りは正常な判断力を鈍らせる。セディは他人への気遣いばっかりで自分自身を疎かにし過ぎだ。責任が有る立場だから仕方ないかもだけど、もう少し肩の力を抜きなさい。休むのも仕事のうちなんだろ」
「抜いてもいいような状況ならそうしています。ですが、今は違う。先生だって理解していらっしゃるでしょう」
「それは、そうだけどさ」
「レオン様への報告は行いましたので、もうじき何かしらの動きがあるはずです。人員が増えれば一息入れることもできますから……気にかけて頂きありがとうございます」
先生はまだ物言いたげな様子だったが、この話題を続けることはしなかった。その代わりなのか、見せつけるかのごとく大きな溜息を吐いた。こちらの言い分が正しいから無理強いはしない。ダメ元と分かった上で休めと口にしたのか。先生が鋭いのか、俺が態度に出過ぎなのか……どちらにしろ要らぬ心配をさせてしまった。
「セディが安心して俺と一緒に寝れるように、事件を早く解決しなきゃいけないね。その時は余計なこと何も考えられなくなるくらい気持ち良くしてあげる」
「……休ませる気まったく無いですね。言っておきますが、私の精神的疲労には先生のそういったいかがわしい言動も大いに影響していることをご留意下さい」
「俺は添い寝しながらこの美声で子守唄でも歌ってやろうと思っただけよ。セディったらもしかしてエロい事されるかもって想像したの? わー……やーらしいんだ」
人の揚げ足とりやがって……添い寝だろうがなんだろうが、この方が横にいて安眠なんてできるわけがないだろう。
「自分に対して好意を向けている相手と同衾するなんて軽率なこと出来ません。下心持ちだと自ら仰っていたじゃないですか。先生は前科が有り過ぎなんですよ」
いつもの戯言に反論してやっただけ。それなのに何故か先生は、不意を突かれたように瞳を丸くしている。どの部分が引っ掛かったんだろう。毎度よくわからんとこに反応する方だな。
「……俺がお前のこと好きなの認めたな」
「はい?」
「ちゃんと告白もしてやったのにさ。セディ本気にしてくれないからもどかしかった。また無かった事にしようとしてんじゃないかって疑ってたよ」
「そんなこと……」
違うと言い切れない。だってそうだろう。いくら見てくれが人と変わらなくても先生は神なんだ。神が俺なんかを相手にするなんて……そんなの、真剣に受け止める方がどうかしてる。
言葉を詰まらせてしまった俺の顔を、先生は暫し黙って見つめていた。主と同じ紫の瞳。これに見つめられると、内側に秘めた感情を暴かれてしまいそうで大層居心地が悪い。時間にしたら精々数秒のことであったのに、ずいぶん長らくそうしていたかのような錯覚を起こした。
「今のセディは事件のことで頭がいっぱいだろうから、これ以上追求するのはやめてあげる。でもさ……」
痛みに顔を歪めながら、先生は上半身を起こした。俺の体は反射的に先生を支えようと動く。互いの間にあった距離が縮まり、向かい合うような体勢になった。
「先生っ、急に動いてはいけません! 安静にしていないと……」
「怒ってもいいし、殴ってもいい……でも否定はしないでよ。俺の気持ちを疑わないで。お前が信じてくれるまで何度でも言うから」
『ダメだ』と思った。これ以上この方の側にいたら取り返しがつかなくなる。引き摺り込まれてしまう。それなのに……どうして俺は――
「……好きだ。愛してるよ」
愛情を伝える言葉に拒否感を抱かなくなったのはいつからだろうか。口では嫌だ無理だと主張する癖に、行動が伴わないちくはぐな自分。結局のところ全部先生の言う通りだったんだ。認めたくなくて足掻いていただけ。彼と対峙している時に感じる、この胸焼けを起こしているような息苦しさ。性別、身分、立場、自尊心……己の気持ちと向き合うのを妨げていたそれらを全て取っ払ってしまうと、なんともあっさり答えが出てしまう。なんでよりにもよって今、このタイミングでと思わなくもないけれど。
「ルーイ先生、私は……」
俺にとって先生は特別だった。初めてお会いした時からずっと。神様だからとか、そういうことではなくて。レオン様へ向ける忠誠心とも違う。そうだ。俺はこの人のことが――――
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