「内藤さん。小田くんにいつも、こうやってキツく接していたんじゃないの? それじゃ、心変わりされても仕方ないよ。全て、小田くんが悪かったって言える?」
淡々と、冷静に、凛は内藤さんを諭していく。確かに内藤さんの関わり方は、酷かった。だから、小田くんは……。
「勝手なこと、言うなっ! 私だって。私だって、好きでこんなクズな人間になったんじゃないし!」
はぁー、と大きく息を切らした内藤さんはその場にしゃがみ込み、俯いてしまう。小春以上に大声を出し、子供みたいに泣き喚く姿は、先程までの邪悪さは一切なかった。
「……あんたに分かる? 彼氏が。ずっと一緒に居るって信じていた彼氏が、他の女を好きになった気持ちが! ずっと、ずっと、私を可愛いと言っていたのに、話だって聞いてくれたのに、パタッとなくなって、顔すら見てくれなくなった気持ちがっ!」
はぁはぁはぁ、と息を切らし、床に拳を叩きつける。悲しみと悔しさが、言動へと変わっていく。
……その相手が、小春だったのか。
「こんな地味で、メイクとかしなくて、髪も伸ばしっぱなしで、目も小さくて、存在感ゼロの女、どこがいいの! こんなの、ちょっと小さくて可愛いぐらいじゃない! 笑う時に口を隠すのが、良いとか? 出しゃばらない性格が良いとか? ……そんなの、私と正反対じゃないっ!」
「うわぁぁ」と喚く声は、あまりにも痛くて、悲しくて。小春の魅力を否定しているはずが、内藤さんは段々と自分には持ち合わせていないであろう良さを、声に出していた。
好きの反対は無関心というが、それだけじゃないのかもしれない。
好きの反対は、嫌悪だ。相手が恨めしくて、憎くて、視界にも入れたくないのに、関わりたくないのに、それでも気になってしまう。
自分と相手を比較し、勝ったと誇り、負けたと悔やみ、敗北を確信した時に、相手を蹴落とすことを実行する。
人間とは、なんて弱い生き物なのだろうか。
ピッ、ピッ、ピッ。
二人の指輪が規則的な音を鳴らす。
顔を上げた内藤さんは、小田くんの指輪に手を伸ばそうとするが、指を曲げ引っ込めてしまった。
目を閉じ、深く溜息を吐き、長い髪を手でグシャグシャにしてしまう。
相手の過ちを許さないと、死の指輪は外せない。だから、出来ないのだろう。
「っ……! あんたが悪いんでしょう! 私を好きでいてくれたら! そしたら私だって、こんな嫌な人間にならなくて良かったのに! あんたを助けられたのにぃ!」
「うん。分かってる。俺が悪かった。南は悪くない。だから、もう、やめてくれ」
拳を作り、床に何度も打ち付ける内藤さんの手を、小田くんは庇うようにそっと受け止めた。
「ほら。ほら、ほら! また、それっ! 私、知ってんだからね! 佐伯小春が好きなくせに、私とまだ付き合ってたのは、あの女の為なんでしょう! 別れたら、何するか分かんないもんね? 好きな女守る為に、付き合ったままにして、私のこと見張っていたんでしょう!」
「ち、違うよ……」
「嘘を吐くなぁー! 分かるんだよ! 分かってたんだよ! あえて、あの女から目を逸らしてただろっ! 学年集会も、二年の体育祭も、今この状況でも。あんたは、佐伯小春から目を逸らしてる! ……私から、守る為に!」
うっ……と、言葉に詰まり、小田くんが伸ばした手を避けて、床を叩き続ける。
「……ごめん」
内藤さんから目を逸らした小田くんは、力無い視線を小春に向けてくる。
涙を拭い、真っ直ぐに見つめる瞳には、抑えられない恋心、相手を想う愛、許されない気持ちが宿っている。
それらの感情が、また涙として流れてきたようだった。
そこまで小春を……。
小田くんとは二年で同じクラスになって、たまに話すことがあった。
二年になって付き合い始めた俺達は、クラス内で公認の関係だったし、小田くんも普通に知っていただろう。
だけどそのことに触れず、俺達の付き合いも一切聞いてこず、ただ軽く日常会話を楽しんでいた。
きっと、俺を通して、小春を見ていたのだろう。
今、穏やかに過ごせているのか、笑っているのか、俺に大事にされているのか。
不意に見せる無理に作った笑顔は、そうゆうことだったのか。
六月末。せっかく仲良くなれたと思っていた小田くんが、内藤さんと付き合っているとクラスの男子から聞いた。軽く話していていた成り行きで、確か中学の時から付き合っていたなーって。
別のクラスだったことに加え、交友関係とかに疎い俺は全く知らなかった。
なんでよりによって、あんな人と? そんな思いが溢れてきた。
小田くんは悪くない。いじめに加担していない。
そう分かっていたが、俺は小田くんと距離を取った。向こうも理由を察したようで、「ごめん」と言って離れていった。
……今まで、どんな気持ちで高校生活を送ってきたのだろう? どんな気持ちで、幸せボケしていた俺と接していたのだろう?
「南は、本当は優しい性格だもんな。中学の時に、クラスに馴染めず困っていた転校生とかにも、積極的に声かけてたもんな。……でも、本当は繊細で。相手がどう思っているとか、いつも心配してて。無理して笑って。影で泣いて。だから、そんな南だったから、俺は側に居たいって思って」
「うん……」
引き寄せられた小田くんに、体を預けた内藤さんは、しゃくり上げて涙を流している。
当たり前だけど、二人にも出会った時があり、小田くんが内藤さんを守りたいと思った時もあった。
俺は冷酷な姿しか知らないが、以前は優しくて、困っている子に手を差し伸べて、余計なお世話をしているかと悩んで。そんな、普通の女子だったんだ。いじめとか、無縁な人だったんだ。
なのに、恋人の心変わりによって、彼女をここまで狂わせてしまった。
「ごめん。俺は南を許せない……。俺のせいだと分かってるけど、あれは……ダメだ」
「分かってるよぉ。そんなの、わかって」
「そうさせた、俺が悪い。だから……一緒に……」
「……うん」
力無く呟く声は、指輪より鳴る大きな警告音により消えていく。
「みんな、離れてくれ!」
小田くんの叫び声に、ようやく爆風に巻き込まれると気付いた俺は、力無く机に俯く小春の体を全力で突き飛ばす。
共に倒れ、それでもまだ爆風を浴びる範囲に居た俺達は、倒れたまま動かない小春の手を全力で引く。
倒れた人間を引っ張るのは、これほどに大変なのか?
何故か引き寄せることが出来ず、駆け寄ってきた凛と力を合わせて教室の端に寄せることが出来た。
息を切らせ、四人で身を寄せ、避けられない時を待っていると、無情にもその音は響いた。
ピッ、ピッ、ピーー。
相手の過ちを許せなかった罰。
それにより、二人の体はバラバラになってしまった。
どうして小田くんが、小春に心変わりしたのかは、もう分からない。
しかしそれを感じ取った内藤さんは、友達を巻き込んで小春をいじめるようになった。最終的には、あれほどのことをしてしまった。
人間とは、どれほど残虐になれる生き物なのだろうか?