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あや
その事実が、穂乃果の胸に鋭い氷の楔を打ち込んだ。
結局、場所や時間が無駄だったのではない。「安住穂乃果という人間」が、彼にとってそこまでしてやる価値がなかっただけなのだ――。
薄々は気付いていたが、改めて現実を突きつけられたようで苦しい。
溢れ出しそうな惨めさに、穂乃果が瞳を伏せようとしたその時。
「……穂乃果、顔を上げなさい」
穂乃果の異変を感じ取ったナオミの低く、凛とした声が耳元で響いた。
気づけばナオミは、自撮りに夢中な二人から穂乃果の姿を隠すように、そっとその肩を引き寄せている。
「よく見なさい。……あんな薄っぺらな女の言いなりになって、寒空の下で不機嫌を撒き散らしている男。……あんなの何処がいいの?」
ナオミは冷ややかに微笑みながら、スマホのカメラ越しに二人を凝視している。
画面の中の直樹は、里奈のワガママに顔を顰
め、吐き出す息さえも苛立たしげで、かつて穂乃果が素敵だと信じていた面影はどこにもなかった。
一歩引いた目で見れば、直樹は思いやりがなく、傲慢で不遜な男だとわかる。
「ナオミさん……」
「アンタが悲しむ価値なんて、一ミリもありゃしないわ。……むしろ自分達の方から証拠を持って来てくれたことに感謝すべきね」
「え?」
「あの二人に証拠が無いって言われたんでしょう? まぁ、ここでキスの一つでもしてくれたら立派な証拠になるんだけど……。胸糞悪くなるだけだから行きましょ。『お似合いの二人』は放っておけばいいのよ」
ナオミはフッと冷ややかに鼻で笑うと、手際よくスマートフォンをバッグに滑り込ませた。
確かにそうだ。証拠が無いのなら今からでも集めればいいじゃないか。
しかも都合のいい事に、向こうはこちらに気付く様子は全くない。自撮りライトの光に目を眩ませ、自分たちの薄っぺらな世界に没入している直樹たちは、すぐ傍らに穂乃果が居るとは微塵も思っていないのだろう。
「行きましょ。気付かれると面倒な事になりそうだし。もう少しこの素敵な景色を眺めていたかったけれど、興が削がれたわ」
ナオミがそう言って穂乃果の肩を抱き、翻した瞬間。
運命の悪戯か、自撮りに飽きた里奈がふとこちらを振り返り、バチっと目が合った。
「えっ? うそっ穂乃果?」
「……っ!」
しまった、と思った時には既に遅かった。里奈の声に弾かれたように、直樹の視線がゆっくりと穂乃果へと向けられる。逃げ出したかった。けれど、冷たい蛇に睨まれた蛙のように、穂乃果の足は地面に張り付いて動かない。
「……なんでお前がこんなところに? あぁ、もしかしてアレか? 俺が連れて行ってやらなかったから一人で来たのか? 前から見に行きたいって言ってたもんなぁ。強がってないで言ってくれたら連れてきてやったのに」
直樹は鼻先で笑いながら、里奈を抱き寄せる腕に力を込めた。かつて願ったときには「ガキみたいなことを言うな」と一蹴した男が、いま、別の女を連れてその場所に立ちながら、自分に慈悲をかけるような真似をする。
その厚顔無恥さに、穂乃果の胸の内で苛立ちが大きくなった。
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