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虚空に漂い続けてる夢を見ていた。
何もない空間。
時間の感覚はない。ずっと意識があったのか、それとも今この瞬間に意識を持ったか。
鐘の音がする。
どうやら私の番のようだ。
目の前には弓に押し潰されているエルフ少女がいる。一応このやりとりは分かってはいるがそれでも目にした状況は意味不明である。
意気消沈したかのように見えるエルフの状態を理解した私は手ごろな弓を薦めてみる。
私を見てすぐに元気になった少女は元気さを空回りさせてまたもや意味不明であった。
いや、全く分からないものでもないか。いまこの街にエルフはこの子しかいないのだ。私を見て興奮するのも仕方ない。
とりあえず落ち着かせよう。こういう子は飲み物と甘いものを与えればそれに夢中になるはずだ。
静かとは言えないがとりあえずは落ち着けたようだ。そしてこのお茶を利用して事を進められればスムーズでいいな。うむ、そうしよう。
この子は弓が使えるようになりたいという。だがそもそもの何故弓が使えないのかというところを疑問にしていない。意識の外に追いやっていると言うわけでもない。愚直。素直で、愚か。
子どもでも出来るとダリルは煽るが、それが自分に出来ないことを何故と追求しない。不器用や鈍臭さとして、練習すればいずれはと信じているのだ。
この子は振り向かないように生きてきたのだろう。底抜けに明るく、思慮が足りない。何かを考えないようにするために。大きな子どもであり、それを本人が良しとしている。
彼女の放った矢は飛ばしたそばから真横に向かう。弓の扱いは問題ないのに、彼女の周りには制御出来ていない無意識下の魔力の奔流がある。それが彼女が意識して飛ばした矢を前に飛ばさないようにしている。
私の手本を目を輝かせて見る彼女と、先ほどからの私の処置の意味を当然理解しているダリルは私に彼女を預ける事にしたようだ。
この街にエルフは居ない。それはエルフとしての正しい生き方を教えられる人がいなかったと言う事だ。
息の仕方、風の囁きに耳を傾けることも、共にある自然からの誘いも、彼女は気づいていないままここまで成長している。
そんな彼女に伝えるには、体験させる事が1番だろう。
友達の召喚も、魔力の扱いも、闘い方もだ。
そんな彼女が客としてきたからこそ、私はエルフなのだ。存分に味わわせてやろうではないか。
きゃあきゃあと賑やかではあったが、何とか彼女の中のエルフを解放する事が出来た。いや、私を通じてした事がそれ以上に影響を濃くしている。もはや外のエルフでさえ彼女にはそうそう及ぶまい。比較対象のないこの子がそれに気づく事があるかは知らないが。
しかしこの子の思考はとても楽しいものだった。感情など忘れていそうなものだったのだが、実に──楽しかった。
楽しい、ばかりで溢れかえっていたこの子にもう少し生き物らしい思考と感情を芽生えさせるのは苦労もあったが、概ね楽しいものだった。彼女の変化を間近で見られて良かった。
今を、これからを生きるこの子の糧になれる事を幸せだと思える。
この感情が自分のものなのか、与えられたものなのかどちらでもいい。幸せと思えて消えていけるのなら。
空を飛ぶ鳥の背で、彼女は優雅にお茶を飲んでいる。行きはあんなに震えて耐えられない環境も、エルフの特性が風を友としティータイムを実現させている。彼女はそれにはまだ気づいていない。ゆっくりと飛んでるからと言った私の言葉を信じている。私の事を全面的に信頼してくれているのだ。
一時はどうなる事かと思ったとか、わたしもあんな風になりたいとか、そんな事を私に話してくれる。
今の彼女は私に憧れて、私を好いてくれている。その笑顔が愛おしい。その笑顔が曇らないように守りたい。
「やっぱりロズウェルさんのお茶とケーキは好きだなあっ! いくらでも入るよー」
嬉しい言葉だ。もうそのティーセットは君には必要ないのだが、喜ばせたいだけで振る舞っている。
「ダリル、今回の収穫だ。君にこれを渡せることを嬉しく思う」
「ありがとう」
そう言って飴玉を受け取るダリルの顔は浮かない。
「今の君の精一杯と言ったところかな。こちらこそありがとう。あとは今夜……」
「ああ」
「……もう少しだけ、今だけは私のファンの彼女を見ていてもいいかい?」
「ああ」
ケーキを照明にかざしてニマニマする彼女はアホっぽくて可愛くて、愛おしい。
もう、鐘は鳴らない。もうじきに彼女は私を忘れるだろう。
それらの全ては私ではなくダリルに向けられるものになる。
嫉妬などしてはいけない。これはそういうものなのだから。
何か、忘れ物でも思い出したようにケーキを置き、フィナはこちらを振り返った。
「ありがとうね、ロズウェルさん。わたしはあなたが憧れでずっと好きだからね?」
この先の事を分かっていて言ったのか。その目はすでに私を見ていない。気を取り直してティータイムを再開した麗しいエルフを店から出るまでの間、見続けていた。
誰も居なくなった店内でダリルと私が椅子に腰掛ける。
「辛い思いをさせてしまったな」
ダリルは気遣いが出来ないわけではない。余りそれを出さないだけだ。だがあえて口にする必要があればそう声を掛けてくれる。
「ああ、でも彼女の救いになれた事は私の幸せだと思う。そう、私は今幸せなのだ。だから、それよりは笑ってくれ」
かつて見たこの男の笑顔が再び見れたことも、幸せなのだ。
私は後ろに束ねた髪を切り、ダリルに手渡す。
「私の残滓が彼女の力となれるよう……」
視界が光に満ちて、無が訪れた。