「同じ部署の奴らは、仕事をうまく回していくための大切な仲間だ。だから『諍いの〝芽〟になりそうだな~』と感じたら、少しずつ懐柔してったな」
「え? どうやって?」
私は興味を持ち、少し前のめりになる。
「ちょっとトゲトゲした雰囲気があったら、飲みに誘ってうまくそいつの抱えてる不平不満、コンプレックスを吐き出させて、まるっとフォローして味方につけてた」
「わぁ……、サイコパスだ」
恵はドン引きしている。
「でも、道理でうちの部署、雰囲気がいいと思いました。個人の性格が原因でトラブった事はあるけど、ギスギスはしてませんよね」
「そう、人間関係っていう土台を綺麗に整えておくと楽に働けるワケ。職場が庭なら、上司は庭師。ちょいちょい様子を見て、手入れをするのが俺の役目」
それを聞き、恵が頷いた。
「あー、確かに『速水部長と飲みに行った』って言ってた人がいたかも」
言われて思いだしたけれど、ちょっと前の私は〝部長〟が嫌いだったからあまり〝部長〟を褒める言葉を聞き入れていなかったかもしれない。
「そうやって俺は〝うちのこ〟を大事にするワケ。あとは管轄外だし、さっきの話に戻るけど、仕事の話じゃないなら『知るか』って感じだな。そいつらを俺のプライベートにも、人生にも関わらせるつもりはねぇ」
割り切った考えを聞き、私は「はー……」と感心する。
「たとえば今回みたいに仕事以外の事でクソミソに言われても、ぶっちゃけ仕事に影響ないならどうでもいい。人から悪く言われるなんて、俺には〝今さら〟な事だし。それに、世界中の人間に好かれるなんて無理だしな。2:6:2の法則って知ってるか?」
「聞いた事はあるかも」
恵が頷いてジェノベーゼをフォークで巻く。
「パレートの法則から派生したもので、意欲的に働くか、怠けるかの割合の話なんだが、色んなものに応用できる。人間関係に当てはめるなら、二割の人は嫌われないように努力しても俺を嫌う。なら、努力して心を痛めるだけエネルギーの無駄。活火山のマグマを、バケツの水を使って一生懸命消化しようとするもんだ。それに六割の奴は俺の事なんてどうでもいいと思ってる。なら、残り二割の人を喜ばせて、自分も一緒に幸せになる道を選んだほうがずっといい。視線を向ける先を変えるだけで、そこには常夏のビーチがあって可愛い恋人と美味い飯、綺麗な景色がある」
尊さんはおどけるように言ってニヤリと笑うと、オリーブを口に入れた。
「割り切っているように見えるだろうけど、優しくしてくれる人には丁寧に接しているつもりだ。こう見えて季節の挨拶にハガキを送るとか、マメにしてる」
「へぇ~、意外!」
恵が目を見開いて驚く。私も彼がアナログでハガキを書くと思わなかったので意外だった。というか、尊さんの手書きメッセージほしい……。プレミア価格で買う。
「……理解はできるんですが、私は尊さんみたいに割り切れないかな。どうしても人目を気にしてしまうかもしれない」
そう言うと、彼は小さく笑った。
「朱里は周りの人に期待してるからだと思う。俺は関わりができたら相手に期待するけど、話した事のない奴はどうでもいいかな。そういう意味で、俺は他人に興味がないし、期待もしてない」
「そっか……」
私は彼の言いたい事を理解し、溜め息をつく。
「俺、あんまりSNSをやらねぇし、その他大勢からどう思われるかとか、本当に気にしてねぇんだよな。皆、『共有したい』とか『自慢したい、見て!』『吐き出したい』って思って投稿、シェアしてるだろうけど、顔も知らない奴を気にしすぎるのは非生産的だ。それより実体験として色んな経験を積みたい。俺はネットよりリアルのほうが大事だ」
「はー……」
割とSNSを見ちゃってる私が感嘆の溜め息をつくと、恵が頷いた。
「私もあんまりネットやらないし、それは賛成かな。つらつらと見てたらムカつく事が書いてあったり、情緒不安定になるんだよね。それだったらキャンプして火見るわ。これが本当の〝炎上〟」
「あっははは! さすがアウトドア派!」
私は思わず声を上げて笑う。
「SNSを悪いとは言わねぇけど、生活の中心がネットなのは、現実を見てねぇ証拠かな。ネットでどう評価されようが、リアルの生活にはほぼ影響がでないんだよ。だからネットとはほどほどの付き合いが大事だと思う。まぁ、暇になったらいつでも俺を見てくれよ。飽きさせねぇから」
尊さんは最後にそう言い、自分を指さしてニッコリ笑った。
「やだぁ~……。まじめな話のあとに、さりげなく惚気入れてくる男、やだわぁ……」
恵がげんなりした顔をし、生ハムをモシャモシャ食べる。
「速水尊はこういう男なんだよー」
私は「んふふ」と笑ってサラダの残りを取り皿にとる。
「でも説得力あるなぁ。私は尊さんや恵の強さっていうか、一本芯があるところに憧れてる。きっと考え方が根本的に違うんだろうね」
私は運ばれてきたサングリアの果実を、マドラーでクルクル回しながら言う。
そんな私の言葉を聞き、尊さんは小さく笑った。