テラーノベル
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あの日から、1か月が過ぎた。
季節も少し巡ったようだ。朝の風が少しだけ優しい。荒れた地面にも新しい草が芽を出している。
ニュースによれば、救援軍は事実上解体。上陸していたアジアからの軍隊も撤退したという。
その中にはユエ大佐の空挺部隊も入っていた。
あの反転攻勢の日、奴らは事実上何もできなかった。そこにゲリラ、多国籍軍が殺到。戦闘もほとんどなしに武装解除となったのだ。
その後、北畠首相とゲリラ、それに国際支援部隊による会議が行われ、日本は再び民主主義統治となった。
結果、暴力の止んだ街。
そこでは確かに「終わり」が成し遂げられたと思う。
そして、僕たちにとって、新たな始まりでもあった。
未だに、都市の一部は封鎖され、通信も限られている。僕たちの手が届く範囲はまだ限られている。
だが、少なくとも、東京から中部にかけての地域では、仮の行政とインフラが回り始めた。
もっとも、それを動かしているのは政府じゃない。
僕たちが組み上げた量子通貨と物流の最適配分システムなのだ。
鎌倉の避難所から始まったあのネットワーク。瓦礫の中から生まれた、もうひとつの日本の仕組み。
おそらく、1年後には全国の流通がそれで回ることになるだろう。
僕は、パソコン上のデータを眺めながらエンジェル=ルーズベルトやゲーム仲間と話していた。
彼らによると、東海地区もシステムに加入完了。現在の接続避難所数は460箇所。量子コインの使用者数は168万人に広がっていた。
だが世の中そう簡単にできていない。僕達の成功は新たな敵を呼び寄せた。
古い政治屋たちだ。
「君たちがこんな勝手なシステムを作るから、行政が混乱するんだ!」
「政府の承認なく通貨を発行するなど、違法行為だ!」
会議室でそう怒鳴り散らすスーツ姿の老人たち。
僕はコーヒーを飲みながらあくびを噛み殺した。なにしろマジで徹夜が続いていたからね。思わずコックリしたら、だから若い者は礼儀をしらん、なんて説教を食らった。
以前の僕だったら「すみません、すみません」と言い続けて頭上の嵐が過ぎ去るのをただ待っていたと思う。
だけど、僕も少しは成長した、というか面倒なことはそのまま堂々と逃げるようになってきた。
美咲によるともう一つの人格と少し混ざってきたんじゃないの、って警告されている。
「ちょっとトイレ行ってきます」
僕はそのまま脱走した。
そのあと、案の定妨害工作がいくつも入りだした。
なんでも、僕を逮捕しようって動きもあるらしい。
さらに、いくつかの旧官僚組織がネットに流言を流し、システム障害を起こさせようとした。
だが、僕たちはもう慣れていた。
なぜなら、すでに誰が裏切り者かわかっていたから。
3日前、服部日菜から連絡があったのだ。
「ヤッホー愛する隼人、元気?」
うーむ、この軽さ、どうにかしてくれ。
隣の美咲が僕の足を思い切り蹴る。
「うむ、あんまり元気じゃないな。政治家の爺さんたちとの会議に呼び出されたよ」
「さすがの金窪流剣術もそこじゃ役に立たないようね」
「こういうの、ほんと苦手」
「そうだ、美咲ちゃん、そこにいるよね」
「日菜、ご無沙汰」
「北条の姫も久しぶり。ところでさ、あんたたち、気をつけなさいよ。寝首を掻かれるわよ」
「もうズタズタよ」
「マジマジ。あんたたちが相手しているのはこの国を売り飛ばした奴らよ」
「え、北畠と救援軍は終わったんじゃないの?」
「おい、北条、しっかりしろ。これから服部一族が重要な話をするからな。これがあればお前たちは助かる」
僕と美咲は顔を見合わせた。
「まず、そもそも誰の陰謀だったかだ。いいか、始まりはお前の親父さんが発表した暗号通貨の問題とアホな首相が暗号通貨を停止したことからだぞ」
僕は思い出した。あのおかげで親父は仕事を無くし、母さんもいなくなったんだよな。
「あの時の大暴落で日本のトップの富豪たち、それと裏の政治資金を暗号通貨で回していた超大物政治家が資産の七割を失ったんだよ。一番の被害者は黒幕の醍醐秀雄よ。そこに海外の奴らがつけ込んできた。彼らは失った資産を何倍にもして返すことができるよって言ってきたんだよ」
「失った財産なんだろ?戻るわけないでしょ」
美咲
「もしだよ、日本が破産して、預金封鎖して、新しい暗号通貨を流通することになったらどうなる?」
「そうか、失ったし暗号通貨資産と連結交換できるようにすればいいのか。でもさ、やっぱ元手がないじゃん」
「ふざけたことに預金封鎖したお金を財源にしたのよ」
「え、じゃあ、私たちのお金を使ったってこと?」
「簡単に言えばそんな感じらしいわ」
「でもさ、日本は破産なんて簡単にしないだろ?」
「実際かなり財政状態は悪かったからね。何か引き金があればってところかな」
「そうして地震が起きた、てことか」
僕は唸る。
「これは偶然だけどね。だけどそこで一気に奴らのプランが大きくなったのよ」
「願ってもないチャンス到来ってこと?」
美咲が低い声でつぶやく。
「そう、海外勢も第2列島線の確保が至上命題だったからね。カモがネギ背負ってきたようなもんよ。そっからはみんなが知ってる通り」
まあ、そうだよな、ひでえ陰謀。
「でね、こっからがポイント。これらの反逆行為はね、以前から服部の情報網に引っ掛かってたのよ。だけど私たちも地震が来るとは思わなかったの。これについては遅れをとったわ」
そりゃそうだ、自然災害は神様しか知らんぞ。
「だからね、この陰謀に関わった黒幕の証拠書類、会話のビデオに音声、全部あるわ」
「黒幕って誰なの?」
美咲が突っ込む。
「醍醐秀雄。かつては日本で一番の資産家であり投資家よ。北畠首相はこいつの傀儡に過ぎなかったわ。そして最近は存在を隠して院政を引いているわ」
「あ、僕も聞いたことあるぞ。そうか、こいつが裏で日本を売ったのか……」
「そうよ。でも私たちからすれば見え見えよ」
「マジか、さすが伊賀忍者の末裔……」
僕はちょっと恐怖を覚えた。
「でね、罪滅ぼしじゃないけど、これ、みんなあげる。好きにして」
「は?」
「あなたたちを葬り去ろうとしている奴らに逆襲できるってこと」
僕と美咲は顔を見合わせた。
「だけど日菜、それって醍醐だけなの?」
さすが美咲。ツッコミどころが鋭い。
「うん、恥ずかしながら、そういうことだね」
「それじゃ黒幕しか潰せないのね」
美咲の残念そうな声。
そうなのだ、今面倒な相手は黒幕の手下なのだ。そいつらをどうにかしないとまた日本はおかしなことになる。
あれ?!そこで僕は思い出した。
鎌倉の親父の書斎を漁っていた時、暗号通貨のブラックマネー蓄財リストがあったぞ?
そうだ、U S Bメモリーにコピーしておいたはずだ!
「日菜、もしかして、俺、醍醐とその一党全員のリスト持っているぞ」
「え、なに、どういうこと?」
「親父が防衛庁にいたときに密かに情報を集めていたんだ。そのデータある」
「マジか、それ、どこに?」
「僕のP C」
「それよ、日菜、そのリストをもとにあなたたちで醍醐と一党の悪事を公表できないの?」
「姫、攻めるね。うーん、確かにそのデータがあれば陰謀を完全に明かすことはできるな」
日菜の声が明るくなる。
「そうよ、それよ。そうすれば服部一族だって顔が立つわ」
「わかったわ。友情の証としてボーナスプランをつけてあげる。服部一族のバックアップ付きで公表してあげる」
「なんか裏はないよね?」
僕はどうも悲観的らしい。
「大丈夫、キスした仲でしょ!」
「してないって!」
「あはは、ちょっと親父と段取りするわ。また連絡する」
そういって服部日菜は通話を切った。
美咲が僕を見つめる。
それから宙を睨む。しばらく腕組みをしていた。
「乗りましょう、新しい日本のために」
「大掃除だな」
僕も頷いた。
「で、キスしたの?」
美咲が僕の脇腹にパンチを入れた。
い、いてぇ、大佐にやられた肋骨、まだ治ってないんだよお。
翌週、ネットも地上放送もこれ一色だった。
「大スキャンダル発覚」
僕らは救援軍との間で交わされた各種証拠書類、音声データ、秘密口座、そして裏金の履歴。全部晒したのだ。
彼らはもみ消そうと強力な圧力をかけてきた。だが、服部一族が立ち塞がった。
さらに翌週、ニュースは彼らの辞任、その後の逮捕を報じていた。
新首相は喜連川さくら、35歳。歴史上最年少の首相となった。
で、騒動がひと段落。今や政府は新しい世代の若い人たちが受け継いでいる。まだ生き残った旧体制と多少揉めているようだが、良い方に向かっていると思う。
でも、僕はこういうの、ほんと苦手。
美咲に丸投げして鎌倉に逃げ帰った。彼女は恨みがましい顔で僕を見る。
でも、さすが、姫。彼女は人の使い方がうまい。
「もう無理!」
そういって、喜連川さくら首相のチームに全部預けて彼女も逃げ出してきたのだ。
僕たちは2人で復興ボランティアに戻ることにした。
汗を流して瓦礫を運ぶ。家屋を掃除する。
僕は一輪車を押す引き締まった彼女の後ろ姿に見惚れる。
彼女は避難所で食事を作る。
キュッと上がった口元と可愛いエクボの笑顔で配られるお皿、みんなうれしそうだ。
誰かが
「ありがとう」
って言ってくれるだけで、それで十分報われた気がするんだよな。これは本当だ。
ある午後、僕たちは港の近くの仮設住宅で作業をしていた。
建設作業は手間がかかる。
うー、腰にくるなぁ。なにしろ、土台をつくるためにずっと穴を掘り続けていたからね。
あー、背中を伸ばした。
その時、後ろから声をかけられた。
「よう、働き者だな」
振り向くと、そこに迷彩服にヒゲ顔の男が立っていた。
なんと、親父だった。
「おい。死んだんじゃなかったのかよ」
思わずスコップを落とす。
「誰がそんなこと言った? 俺は約束を守る男だ」
そう言って、ゲジゲジ眉に例のにやけ顔。まるで何事もなかったような顔をしてやがる。
「ケ、マジかよ。爆発の映像、見たんだぞ」
「実はな、あそこの地下には戦時中のトンネルがいくらでもあるのよ。そこの一番深いやつに逃げたんだ。その後、皇居と結んでいる、ほら、あのいわく付きの通路を使って脱出ってわけさ」
「なんで連絡しなかった!」
「いや、連絡したら心配するだろ?」
「するに決まってんだろ!」
「はは、お前ら、やっぱり親子だな」
知らない女性の声。
親父の隣に、一人の女性が立っていた。
短く切った黒髪、切れ長のアーモンド形をした目。迷彩服をカッコよく着崩している。
「紹介しよう、彼女は三浦澪大尉だ。俺の上司だ、そうだ、お前メッセンジャーで通信したことあったろ」
「え、あの澪さん、上司だったのか」
「もちろん、優秀な人だ」
美咲がすぐ隣で腕を組む。
「へぇー」
とだけ言った。
その声の温度が、少し低かったって気がしたのは僕だけか?
親父が僕の背を叩く。
「お前もだろ? そこの美人とずっと一緒じゃねぇか。彼女か?」
「余計なこと言うな!」
美咲は真っ赤になって俯いている。
「ち、違わ……」
「まあまあ、若いってのは、良いことだ」
親父は笑って、空を見上げた。
その空は、もう灰色ではなかった。澄んで、どこまでも高かった。
「それで、親父はこれからどうするんだ?」
僕が訊ねる。
親父は真顔になった。
「これから西日本だ。九州はまだ残党が支配しているだろ。そこに残っている民間人の救援に向かう」
「また戦うのかよ」
「戦うっていうか、守りにゆくんだ。僕たちはもう、ただのゲリラじゃない」
そう言って、親父は僕の肩を軽く叩いた。
「お前はここを頼む。新しい日本を作り直すのは、お前たち若い世代だ」
僕は頷いた。
「親父、気をつけろよ」
「おう。任せとけ」
そう言って、親父は澪さんと一緒に去っていった。
「あなたのお父さん、無事でよかったわね」
美咲がものすごく、平凡なことを言う。僕は思わず彼女に振り返った。
なんか、姫は、ぽぉーっとした顔をしていた。
その夜。
僕と美咲は海の見える高台に座っていた。
街の灯りはまだ少ないけれど、あちこちに小さな明かりが点々と揺れている。
まるで、夜空に落ちた星みたいだった。
「ねえ、隼人」
美咲が僕の肩に首をもたせかける。
「ん?」
「これから、どうなるんだろうね」
「さあな。でも、多分、馬鹿みたいに忙しいんだろうな」
「そうね」
「それと、また戦うことになるかもしれない。けど、今度は前を向いて守るための戦いだろうね」
僕の頭には親父の後ろ姿が残っていた。
美咲は小さく笑った。
「親子ね」
「あの日、鎌倉のスーパーで出会った時から、ずいぶん遠くにきた気がするよ」
僕は彼女の腰に手を回して柔らかい体をそっと引き寄せる。彼女も、僕の手を探る。
今日の彼女は華やかな匂いがする。
「そうね」
美咲が隣で微笑んだ。
きっと明日も同じ朝が来る。だけど、それは新しい日本だ。
そして、それは『大切な人と笑って分かち合える未来』になるはずだ。
「姫。次の現場が待っておりまする」
「相分かった、隊長」
軽く笑い合い、僕たちは次の復興へと歩き出した。
(了)
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