第16話:操作を拒む都市樹
都市樹の東縁、“緩応層(かんのうそう)”と呼ばれる枝帯では、
ふだん外部との命令のやり取りを受け持つ**応答幹(おうとうかん)**が伸びている。
そこは、操作士の訓練場でもあり、実地で都市とつながる最前線でもある。
けれど今、その一帯で、一切の命令が届かなくなっていた。
「また……だ」
ルフォが枝の上に立ち、命令歌の余韻だけを残して、
広がる沈黙を見つめていた。
彼の羽は丁寧に整えられた金色。
尾羽の焦げ茶は、以前よりも薄まり、やわらかな褐色に変わっていた。
だが、今日の彼は**“歌うことを選ばなかった”。**
「操作歌、コード番号403……反応なし」
詠唱士のひとりが報告する。
その者の羽は深緑。やや黄色がかった光沢を持つ。
しかし、その翼は、どこか不安にすぼまっていた。
「枝が……命令を“聞いていない”のではなく、**“聞こうとしていない”**ように感じる」
そのとき、背後からシエナが現れる。
ミント色の羽が風を受けてなびき、尾羽の透明膜がきらりと光を揺らす。
その肩にとまるウタコクシは、静かに翅を開いたまま、振動を止めていた。
シエナは言葉を持たない。
しかし、尾羽で短く光を反射し、周囲の枝に「観察中」のサインを送る。
ルフォが静かに言った。
「都市樹は、もう“動かされること”に疲れてるんじゃないか」
命令の通らない理由。
それは構造の劣化ではなく、意思の鈍化。
いや、拒絶。
「“命令すること”に依存しすぎたから……
都市が、“命令される前提”を捨てようとしているんじゃないか?」
そのとき、枝の奥から――
**ひとつの緩やかな“脈動”**が発生した。
それは、誰の命令でもなく、
光でも、匂いでもなく、
ただ、樹が自発的に放つ鼓動だった。
ウタコクシが震え、
シエナの尾脂腺から、未記録の匂いがわずかに香る。
それは「目覚め」「空白」「再編成」を示すとされる微細な情報化学。
枝が、それに反応した。
命令ではなく、“観察と共鳴”にのみ応じている。
ルフォはゆっくりと羽を畳み、
声を出すことなく、
光を送ることもなく、
ただ枝の上で、静かにそこにいることを選んだ。
命令しない都市。
動かされることをやめた都市。
それでも共に暮らすという選択は、
きっとまだ可能なのだ。
そして、その夜。
誰も命令していないのに、
都市樹のある枝が、わずかに葉を開いた。
それは、**拒絶ではなく「問いかけ」**だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!