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#極道
鷹槻れん

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#初めて
※この物語はフィクションです。
作中の受験制度や日程、進路に関する描写は、実際のものとは異なる場合があります。
あくまで物語としてお楽しみください。
これから受験をされる方は、実際の制度をご確認ください。
『第二十六話 失うもの』
──
会社へ向かおうとしていた悠真は、千夏の家の前でただならぬ気配を感じた。
「千夏!」
振り返ると、千夏の家の前で女性が叫んでいる。
「どうしたんですか?」
「千夏が……娘がいないんです!」
「え?」
「昨日、熱があったのに……朝起きたら、もう……」
悠真の顔から血の気が引いた。
「試験会場……」
「え?」
「あの、家に居てください。何かわかりましたら、連絡します!」
唖然とする母親の顔を背に、悠真は駅前に駆け出す。
タクシーに乗り込むと、千夏から聞いていた大学を運転手に告げた。
──
大学の正門前には、救急車が停まっていた。
人だかりができている。
その向こうに、ストレッチャーが見えた。
「……!」
悠真は駆け寄った。
救急隊員に止められながらも、ストレッチャーの上にいる千夏の姿を確認する。
「千夏ちゃん!」
薄く目を開けた千夏の唇が動いた。
「……お兄様……?」
「大丈夫だから」
悠真はそう言って、千夏の手を握った。
救急隊員が尋ねる。
「身内の方ですか?」
一瞬、悠真は言葉に詰まった。
「……兄です」
その言葉を聞いた千夏は、安心したように目を閉じた。
救急車の扉が閉まる。
サイレンが鳴り、車体がゆっくりと動き出した。
悠真は走り去る救急車を見送りながら、その場に立ち尽くした。
──病院。
ベッドの上で眠る千夏を、母親と悠真は病室の外から見つめていた。
診断はインフルエンザ。高熱による体調不良だったが、幸い大きな問題はなかった。
しかし、母親の表情は険しかった。
「あなたが……向かいに住んでいる方ですね」
「……はい」
「娘から聞いていました。向かいに、お兄さんみたいな人がいるって」
悠真は一瞬驚いた顔をして、小さく頭を下げた。
「すみません。もっと早く気づいていれば……」
「いいえ。あなたを責めているわけではありません」
母親は少し間を置いた。
「私も仕事が忙しくて……夫もずっと海外赴任を転々としていて。この子には、寂しい思いをさせたと思います」
千夏の母がぽつりと話す。
「……今まで、ありがとうございました」
母親は悠真の方を向き、深々と頭を下げる。
そして、少し間を置いて顔を上げると、悠真をまっすぐ見つめた。
「……もう娘とは会わないでください」
悠真は驚き、思わず聞き返す。
「……え?」
「大事な時期なんです。娘は受験のことで、もう十分すぎるくらい無理をしています」
「…………」
「それに……年頃の娘が男の人の部屋に出入りしてるなんて……変な噂が立ちます」
「…………」
「これ以上、生活を乱すものを増やしたくありません」
悠真は何も言えなかった。
病室の中では、千夏が眠っている。
悠真は一度だけ千夏を見た。
「……分かりました」
それだけ答えた。
「失礼します」
悠真は振り返らずに病院を出た。
千夏が目を覚ます前に。
──
千夏は点滴を打ったあと、母親に連れられて家に帰った。
悠真に握られた手を見つめる。
……夢だったのかな。お兄様が来るはずないし。
──1週間ほど経った、ある朝。
千夏はベッドの上で、ぼんやりと天井を見ている。
医師から許可をもらって今日から学校に通える。
でも、学校に行くことに気が重い。
昨日、共通テストについて、追試験を受けられないか問い合わせた。
しかし、試験開始から一定時間が経過していたため、追試験の対象にはならないと事務的に伝えられた。
私、何やってるんだろう。
スマホのメッセージアプリを開く。
結衣やアカネたちから心配するメッセージはたくさん来ていたが、悠真からのメッセージはない。
こんな時、一番話を聞いてほしいのに。
千夏は眉間にしわを寄せ、ベッドから起き上がった。
心配する母に見送られて家を出る。
学校へ向かおうとした千夏は、アパートの前で大家さんに呼び止められた。
「千夏ちゃん」
「大家さん?」
大家さんの腕には、ピスカが抱かれていた。
ピスカは千夏の顔を見ると、「にゃあ」と小さく鳴いた。
「ピスカ……?」
「こないだから預かってるのよ」
大家さんはピスカの頭を撫でた。
ピスカは気持ちよさそうに目を細める。
「お兄様は?」
その言葉に、大家さんの手が一瞬止まった。
「佐藤さんね……」
「うん」
「急に長期の出張が決まったんですって」
「長期?」
「ええ。会社の都合みたい」
千夏は黙った。
「しばらく戻ってこられないそうよ」
「……そうなんだ」
「それでね。佐藤さんから、伝言を預かってるの」
「何て?」
大家さんは少しだけ目を伏せた。
「受験、頑張ってって」
「…………」
千夏はピスカを見つめた。
ピスカは、きょとんと千夏を見つめ返す。
「それだけ?」
「ええ……」
「勝手だなぁ」
ぽつりと呟いた。
「出張ならメッセージ残しておいてもいいのに……」
千夏はメッセージアプリを開く。
共通テスト前日の夜からメッセージは途絶えていた。
大家さんは返事をしなかった。
本当のことを知っていた。
悠真は、もうこの部屋には戻ってこない。
でも、それを千夏に伝えることはできなかった。
「……お兄様が帰ってきたら、可愛い妹が怒ってたって伝えてください」
「ええ」
大家さんは笑った。
けれど、その笑顔は少し寂しそうだった。
「行ってらっしゃい、千夏ちゃん」
「行ってきます」
千夏は歩き出した。
そして、もう一度だけアパートを振り返った。
すぐに帰ってくるよね、お兄様。
──続く
コメント
3件
え?千夏さんと悠真さん、もう会えないんですか?「戻ってこない」ってどういうことですか? すみません、すごく困惑しています😰今後の展開が怖い……
うわっ…胸が苦しくなったよ……。悠真が「兄です」って名乗ったところ、あれすごくグッときた。でもその後の母親の「もう会わないで」はキツかったな……受験生の親としての正論なんだろうけど、千夏ちゃんの気持ち思うと切なすぎる。「勝手だなぁ」って呟くシーンも刺さるし、悠真が戻ってこない真実をまだ知らない千夏ちゃんの「すぐ帰ってくるよね」がもう……ああもう😭