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※この物語はフィクションです。
作中の受験制度や日程、進路に関する描写は、実際のものとは異なる場合があります。
あくまで物語としてお楽しみください。
これから受験をされる方は、実際の制度をご確認ください。
『第二十七話 空っぽの部屋』
──
「受験のことは、もう一度整理して考えましょう」
放課後の教室。
担任と千夏は、向かい合わせにした机に座っていた。
「確かに、今回は残念だったね。でも、共通テストを受けられなかったからといって、全部が終わったわけじゃないですよ」
「……はい」
「私立大学の一般入試もあります。西東京大学だって、これから受験ですから」
千夏は小さく頷いた。
「分かってます」
言っていることは分かる。
まだ受験は終わっていない。
それでも、どうしても気持ちがついてこなかった。
──
家に帰ってからも、千夏は机に向かっていた。
参考書を開く。
問題集を開く。
けれど、文字が頭に入ってこない。
「…………」
シャープペンを置く。
気づけば、またスマホを手にしている。共通テスト前と比べると、明らかにスマホをみている時間が増えていた。
メッセージアプリを開く。
悠真からのメッセージはない。
「……長期出張か。早く帰ってこないかなぁ……」
そう呟いて、スマホを伏せた。
──二月
昼休み。
千夏と結衣は、教室で弁当を食べていた。
「ねえ、千夏」
「ん?」
「西東京入試、来週だね」
「うん」
「頑張ろうよ」
結衣は笑った。
「私とキャンパスライフ送れるじゃん!」
「……」
千夏は、少しだけ笑った。
「そうだね」
「ほら! 大学入ったら一緒にお昼食べたり、授業のあと寄り道したり!」
「結衣さん、まだ受かってないでしょ」
「そこは今から頑張るの!」
「ふふっ」
千夏も笑った。
けれど、その笑顔はすぐに消えた。
結衣が不思議そうに千夏を見る。
「……千夏?」
「ごめん。ちょっと疲れてるだけ」
「そっか……」
二人の間に、少しだけ沈黙が流れた。
結衣はそれ以上、何も言わなかった。
──
そして、西東京大学の入学試験の日を迎えた。
「……千夏……私、大丈夫かな」
「大丈夫だよ」
結衣は不安そうな顔を向ける。
千夏は自分にも言い聞かせるように言った。
受付の手前で、
「頑張ろうね」
と手を振り合って別れる。
結衣は文学部、千夏は教育学部。
別々に受付を済ませた。
千夏は試験会場の机に受験票を置いた。
第一志望は、もう厳しい。
でも、ここは違う。
模試ではB判定。
過去問でも合格圏に入っていた。
「……大丈夫」
そう呟いて、問題冊子を開いた。
最初は順調だった。
ところが。
英語で問題文を一つ読み飛ばした。
気づいて戻ったことで、時間を少し失った。
数学では、簡単な計算を一つ間違えた。最初から検算したが、時間が足りなくなった。
国語では、二つの選択肢で迷い、最後まで悩んだ。
一つ一つは、小さなミスだった。
だから、試験が終わったときも千夏はあまり心配はしていなかった。
「……まあ、何とかなるでしょ」
そう思っていた。
ここは、滑り止め。
そう信じていた。
──数週間後。
合格発表の日。
千夏と結衣は、駅前のカフェで並んで座っていた。
二人ともスマホを握っている。
「……無理」
結衣が画面を見ながら呟いた。
「怖くて見られない」
「結衣さん……」
「千夏、見て」
「私が?」
「お願い!」
結衣はスマホを千夏に差し出した。
「もう、自分で見る勇気ない……」
「うん、分かった。どんな結果でも正直に言うね?」
千夏は画面を受け取った。
受験番号を入力する。
西東京大学のネット合格発表は、合格した受験番号の一覧が表示される仕組みだ。
結衣はテーブルに顔を伏せて、祈るように指を組む。
「……あった」
千夏が呟いた。
「え?」
「結衣さん!ほら、あった!」
「……本当?」
「合格だよ!合格したよ!」
それを聞いて結衣は返されたスマホの画面と自分の受験番号を何度も交互に見返す。
そして飛び跳ねるように喜んだ。
「やったぁ!私、天才!!」
「おめでとう、結衣さん!」
「千夏と一緒に大学生になれる!千夏も早く見て!」
「うん」
千夏は自分の受験番号を探した。
上から順番に。
一つずつ。
指で確認していく。
けれど。
「…………」
──ない。
「千夏?」
「……あれ?」
もう一度、最初から見る。
やっぱりない。
「そんなわけないよ。もう一回見よう!」
結衣も一緒に画面を覗き込む。
二人で確認する。
それでも、千夏の受験番号は、どこにもなかった。
「……ない」
声が震えた。
「……なんで?」
ここなら大丈夫だと思っていた。
けれど、結果は──不合格。
「千夏……」
結衣が声をかける。
千夏はしばらく画面を見つめていた。
そして、小さく笑った。
「……そっか」
「…………」
「私、落ちちゃった」
その声は、不思議なくらい静かだった。
けれど、その声は今にも消えてしまいそうだった。
「……千夏」
結衣も、あまりにもの結果にどう声をかけていいかわからない。
「結衣さん」
「う、うん?」
「合格おめでとう」
それだけ言うと千夏は一人で店から出ていった。
結衣は、その背中を見ている事しかできなかった。
──
その日の夜。
千夏は、第三志望、第四志望の合格発表も確認した。
どちらも、不合格。
元々無理めな記念受験だった。試験の時の手応えも含めて、あまり期待もしていなかった。
画面を閉じる。
机の上には、これまで一生懸命勉強してきた参考書が並んでいる。
「…………」
第一志望は、受験することすらできなかった。
第二志望も駄目だった。
第三志望も。
第四志望も。
「……全部」
千夏は、ぽつりと呟いた。
「全部、駄目だった……」
その瞬間、胸の奥に何かが込み上げてきた。
千夏はコートを掴んだ。
母親が声をかける。
「千夏? どこに行くの?」
「……ちょっと」
「こんな雨の中──」
千夏は答えず、家を飛び出した。
──
雨が降っていた。
傘も差さずに、千夏はとぼとぼと歩く。
どこへ向かっているのか、自分でも分からない。
ただ、足が勝手に動いていた。
気がつくと、そこにいた。
いつものアパート。
そして──
悠真の部屋の前。
「…………」
千夏は立ち尽くした。
大家さんから聞いている。
悠真は長期出張中。
しばらく帰ってこない。
それでも。
なぜか、ドアノブに手を伸ばした。
「……お兄様」
ゆっくりと握る。
カチャ。
「……え?」
鍵が、かかっていなかった。
千夏は恐る恐るドアを開けた。
「お兄様……?」
部屋の中は、暗かった。
電気をつける。
「…………」
部屋の中には何もない。
初めて飲んだコーヒーを淹れてくれた道具も。
向かい合わせにスイカを食べたテーブルも。
二人で並んでカレーを作ったキッチンの調理器具も。
作りかけのジグソーパズルも。
机も。
椅子も。
ベッドも。
本も。
いつもそこにあったものが、何もない。
まるで、最初から誰も住んでいなかったかのようだった。
千夏は、その場に立ち尽くした。
「…………」
雨の音だけが聞こえる。
「……出張、だよね?」
誰も答えない。
千夏は空っぽの部屋を見つめた。
「……お兄様?」
返事はなかった。
──続く
コメント
1件
うわ……これ、読んでて胸がぎゅってなったわ……。 千夏、滑り止めだと思ってた西東京まで落ちちゃうとか、ショックすぎる。 それに悠真の部屋があんなに空っぽで、「出張だよね?」って呟くシーンがもう……。誰もいない部屋に立ってる千夏の気持ち考えたら泣きそう。 結衣が受かって喜んでるところとの温度差も、なんかリアルで辛い。まだ終わったわけじゃないって分かってても、心が追いつかない感じがすごく伝わってきたわ。 次どうなるんだろ……悠真、本当に出張なのかな。
#極道
鷹槻れん

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