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くしゅん、と隣から小さなくしゃみが聞こえて坪井は目を開けた。うたた寝していたようだ。

布団の中に潜り込むように丸くなって、頭だけが少し見える。


それを少しずらし、頬に触れると予想よりも冷えていた。


「……やべ、寒かった?」


掠れた声が出て、軽く咳払いをする。


乾燥した冬の空気。エアコンの効きよりも、気温の低さが勝って部屋の中はヒンヤリと冷たい空気が流れてしまっている。

自分にはそれくらいがちょうど良かったのだが、真衣香には寒かったのかもしれない。

誰かと自分の体感温度の差など気にしたこともなかった。


リモコンに手を伸ばし温度設定を上げてから、腕の中に包むようにして抱き寄せる。

サラリとした感触の肌。自分の身体よりも冷えてしまった華奢な感触を、暖めたくて。


(あーー、ヤバい幸せだ)


けれどじんわりと暖かくなったのは、真衣香の身体よりも自分の方だったのだから、どうしようもない。


(てか何回したんだろ、朝までとかさすがにないな)


自分の性欲に若干呆れながら思い返すのは、つい先程まで見ていた窓の外の景色。


夜が明けていこうとする冬の空をカーテンの隙間、真衣香を抱きながら横目に見た。


空の色の変化を惜しんだのはきっと初めての経験だったろう。

街明かりの中にある漆黒に、少しずつ淡いブルーが混じり、やがてピンクのようなオレンジのような。どんな表現が正しいのかさえわからない穏やかな色に変化してゆく。


そんな淡い陽の光を真衣香はギリギリ見ることがなかったかもしれない。

気を失うように眠りについてしまったから。


寂しいと思った。欲しくて欲しくて堪らなかった女を初めて抱いた夜が終わることを。


(あーあ、全然優しくできなかった……のに)


何度抱いても足りないと、求め続ける。焦げ付きそうな感情を受け止めてくれるよう、抱き寄せてきた細い腕。


守ってやりたい存在に、守られているようで。挙句それが心地良く、全てを預けて力を抜いてしまいたくなって。


そんなふうに女を抱いたことなど、なかったし、もちろんそんな感情を持つ自分がいることも知らなかった。



……なんて、まるで穏やかな夜を過ごして身体を重ね合ったかのような言い方だが。

その中身は、真衣香にしてみれば……だ。

この歳にして、いきなり泣き出した男を宥めながら、あれよあれよと求められて。

それに応えてくれた、だけ。の、結果のように思えてもしまう。


落ち着いて考えれば恥ずかしいし、自分の欲だけで抱いてしまったことに罪悪感もある。

……あるけれど、幸福感が勝るのだからやはり自分という人間の底を知った。

本当に、どうしようもない。


これから先も何かを間違えて、泣かせてしまうことがあるかもしれない。だけどその度に傷つけた以上に幸せを返したい。


何よりも真衣香に対してだけは、せめて、いつも嘘をつかない自分でいたい。


華奢な体を、その存在を、確かに自分ものにしておきたくて。

陽がのぼりきるまで、もう少し一緒に眠っていたいと思った。


(そういえば、初めてか)


誰かを抱きしめて眠りについた経験など坪井にはなかった。

セックスをしても、事が終われば当たり前のように身体を離し『シャワー先浴びる?』と、声を掛ける。そんな甘さのかけらもない事後しか記憶にない。


なんせ、女を抱いた後は決まって気分が悪くなっていたのだから穏やかにいられるはずもなかったのだけれど。


「凄いよなぁ、お前って」


身体を重ね合っても、心地よさと幸福感だけが溢れているのだから。


「ほんと、敵わない」


抱きしめたまま、目を閉じた。

抱きしめているのは自分の方だというのに、まるで抱きしめられているような、その暖かさは。

例えようがないほどに、確かに坪井をここに繋ぎ止める。


いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました

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