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「……ん」
「起きた? おはよ」
わずかに開かれた瞳が、カーテンの隙間から差し込む陽の光に揺れた。
心が綺麗だからなのか。彼女の瞳は本当にそれを映していると思う。
「…………なんで、つぼ、いく……ん」
「まだ寝てていいよ」
実を言えば、もう既に太陽も登り切った昼前なのだけれど。
無理をさせすぎてしまった手前、起こすことなど、もちろんできずにいた。
罪悪感を紛らわせるよう、やんわり髪を梳かす。
その刺激と陽射し。徐々に真衣香の瞳が大きく開かれていく。
最後はこれでもか、と。普段から大きく黒目がちな瞳がさらに大きく開けられ、その中に坪井を映し込んだ。
(可愛いな、なんだ、これ。寝てても起きても何しても可愛い)
女を求める身体が欲を満たしてさえしまえば、それ以上何かを欲したことなどなかった。それなのに……と、坪井はどうしたってにやけてしまいそうな口元を隠す。
触れたいたいし、ずっと抱きしめていたし。
「え……あ、あ! 坪井くん、そうだ、坪井くんの家」
坪井が昨夜を噛み締めている最中に、真衣香はようやく覚醒してきたようで。
「思い出した? はは、さすがに忘れないでよ、マジでへこむから」
「わ、忘れては……って、坪井くんいつから起きてたの?」
横になったまま肘をつき、まじまじと隣にいる真衣香を眺め続けていたのだけれど”ちょっと前”どころではないような気がするが。
「ちょっと前かな」
と、誤魔化しつつニコニコと答える。
すると、ガバッと布団で頭まですっぽりと覆い隠し「は、恥ずかしすぎるよ……」なんて。
今にも消えてしまいそうな声で呟いた。
「……ごめん、可愛かったから」
「坪井くんは、その、慣れてるかもしれないけど私は……朝起きて男の人がいるなんて、その……初めてで」
いや、まあ初めてじゃなかったら困るんだけど。と、自分のことは棚にあげて照れる真衣香を、やはりじろじろと見つめていた。
どれだけ見ていても足りないうえに飽きないときたのだから、本気で面倒な男に成り下がっている気がする。
「んー」と言葉を選びながら頭を掻いて。
「そろそろ顔見せて」と、言いながら。
数分だろうか?潜っていた真衣香から強制的に布団を剥ぎ取り、抱き寄せた。
「あのさ、言っとくけど慣れてないよ」
「……何が?」
腕の中におさまる真衣香から疑いの声が聞こえる。
仕方ない。このへんの認識はこれから擦り合わせていかなければ。
「こんな気分の朝って、俺、初めてだから」
「……え?」
もぞもぞと動いた真衣香が、密着する身体の隙間から坪井をじっと見上げる。
「そりゃ初めて女を抱いたなんて……まさか言わないけど。こうやって誰かの寝顔、見てたの初めてだし」
「え」
「起きたら何話そうかなって、緊張したのも初めて」
相手が起きるまでの時間を、大切に噛み締めたことも、もちろん初めてだ。
あまりにもしみじみ話したからだろうか。真衣香は不思議そうに首を傾げた。
(うん……その顔も可愛い、そんでもって昨日も)
「……可愛かったな、ほんと、昨日」
「な、ななな、何が!?」
「聞きたい?」
わざと意地悪な声を出したなら。
「やめときます……」と口を尖らせて真っ赤になる様子は抱き潰してしまいたいほどに、やはり可愛かった。
「あのさ」
「な、今度は、何?」
次は何を言われるのか、と。緊張した様子で坪井の声に反応を返した真衣香。
しかし今度は、からかうつもりなどなかった。
「聞いてくれて、ありがとな。昨日」
一層深く抱きしめて、真衣香の髪に顔を埋めた。
だから表情は見えないけれど。
「……ううん」
何を? とは言わない、優しい声がする。
「全部好きにって欲しいなんて思わないんだ、でもお前がいてくれたらさ。俺は、俺をこれ以上嫌いにならなくて済むような気がしてる」
「うん」
静かに、けれど確かに頷いた真衣香。
柔らかくて、暖かかくて。まるでこの世の全ての幸せがこの中に集まっているような気さえしてくるのだ。
「まぁ、困ったことにさー、俺はお前の全部大好きだけどね」
「そ、そそ、そんな……全部なんて」