結局あの後あれこれ話している間にいつの間にか眠ってしまっていた二人だ。
とは言え、結構な夜更かしをしてしまったことに変わりはない。
結葉は眠い目をこすりながらまだ眠っている想の横をそぉーっとすり抜けるようにして寝室を出た。
(想ちゃん、寝顔変わってないなぁ)
ほんの少し半目になっていると言ったら、想は気にするだろうか。
そんなことを思いながら少しまくれていた想の布団を綺麗にかけ直す。
(冷蔵庫、何があるかな)
食材を一緒に買いに行ったわけじゃないから、この家の冷蔵庫事情が分からない結葉だ。
そもそも昨夕も結局想が寿司を買ってきてくれたから、何も作ったりしなかった。
(お世話になってるんだし、ご飯ぐらいは)
結葉はそう思って台所に向かったのだけれど。
(わ〜。見事に材料がほとんどないっ)
あるのは牛乳と卵が二個、それからウィンナーが一袋。
フードストッカーに芽の出かけたじゃがいもが三個。
米櫃を開けてみたら、お米も空っぽで。
ふと冷蔵庫の上を見たら、五枚切りの食パンが三枚入った袋が置かれていたから、それを使おうかなと思う。
(想ちゃん、普段何食べてるのっ?)
一八〇センチもあるあの大きな身体を維持するのには、結構たくさん燃料が要りそうに思えるのだけれど。
ふと視線を転じた先、ゴミ箱にコンビニ弁当の空容器などがワチャッと捨てられているのを見つけて、そう言うことなのかな、と思って。
(もぉ、体調崩しちゃうよ)
結葉は今更のように想の健康が心配になった。
とりあえず自分がいる間は想に手作りのものを沢山食べてもらおう、と思った結葉だ。
(口に合うかどうかは分かんないけど)
少なくとも偉央は結葉が作るご飯に文句を言ったことはただの一度もなかった。
(偉央さん、ちゃんとご飯食べてるかな)
偉央は想と違って、割とまめに料理を作る男性だ。
結葉がダウンした時なんかは、結構手の込んだものを作って食べさせてくれたのを覚えている。
彼が、やろうと思えば出来る人だと言うのは知っているけれど、問題は一人になった偉央がそういう気持ちになってくれるかどうかだな、と思って。
偉央の元に戻るのは絶対に無理だと思う自分がいるのと同様、それでもやっぱり偉央のことが心配なのは、一時は愛して連れ添った相手だからだろうか。
(どうしようもないんだもの。考えても仕方ないよね)
結葉はフルフルと首を振ると、偉央のことを一旦頭から追い出した。
今はとりあえず想の朝食だ。
ふと壁にかかった時計を見ると、五時十五分を過ぎたところで。
想が毎朝何時に起きるのか、尋き忘れてしまったから、彼が起きてくるまでにあとどのくらい時間があるのか分からない。
(となると、手の込んだものは無理だよね)
そう思った結葉は、じゃがいもの芽を丁寧に取り除いて皮を剥くと、二センチくらいのサイコロ大にザクザクと切ってフライパンに入れる。
少し水を入れて炒め煮にしながら、じゃがいもが柔らかくなってきたころ輪切りにしたウィンナーを入れて塩胡椒で味を整えて。
そうやって作ったのは、とっても簡単に出来るソーセージハッシュだ。
スキレットで作ったなら、このまま食卓に出せるのだけど、まだこのあと使う予定のあるフライパンだから、そういうわけにはいかない。
そこで、結葉は昨日買ってきた食器の山の中から、直径十八センチくらいの深皿を二つ、そぉーっと取り出した。
寝ている想を起こさないよう気をつけながら、音を立てないように洗って、キッチンペーパーで水気を拭き取る。
(ごめんね、想ちゃん。お皿を拭く布巾がどれか、今度教えてね)
こんな風に、使い捨てみたいにペーパーを数枚使ってしまったことを、少し申し訳なく思ってしまった結葉だ。
マンションでは基本的に食洗機が大活躍だったけれど、想のアパートにはないので、恐らくは手洗いなんだとは思う。
だからきっと皿拭き用の布巾だってあるはずなのだけれど。
昨日はマグぐらいしか出なかった洗い物を、想がチャチャッと済ませてしまったから、結葉はその辺りを尋ねそびれてしまっていた。
洗ったばかりのお皿に、フライパンの中のソーセージハッシュを移すと、軽く汚れを落として油を敷き直す。
そうしてシンプルに目玉焼きを二つ作ると、さっき器に移したばかりのハッシュの上にポンと載せた。
想は子供の頃、固焼きの目玉焼きが好きだったけれど、今でもそれは変わっていないかな?などと思いつつ。
時計を見るともう少しで六時。
(想ちゃん、何時に起きるのかな?)
ソワソワと時計と寝室とを見比べていたら、想のスマホがアラームを鳴らす音が聞こえてきて。
シンプルなピピッピピッという音なのが、想らしいなぁと思った結葉だ。
トースターにセットしておいた食パンを、適当にダイヤルを三分あたりまで回して焼き始めて。
その流れで水を入れ替えておいたヤカンを火に掛けた。
寝起きでいつもより声が低めな想が、目をこすりながら「結葉ぁ。もう起きてたのか? ……おはよぉ」とあくび混じりに朝の挨拶をしてきて。
結葉もそんな想に笑顔で「おはよう」と返す。
「めちゃくちゃ美味そうな匂いしてんだけど……朝食作ってくれたの? 結葉、無理してねぇか? ちゃんと寝れたか?」
想は心配そうに眉根を寄せながら台所に立つ結葉のそばにくると、結葉の頭越し、キッチンに置いた皿の中を覗き込んだ。
「わー、何これ。すげぇ!」
何だかよく分からないけど、そう思ってくれたらしい。
「ごめんね。冷蔵庫の中のもの、勝手に使っちゃった」
結葉が申し訳なさそうに言ったら、「全然構わねぇよ。っていうか、結葉。お前マジすげぇな」って。
「想ちゃん、さっきから〝すげぇ〟しか言ってないね」
結葉がクスクス笑ったら、想が鼻の頭を掻きながら照れ臭そうに「いや、だって……ホントすげぇから」とつぶやく。
結葉は寝起きでまだ少しぽやっとしている想に、「褒めてくれて有難う」と素直にお礼を言うことにした。
そこで、トースターのチンという音がして。
まるでそのタイミングに合わせたみたいに火にかけたヤカンがシュンシュン鳴って、お湯が沸いた旨を伝えてくる。
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