第34話 便利さの向かう先
ジェイドの影空間から見た、土砂崩れ現場の前にいる人々の中の一人に、理世は覚えがある気がした。
そこに、ラファーガの姿が入ってくる。
「兄さん」
「ラファーガ!」
二人の一言で「覚えのある感覚」の正体を、理世は理解した。
(ラファーガさんに似てたのか! でも並ぶとそうでもない……?)
というのも、ラファーガは冷静で丁寧な振舞いをしていても、時折ヤンチャっぽさというか、気の強さを感じることがあるのに対し。
共に並んだ男性は、顔の造詣そのものは似ているが、どこか気弱そうに見える。
二人が並ぶことで、性格の違いが顕著に見えるのだった。
兄弟が少し会話を交わした後、ラファーガの視線がジェイドに向く。
「殿下、こちらはこの辺りを領地としている私の兄です」
「お初にお目にかかります。私はビエント・アファブレ・グロリアス・リケサレガロと申します」
「こちら、第二王子のジェイド殿下。〈時空魔法〉で物資搬入や、土砂の撤去を手伝ってくださる」
「名前はかねてから聞いている、リケサレガロ侯爵」
「侯爵……ってことは、貴族! じゃあラファーガさんも貴族だったんだ。でも名前……」
理世にとってのラファーガは、王都警備団副団長という印象しかない。
「『ラファーガは家を出ているから、領地の名前は引き継がないんだよ』」
声に出していたからか、ジェイドが影空間に声をかけてくれた。
「なるほど……最後の『リケサレガロ』は領地の名前なんだ」
異世界ファンタジー作品を読んでいても、その辺りの細かい知識には疎い。
(本を読んでるときは、そんなに気にする必要もなかったからなぁ)
思い返す間にも、話は進んでいく。
「兄さんがいるってことは、王都に使いとして出向くつもりだったのか」
「ああ……でも、すでに動いていただいていたとは、恐縮です」
「長雨と物資到着の遅れから、救援が必要だろうと判断された」
「ありがとうございます……風魔法で移動できるのは私だけなので、どうなることかと」
「兄さん……魔法苦手だしな」
「かといって、時間をかけて救援を呼びに行くメリットもないから」
どうやら、侯爵自ら王都に出向く予定だったらしい。
「通行再開の前に、まずは物資を王都に届けることを優先させよう。物資や他の馬車は反対側か?」
「はい」
「『理世』」
侯爵の返事と同時に、ジェイドが声をかけてきた。
「はーい!」
出番だ、とばかりに影空間から返事をする理世。
「『この土砂の裏側に馬車があるはずだから、そこに繋がる〈扉〉をお願い』」
「りょーかい!」
〈モノクル〉で周辺を眺めると、土砂で潰された道の向こうに、馬車が数台見えた。
「つなぐ場所は大丈夫。手の動きに合わせて〈扉〉を出すね」
「『わかった』」
ジェイドの言葉を合図に、視界では彼の手が、人のいない方向を指し示す。
(すぐ〈転移〉させるんじゃなくて、〈転移〉させるための〈扉〉を呼び出すイメージで……)
検証後に練習しているうちに、〈転移〉には二種類あることに気づいた。
「〈扉〉が自動で開くと同時に〈転移〉させる(=〈扉〉が吸い込む)」場合。
「〈扉〉を誰かが開けてくぐることで〈転移〉できる」場合。
緊急時以外は後者のほうが扱いやすいので、きっちり「自動で〈転移〉をしない〈扉〉」を生成した。
「ここを通れば、反対側に出る」
「おお、すごい」
ジェイドが〈扉〉を開けてくぐると、歓声を上げる侯爵、その配下数人も後に続いた。
荷物を積んだ馬車たちが留められている光景をジェイドの視点で確認すると、理世は一度〈扉〉を消した。
「素晴らしいです! 一瞬で移動できるとは……」
「先ほど侯爵様の風で全員が移動したときは、かなり時間がかかりましたから」
「私は魔法の扱いが下手だからね……」
地位が上の人間に対する言葉とは思えないが、侯爵は気にした様子もなくただ苦笑している。
侯爵は、領民に親しみを持たれているらしかった。
「王都に繋げる。しばし待て」
ジェイドの言葉と同時に、理世は再び〈モノクル〉で視界を移動させ――王都へ。
出発前、物資を運ぶ場所を決めていた。
今回は特殊な状況なので、一度詰め所の裏に運び込むことになっている。
(よし、出かける前に言われた場所はここっと)
〈扉〉で繋ぐ場所を確認し、理世は小さく頷いた。
「つなげる準備できた! いつでもいいよ!」
「『ありがとう』」
答えると同時に、ジェイドの視界に映る腕の動きを注視する。
(今度は馬車が通るから……)
大きさを意識した上で――〈扉〉を出現させた。
ジェイドの視界が移動し、幅も高さもある〈扉〉のノブに手をかけると、〈扉〉が開く。
〈扉〉の向こうは――王都警備団詰め所の裏。
「ぅわっ!?」
そこには、驚きに声を上げる王都警備団団員の姿があった。
同時多発事件の際、連絡係をしていた団員だ。
「び、びっくりした……で、殿下?」
「土砂崩れで立ち往生していた、物資を積んだ馬車を移動させる。問題ないか?」
「は、はいっ! どうぞ、こちらに」
「侯爵、この者が案内する。馬車を移動させてくれ」
「今、移動させます!」
ジェイドに促され、侯爵は馬車の移動を指示し始めた。
御者が乗り込み、白金に輝く〈扉〉をおっかなびっくり通っていく。
団員の誘導に従っているらしく、すべて通り抜けるまで少し時間がかかっていた。
その間、ずっと理世は〈扉〉を開き続けている。
最初に比べると、〈扉〉を扱い慣れてきた理世だったが――
(うぅん……ちょっと気分悪いかも……)
予想外に、身体的負担が大きいことを初めて知った。
(〈モノクル〉はあくまで「見てる」だけだったけど……こっちはそれだけじゃないからかな)
などと考えつつ、気分の悪さを紛らわせる。
約30分後、誘導を終えた団員が〈扉〉から顔を出してきた。
「搬入、完了いたしました」
「ご苦労」
「殿下や副団長は、これから土砂の処理ですか?」
「そうなるな」
「承知しました。それと、侯爵様はどうされますか」
御者たちは〈扉〉をくぐって王都側にいるが、侯爵は土砂崩れの現場に残っている。
「一度閉じてもらって、後ほどまた、王都につないでもらうことは可能ですか?」
「……構わないが」
「ありがとうございます」
「でしたら、一度失礼いたします」
団員は頭を下げると同時にジェイドが〈扉〉を閉め、理世は〈扉〉そのものを消した。
土砂の壁の前には、侯爵、そしてジェイドの姿しかない。
「本来なら、馬車で全速力を出しても数時間かかる道のりを一瞬で……〈時空魔法〉とは本当に便利なものですね」
ジェイドに向けて、目を輝かせる侯爵。
「風を使ってモノを移動させることはできますが……一瞬のうちに移動できる魔法には敵いません」
「何か、言いたいことでも?」
「今回は有事とあって〈時空魔法〉を振るっていただきましたが……それだけでは、もったいないなと」
(確かに……現代でも、瞬間移動はさすがにないけど、交通手段とか輸送手段が発達して、かなり便利になったもんね)
理世は元の世界で当たり前だった、車や電車で移動していたときのことを思い出していた。
「――人間一人でできることには、限界がある」
侯爵の考えに近かった理世の耳に、ジェイドの声はやけに冷たく聞こえた。
「有事の時以外にまで使い続ければ……最終的に、人としての生活を失うことになりかねない」
牽制(けんせい)するような鋭い声だったが、理世にはなぜか、妙に悲しげにも聞こえた。
「……確かに、おっしゃる通りですね。殿下の御身が第一です」
(これたぶん……私のことを心配してくれてる? 実際に〈時空魔法〉を使ってるのは私だし……)
出会ったときから、ジェイドはいつも理世に優しかった。
(でも、なんか……今の言葉は――)
言葉にしにくい何かを感じた直後――地鳴りのような音が響いた。
音がしたのは、道を覆った土砂の向こうだった。
(ラファーガさんたちのほうだ……まさか、二次災害!?)
次回へつづく。