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5月ーー。
お腹の赤ちゃんも20週に入り、だいぶお腹が目立つようになった。
レイナさんに支えられながら穏やかな日々を過ごしていた。
ゴールデンウィークを過ぎたある日、私とレイナさんは病院に検診に来ていた。
相変わらず患者さんが誰もいない休診日の診察。
エコー検査で映し出される我が子を見るのが楽しみで仕方がない。
アクビをしていたり、指を吸っていたり。
寝ていたり。
そんなお腹の赤ちゃんを見るたびに、愛おしさが増していく。
「雪乃ちゃん?」
「はい」
エコーを見ていた先生が私に声をかけてきた。
「どっちか知りたい?」
笑顔でそう言った先生。
「えっ?」
どっちかって、それは性別?
「産まれてからのお楽しみにしたいなら言わないけど?」
「お、教えて下さい!」
男の子かな?女の子かな?
健康に産まれてきてくれたらどっちでもいい。
「女の子だね」
「ホントですか!?」
「うん」
女の子かぁ。
性別を聞いて、顔がニヤけてくる。
レイナさんにもあとで教えなきゃ。
診察が終わり、病院の帰り道。
私はレイナさんにお腹の子が女の子だったことを話した。
レイナさんは、なぜか私以上に喜んでいた。
そして、産まれたら絶対にピンクのフリフリの服を着せるんだと言っていた。
「女の子とわかれば、服を買いに行ったり、いろいろ揃えなきゃね」
「そうですね」
性別がわかってからベビー用品を買いに行こうとレイナさんと話していた。
性別がわかった今、これから徐々にベビー用品を買い揃えて行かなきゃいけない。
「これから見に行ってみる?」
「これから、ですか?」
「何か用事あるの?」
「実家に帰ろうかと……」
「えっ?」
レイナさんの顔から笑顔が消えた。
あの日から、お母さんとは連絡を取っていない。
お父さんとは連絡を取り合ってはいるけど。
「自分の部屋のものを整理しようと思って……」
あの日、必要なものだけ持って家を出た。
だから部屋はあの日のままだ。
安定期に入ったら、部屋のものを整理しようと思っていた。
それだけではなく、お母さんとちゃんと話をしたかったから。
「私も一緒に行こうか?」
「いや、1人で大丈夫ですよ!レイナさんは今日はお仕事の日だから、帰ったら寝て下さい」
「ホントに大丈夫?」
「はい!」
私はレイナさんを不安にさせないように笑顔を見せた。
「晩ご飯までには帰りますから。昨日はお魚だったら今日はお肉がいいですよね!」
居候させてもらってるから、食事や洗濯などの家事は全て私がしていた。
「何かあったら連絡してね。迎えに行くから」
「はい。ありがとうございます」
私とレイナさんは駅で別れた。
約2ヶ月振りに帰る実家。
お母さんは専業主婦だから、用事がない限り家にいる。
今日は家にいるのか、出掛けてるのかわからない。
私は駅から歩いて実家に向かった。
実家の前に着いた。
つい数ヶ月前まで住んでいた家なのに知らない人の家に来たみたいな感覚だ。
玄関のチャイムを鳴らそうか……。
でも自分の家なのにチャイムを鳴らすのもおかしいかな。
車庫にはお母さんの車も自転車もある。
って、ことは、お母さんは家にいる。
そう思うと、一気に緊張感が高まっていった。
少し震える手で玄関のドアノブを持つ。
玄関をゆっくり開けていって……。
「た、ただいま!」
そう声を出した。
中はシーンとしていて、何も反応ない。
車も自転車もあって、鍵が開いているからお母さんがいるのは間違いないんだけど……。
私は靴を脱いで玄関を上がると、リビングではなく自分の部屋へ行った。
ゆっくり階段を上がり、自分の部屋のドアを開ける。
あの日のまま。
あの日から何も変わってない部屋。
ここだけ時間が止まってるような感じ。
私はクローゼットからキャリーバッグを取り出す。
クローゼットの中にある衣装ケースから服を取り出して、ベッドの上に次々に置いていった。
ベッドの側に座り、服を畳みキャリーバッグの中に入れていく作業をしていた時……。
部屋のドアが開く音がした。
ゆっくりとドアの方へ向くと、そこにお母さんが立っていた。
胸がドクリと高鳴り、肩がビクンと揺れる。
無言で部屋の中に入って来たお母さんは、私の隣な座った。
「お母、さん?」
お母さんの表情から怒ってるのか、怒ってないのか読み取れない。
「帰って来るなら連絡くらいしなさい」
お母さんはいつもの優しく穏やかな口調でそう言った。
「今、何週?」
「えっ?」
「赤ちゃん」
「20週」
「もうどっちかわかってるの?」
「女の子だって……」
「そう……」
お母さんはそう言って、笑顔を見せて、私のお腹に手を当てると、ゆっくりとお腹を撫でた。
あれだけ反対していたお母さん。
笑顔でお腹を撫でるお母さんは少し怖いような……。
「お母、さん?」
「ん?」
「あの……えっと……」
お母さんを呼んでみたものの、どう話していいのかわからず……。
「お父さんからね、君と同じだねって言われちゃった」
「えっ?」
「雪乃を妊娠した時、お父さんね求職中だったのよ……」
「そうなの?」
そんな話、初めて知った。
「大学出て就職して、お互い仕事が軌道に乗って、ある程度お金が貯まったら結婚する約束してて。でも人間関係で体壊して仕事辞めちゃってね……」
「うん」
「そんな中、お母さんのお腹に雪乃がいることがわかって……」
「うん」
お母さんは昔話をしながらも、私の腹を優しく撫で続ける。
「妊娠したって言ったら凄く喜んでくれてね。お母さんも嬉しくて、2人で抱き合って喜んだのを覚えてるわ」
お母さんはそう言ってクスッと笑った。
「2人で産むって決めて、2人でお母さんの実家に挨拶に行ったんだけど、お母さんの両親。つまり雪乃のおじいちゃんとおばあちゃんに大反対されたのよ」
「えっ?」
「そりゃ、そうよね。お母さんは新卒2年目でお給料も高くない。お父さんは求職中。そんな中、妊娠して結婚したいなんてねぇ。苦労するのが目に見えてるのに、結婚や出産に賛成するわけないわよね」
「それで、どうしたの?」
「お父さんと2人で土下座して頼んだけどダメ。でもお母さんね、どうしても産みたかったの。だから絶縁されてもいいから産むって言って、お父さんの手を引っ張って家を出たの」
あ……。
私と同じだ……。
だからお父さんはお母さんに……。
「そんなことすっかり忘れてて、お父さんに雪乃は君と同じだねって言われて、そこで雪乃を妊娠した時のことを思い出したの」
「そうなんだね……」
「血は争えないねって、そう言ってお父さん、笑ってた。今なら、おじいちゃんとおばあちゃんの気持ちも雪乃の気持ちもわかるな……」
「お母さん……」
「今なら言えるよ……」
「何を?」
「産みなさいって。今更だけど」
お母さんはそう言って再びクスッと笑った。
「お母さん……」
お母さんの言葉に嬉しくてなって、目に涙が溜まっていく。
お母さんは私の頬に指をそっと添えると、流れ落ちた涙を拭ってくれた。
「雪乃?」
「ん?」
「これ……」
お母さんはそう言って差し出したもの。
それは白とピンクの毛糸でレース編みされたお包みだった。
「このお包みね、雪乃を妊娠中にお母さんが編んだの」
「えっ?お母さんが?」
既製品かと思った。
それくらい可愛くて素敵なお包み。
「もし良かったら使って?」
「いいの?」
「もちろん!」
「ありがとう!」
私はお母さんからお包みを受け取った。
私が赤ちゃんの時に使っていたものを、自分の子供に使えるなんて素敵なこと。
私はそれを丁寧に畳み、キャリーバッグの中に入れた。
「戻って来ない?」
「えっ?」
お母さんの言葉に、キャリーバッグからお母さんへと目を移す。
「戻ってらっしゃい。ねっ?」
優しい笑顔でそう言ったお母さんは、いつものお母さんだ。
「いいの?」
「えぇ」
でも……。
レイナさんにちゃんと話をしてからじゃなきゃいけない。
「お母さん?」
「ん?」
「あのね……」
私は、お母さんにレイナさんのことを話した。
どういう友達かも。
お父さんに話したように包み隠さず全て話した。
「そう……。いいお友達を持ったわね」
「うん」
「じゃあ、レイナさんにちゃんと話をして戻ってらっしゃい。週末だったら迎えに行ってあげるから」
「うん」
お母さんと和解したことを話したら、レイナさんはどんな反応を見せるだろう……。
喜んでくれたらいいけど……。
実家からの帰り道、スーパーで買い物してレイナさんのマンションに帰った。
帰ってから晩ご飯の準備を始める。
豚肉の生姜焼きとポテトサラダ、お味噌汁にご飯。
それからレイナさんの大好きなほうれん草の胡麻和え。
初めてレイナさんに作ってあげた時、凄く喜んでくれて、毎日でも食べたいって言ってくれた。
それが嬉しくて、ほうれん草の胡麻和えは、ほぼ毎日作ってる。
「いい匂〜い!」
レイナさんがリビングに入って来た。
「おはようございます」
「おはよう」
夕方なのに挨拶は“おはよう”だ。
最初は違和感があったけど、今ではもう慣れた。
「んー!美味しい!雪乃ちゃんの作ってくれるご飯は最高だね」
レイナさんはそう言って笑顔で豚肉の生姜焼きをパクつく。
「あの、レイナさん?」
「ん?」
「今日、実家に帰って来たんですが……」
「うん。どうだった?気になってたんだよね」
レイナさんはそう言ったあと、お味噌汁を啜った。
「お母さんと話をして……」
「うん」
お味噌汁を飲んでいた手を止めて、心配そうな顔で私を見る。
「お母さんと和解できました」
「ホント!?」
「はい」
レイナさんの顔が明るくなる。
「良かったね!」
「はい。それで、お母さんが戻ってらっしゃいって……」
私はそう言ってレイナさんの顔をチラリと見た。
レイナさんは表情を変えることなく笑顔のままだ。
「うん。良かった。雪乃ちゃんの美味しいご飯が食べれなくなるのは残念だけどね」
レイナさんはそう言ってクスッと笑った。
「でも、本当に良かった」
「ありがとうございます」
私は頭をペコリと下げた。
「雪乃ちゃんが家に戻っても友達には変わりないんだからね!いつでも遊びに来て?」
「はい!」
レイナさんの言葉に泣きそうになるのをグッと堪えていた。
「ねぇ、雪乃ちゃん?」
「はい」
「雪乃ちゃんが家に戻っても、妊婦健診について行っていい?あと、出産にも立ち会わせて欲しいの」
「えっ?」
「ダメ、かな?」
私は首を左右に振る。
「ダメじゃないです!寧ろ、こちらからお願いしたいくらいです」
「ホント?」
「はい!」
「良かった〜!」
レイナさんはそう言って安堵の表情を見せた。
家に戻ることを喜んでくれたレイナさん。
お母さんとも和解できて、レイナさんという素敵な友達も出来た。
それに秋には赤ちゃんが産まれてくる。
聖夜さんと私の赤ちゃん。
ねぇ、聖夜さん?
私は世界一、幸せ者かもしれないね。
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