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「ターゲットの奥様が、毎週水曜日に不妊治療に有名な産婦人科病院に通っているのですが、通院している理由までお調べすることができませんでした。でもこれまでの経験上、たぶん不妊治療に通っているのではないかと思います」
済まなそうに告げる所長さんに、私は首を横に振ってみせた。
「病院勤めしている私からしたら、患者さんのプライベートを外部から調べるのは、容易じゃないことくらいわかります」
「岡本さんにそう言っていただけて、こちらとしても助かります。中には、お金を払ってるんだから徹底的に調べなさいよと、怒鳴って詰め寄るお客様もいらっしゃるので」
「探偵事務所は警察じゃないですし、限界だってあるでしょう。でも依頼者側からしたら、どんなことでも知りたいと思うのは本音です」
思うことを素直に述べた瞬間、所長さんの瞳が射竦めるように私の顔を見つめる。
「岡本さん、もしかして――」
「山下さん、いろいろ調べてくださって助かりました。一ヶ月間でかかった調査費用を教えていただけませんか? すぐにお支払いしたいです」
「わかりました。田所さん、請求書を出してあげてください」
言いかけたセリフをあえて遮り、お金のことを口にした私に、所長さんはやるせなさそうな表情で、副所長の田所さんに頼みごとをした。あらかじめ用意していたのか、請求書はすぐに私の目の前に提示される。
「あれ? もっとかかると思ったのに……」
毎日アプリで、定期的に連絡を入れてくれたり、支店にいる第二の愛人についても調べるように頼んだにしては、金額が思ったよりも安かった。ネットでほかの探偵事務所の金額を下調べをしたものと比べて、半分くらいお安い。
請求書を見たあと、傍らに立つ田所さんを見上げた。
「支店の女性についての調査がスムーズでしたし、ターゲットの日常についてもほぼワンパターンでしたから、そこまで人員を割かなかったことが、安価になった要因です」
「そうでしたか。ありがとうございます。さっそく指定されている口座に振込しますね」
「岡本さん、調べ物をする際は、充分お気をつけください。私どものようなプロではないのですから」
田所さんが唐突に切り出したことで、私みずから調査しようという考えを、見事に指摘されてしまった。
「わかりました。無理はしないように心がけます」
苦笑いしながら返答した私に、所長さんがソファから身を乗り出して訊ねる。
「ちなみに、なにを調べるおつもりですか?」
「ターゲットの奥さんが、確実に不妊治療しているかどうかを調べるつもりです。その病院に私が検診に行ったついでに、隣合った奥さんと世間話をしつつ、治療について尋ねようかなって」
「岡本さん、看護師辞めてウチで働きませんか? そこまでする方、なかなかいらっしゃいませんよ」
所長さんがカラカラ笑って冗談を言ったことで、場の雰囲気が一気に和む。そのおかげで、いい感じに肩の力が抜け落ちた。
「岡本さん、気になることを訊ねていいかしら?」
私の傍に立っている田所さんが、恐るおそるといった様子で問いかける。
「なんでしょうか?」
「高校時代の親友の身を案じて、今回依頼したのはわかるんですが、ウチに仕事を依頼したり、奥様と直接接触して、みずから調査することを含めて、すごい行動力だと思うんです」
「そうでしょうか?」
「傍から見たら、どうしてそこまでやるのかなって。なにかワケがあるんですか?」
瞬きしながら不思議そうにしている田所さんに、ほほ笑んで語った。
「私、高校時代はバドミントン部に所属していて、自分で言うのもなんですが、部活に青春を捧げる真面目な生徒でした。親友は私とは真逆で、陽キャグループにいる、クラスでもカースト上位の人気者だったんですけど、お互い好きなアイドルがかぶったのがキッカケで、学校外で仲良くしていたんです」
「なるほど。学校ではお互いの立場を考えて、距離を置いていたんですね」
「はい。だけど私が3年のとき、部活を引退する前の試合で、レギュラーから外されてしまったことがあったんです。それを聞いた親友が、いきなり体育館に現れて、顧問に食ってかかったのは、私を含めてその場にいた全員で驚きました」
学校では全然接点がなかったハナが、自分の立場を忘れて、顧問相手に文句を言ってる姿は、私の心を打った。ハナになにかがあって、こんな大胆なことをできるだろうかって、当時の私がすごく考えさせられた出来事でもある。
「岡本さんにとって、それはとても素敵な思い出になったんですね」
「だから私は彼女が困っていたら助けなきゃって、迷うことなく手を差し伸べることができるんです」
顧問に抗議したのを聞いた陽キャグループのメンバーが「なんであんなコのために、騒ぎを起こしたの?」と言って、ハナと揉めそうになったとき、私はすかさず間に割って入った。レギュラーから外れて落ち込む、クラスメートの私を助けただけだと説明し、ハナの優しさをアピールして、お互いの趣味のことをうまく隠した。
だけどカースト上位者が、下位の者と仲良くするのをよしとはしない掟で、結局ハナは陽キャグループから外されてしまった。それがキッカケで、卒業まで残り半年とちょっとだけ、ハナと教室で仲良く接することができた。
そこからさらに、親友のキズナが深まったのである。だからこそ――。
「親友には、しあわせになってもらいたいので、ここからがんばります」
自分に言い聞かせるようにふたりに告げて、事務所を後にした。
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